34 / 55
再会編
15
しおりを挟む
朝のランニングを終えてお祖父ちゃんのアパートに戻ると、お祖母ちゃん達が狭いキッチンで、和気あいあいと食事の支度を始めていた。昨夜なるべく静かに酒盛りしていたじいさま組は、まだぐーすか夢の中だ。どこでも雑魚寝できるのがまた凄い。
「お祖母ちゃん、卵焼きの作り方教えて」
ちょうど卵を割っていたお祖母ちゃんの背中に、ぴたっと張り付いてお願いすると、彼女はいいわよと笑って場所を開けてくれた。
「分量をちゃんと計っているのに、私が作ると毎回違う味になるんだよね。大輔は文句言わないで食べてくれるけど」
あらあらと手を口元に持っていくお祖母ちゃん。板倉のお祖母ちゃんもぱあっと表情を明るくして、私の隣に並んだ。
「大輔と一緒にご飯を食べてるの?」
「夜は殆ど一緒に作ってるよ」
「なあんだ、そうなの」
きゅうりの漬物をリズミカルに切りながら、板倉のお祖母ちゃんはふんふんと鼻歌まで歌い出す。上福元のお祖母ちゃんがそれに合わせて、また全然別の歌を歌っているので、曲が何だか分からない。
「で、大輔は文緒ちゃんの部屋に泊まっていくの?」
味噌汁担当の小沢のお祖母ちゃんが、お玉を抱きしめて目を輝かせている。
「ううん、帰るよ。自分の部屋じゃないと眠れないんだって」
菜箸で卵をほぐしつつ、私は似たような動きで首を振った。お祖母ちゃんの指示で卵に出し汁、酒、砂糖、塩、醤油を加えて更に混ぜる。
「まあそうでしょうけど。つまんないわね」
がっかりする小沢のお祖母ちゃんに、そういえばとつけ足す。
「一回だけ泊まったことがあった」
「それでそれで?」
「お互い疲れてぐーすか寝てた」
私の返事に一斉に肩を落としたお祖母ちゃん達は、
「やっぱり板倉ヘタレだわね」
やれやれと洩らした上福元のお祖母ちゃんの一言に、今度は大爆笑したのだった。何がおかしいのか分からない私は、フライパンにくっつきそうな卵焼きを、フライ返しで突いては必死に巻き込んでいた。
「ねえ、文緒ちゃん。大輔には本当に他に彼女がいるの?」
朝食の準備が整うと共に、ぞろぞろと起きてきたじいさま達を座らせた後、板倉のお祖母ちゃんが訊ねてきた。和室に並べたテーブルが、村での朝食風景と重なる。
「はっきりつきあっているかどうかは聞いてないけど、大学でも野球部でも帰りも、いつもその人と一緒だよ」
自分が焼いた卵焼きを頬張りながら、これなら大輔も満足するかなと考えて、もうそれは私の役目じゃないことを思い出す。
この十日程はトレーニングも一人で、キャッチボールすらできない毎日は、やけに物足りなくて。
「でもあの二人がつきあったら、気軽に板倉とキャッチボールなんてできなくなるよ?」
石井さんの台詞をようやく理解した。
「あの野郎、お灸を据えんとな」
かぼちゃの煮物を口に放り込んで、小沢のおっちゃんが唸ったけれど、座椅子に寄りかかってご飯を食べていたお祖父ちゃんが、それをやんわりいなした。
「大輔に好いた人がいるなら仕方ないだろう。強制してどうにかなるわけでもない。ひ孫も一緒に野球をしてみたかったが」
この場合のひ孫とは、私と大輔の子供ということだろうか。気が早いというか、本人が全く想像できない。
「じゃあ試合の続きはどうなるの?」
ぽりぽりと漬物を齧って、上福元さんが誰にともなく呟いた。みんなそっと私の方を窺う。
「私も友達ならキャッチボールは続けられると、呑気に考えていたんだけど、彼女の立場になってみるように諭された」
お祖父ちゃん達のように、大輔とは一生つきあっていくものだと勝手に思っていた。でも二階さんが現れて初めて、それが不可能なのだと知った。もう乗り越えたつもりだったのに、やはり自分が男だったらと願わずにはいられない。
「大輔のお陰で大学にもすぐ慣れたし、野球部の人達とも仲良くなれた。お祖父ちゃんやお祖母ちゃん達との約束を守って、煩いくらい過保護だったけどね」
