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再会編
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お祖父ちゃんのアパートの前には小さい公園がある。天気のせいか人の姿が見られないそこで、私は久し振りに大輔とキャッチボールをしていた。曇り空の下、グローブの乾いた匂いと、ボールが手の平に当たる感触に、私の口元は自然に緩んでしまう。
「呑気な奴め」
疲れたようにボールを放ってくる大輔。朝早くこちらに着くなり、ずらっと顔を揃えているお祖父ちゃん達に驚き、腰を抜かす間も無く説教を喰らったのだ。
「意気地なし」
「節操なし」
「下半身男」
次々に浴びせられる台詞に、言い訳する隙も与えられない大輔は、青くなって口をひたすらぱくぱくさせていた。
「他の女にうつつを抜かす男に、大事な孫はやれんな」
最後に締めくくるように、お祖父ちゃんがぼそりと洩らしたときだけは、
「こんな無防備な奴を、見守るしかない俺の気持ちはどうなる!」
半泣きで喚いたけれど、お祖父ちゃんは取り合うどころか、ふんと鼻を鳴らした。
「それが浮気の言い訳か。情けないのう」
「だから浮気なんかしてないって! 文緒、お前一体何をじいさん達に喋ったんだ?」
矛先を向けられた私は、途中になっていた食事を済ませてから、話の輪に加わった。
「二階さんのことだけど」
「二階? どうしてあいつがここに出てくる?」
大輔は険しい表情で私を睨みつける。
「学内に知れ渡ってるよ? 大輔と二階さんがつきあっていること」
「はあ?」
困惑する大輔に、板倉のお祖母ちゃんが突きつけた。
「一日中べったりくっついているそうじゃない」
そんな言い方したかなと考えている間に、板倉のお祖父ちゃんも加勢する。
「初心を貫けないとは、我が孫ながら呆れ果てる」
「本当だわよ。文緒ちゃんと一夜を過ごしておいて」
続けた小沢のお祖母ちゃんの一言で、再び場が騒然となった。
「こら、大輔! お前、俺の許可も取らずに!」
お祖父ちゃんが布団を蹴って飛び起きる。身のこなしが五年前と変わらないのは気のせいだろうか。
「待て、荒木のじいさん! 早まるな! 病気なんだろ!」
「たわけ、とっくに治ってるわ! 成敗してくれる!」
「だから手なんか出してねーって!」
そこで室内がぴたっと静まった。お祖父ちゃんとお祖母ちゃん達がそれぞれ顔を見合わせ、一斉にため息をつく。
「やっぱりヘタレだ」
その様子に大輔はがっくりとうな垂れた。
「どっちなんだよ」
結局解放されたのはお昼前で、今のところ大輔と二階さんは友人関係だということで、みんなは渋々納得した。二階さんが大輔を慕っていることを、私は本人から直接聞いているけれど、大輔の方はまだ打ち明けられていないらしい。
「時間の問題なんだろうけど」
呟いて私は大輔にボールを返す。彼が楽々受け取める姿に、やはり二人はいいなあとしみじみ思う。
「もう少しだけ、我儘につきあってね、大輔」
「どういう意味だ」
「だって彼女ができたら、私が大輔を独占するわけにいかないじゃん」
途端にスピードボールが投げ込まれて、慌ててキャッチする。
「お前はさっきの話を聞いていなかったのか?」
また不機嫌に戻っている。そういえば大輔は水野さんから、私がお