「約束?」
板倉のお祖母ちゃんが目を瞬く。
「あれ? 私の面倒をみるように言ってたんでしょ?」
聞き返す私にお祖母ちゃんは首を傾げた。
「悪い虫がつかないようにしっかり捕まえておきなさい。お盆には花嫁衣装の準備をするから、必ず連れ帰ってきなさい。私が申しつけたのはこれだけよ」
そこに怪訝な表情の板倉のお祖父ちゃんが口を挟んだ。
「まさか大輔は、文緒に何も言ってないのか?」
「何もって?」
おうむ返しに答える私に、その場にいた全員が昨日同様、「はーっ?」と声を合わせる。
「五年前から進展してねーのかよ、おい」
「本当に板倉ヘタレのままじゃないの」
食事中なのに騒然となった室内に、今度はチャイムが鳴り響く。悪戯のように繰り返されるピンポンに、お祖母ちゃんがドアを開けると、
「文緒! 何で黙っていなくなった!」
どこから走ってきたのか、汗だくの大輔がいきなり転がり込んできた。図らずもとうもろこし畑のメンバーが勢揃いした瞬間だった。
「お祖母ちゃん、卵焼きの作り方教えて」
ちょうど卵を割っていたお祖母ちゃんの背中に、ぴたっと張り付いてお願いすると、彼女はいいわよと笑って場所を開けてくれた。
「分量をちゃんと計っているのに、私が作ると毎回違う味になるんだよね。大輔は文句言わないで食べてくれるけど」
あらあらと手を口元に持っていくお祖母ちゃん。板倉のお祖母ちゃんもぱあっと表情を明るくして、私の隣に並んだ。
「大輔と一緒にご飯を食べてるの?」
「夜は殆ど一緒に作ってるよ」
「なあんだ、そうなの」
きゅうりの漬物をリズミカルに切りながら、板倉のお祖母ちゃんはふんふんと鼻歌まで歌い出す。上福元のお祖母ちゃんがそれに合わせて、また全然別の歌を歌っているので、曲が何だか分からない。
「で、大輔は文緒ちゃんの部屋に泊まっていくの?」
味噌汁担当の小沢のお祖母ちゃんが、お玉を抱きしめて目を輝かせている。
「ううん、帰るよ。自分の部屋じゃないと眠れないんだって」
菜箸で卵をほぐしつつ、私は似たような動きで首を振った。お祖母ちゃんの指示で卵に出し汁、酒、砂糖、塩、醤油を加えて更に混ぜる。
「まあそうでしょうけど。つまんないわね」
がっかりする小沢のお祖母ちゃんに、そういえばとつけ足す。
「一回だけ泊まったことがあった」
「それでそれで?」
「お互い疲れてぐーすか寝てた」
私の返事に一斉に肩を落としたお祖母ちゃん達は、
「やっぱり板倉ヘタレだわね」
やれやれと洩らした上福元のお祖母ちゃんの一言に、今度は大爆笑したのだった。何がおかしいのか分からない私は、フライパンにくっつきそうな卵焼きを、フライ返しで突いては必死に巻き込んでいた。
「ねえ、文緒ちゃん。大輔には本当に他に彼女がいるの?」
朝食の準備が整うと共に、ぞろぞろと起きてきたじいさま達を座らせた後、板倉のお祖母ちゃんが訊ねてきた。和室に並べたテーブルが、村での朝食風景と重なる。
「はっきりつきあっているかどうかは聞いてないけど、大学でも野球部でも帰りも、いつもその人と一緒だよ」
自分が焼いた卵焼きを頬張りながら、これなら大輔も満足するかなと考えて、もうそれは私の役目じゃないことを思い出す。
この十日程はトレーニングも一人で、キャッチボールすらできない毎日は、やけに物足りなくて。
「でもあの二人がつきあったら、気軽に板倉とキャッチボールなんてできなくなるよ?」
石井さんの台詞をようやく理解した。
「あの野郎、お灸を据えんとな」
かぼちゃの煮物を口に放り込んで、小沢のおっちゃんが唸ったけれど、座椅子に寄りかかってご飯を食べていたお祖父ちゃんが、それをやんわりいなした。
「大輔に好いた人がいるなら仕方ないだろう。強制してどうにかなるわけでもない。ひ孫も一緒に野球をしてみたかったが」
この場合のひ孫とは、私と大輔の子供ということだろうか。気が早いというか、本人が全く想像できない。
「じゃあ試合の続きはどうなるの?」
ぽりぽりと漬物を齧って、上福元さんが誰にともなく呟いた。みんなそっと私の方を窺う。
「私も友達ならキャッチボールは続けられると、呑気に考えていたんだけど、彼女の立場になってみるように諭された」
お祖父ちゃん達のように、大輔とは一生つきあっていくものだと勝手に思っていた。でも二階さんが現れて初めて、それが不可能なのだと知った。もう乗り越えたつもりだったのに、やはり自分が男だったらと願わずにはいられない。
「大輔のお陰で大学にもすぐ慣れたし、野球部の人達とも仲良くなれた。お祖父ちゃんやお祖母ちゃん達との約束を守って、煩いくらい過保護だったけどね」
「約束?」
板倉のお祖母ちゃんが目を瞬く。
「あれ? 私の面倒をみるように言ってたんでしょ?」
聞き返す私にお祖母ちゃんは首を傾げた。
「悪い虫がつかないようにしっかり捕まえておきなさい。お盆には花嫁衣装の準備をするから、必ず連れ帰ってきなさい。私が申しつけたのはこれだけよ」
そこに怪訝な表情の板倉のお祖父ちゃんが口を挟んだ。
「まさか大輔は、文緒に何も言ってないのか?」
「何もって?」
おうむ返しに答える私に、その場にいた全員が昨日同様、「はーっ?」と声を合わせる。
「五年前から進展してねーのかよ、おい」
「本当に板倉ヘタレのままじゃないの」
食事中なのに騒然となった室内に、今度はチャイムが鳴り響く。悪戯のように繰り返されるピンポンに、お祖母ちゃんがドアを開けると、
「文緒! 何で黙っていなくなった!」
どこから走ってきたのか、汗だくの大輔がいきなり転がり込んできた。図らずもとうもろこし畑のメンバーが勢揃いした瞬間だった。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
還暦の性 若い彼との恋愛模様
MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。
そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。
その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。
全7話
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
復讐のための五つの方法
炭田おと
恋愛
皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。
それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。
グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。
72話で完結です。
✿ 私は夫のことが好きなのに、彼は私なんかよりずっと若くてきれいでスタイルの良い女が好きらしい
設楽理沙
ライト文芸
累計ポイント110万ポイント超えました。皆さま、ありがとうございます。❀
結婚後、2か月足らずで夫の心変わりを知ることに。
結婚前から他の女性と付き合っていたんだって。
それならそうと、ちゃんと話してくれていれば、結婚なんて
しなかった。
呆れた私はすぐに家を出て自立の道を探すことにした。
それなのに、私と別れたくないなんて信じられない
世迷言を言ってくる夫。
だめだめ、信用できないからね~。
さようなら。
*******.✿..✿.*******
◇|日比野滉星《ひびのこうせい》32才 会社員
◇ 日比野ひまり 32才
◇ 石田唯 29才 滉星の同僚
◇新堂冬也 25才 ひまりの転職先の先輩(鉄道会社)
2025.4.11 完結 25649字
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる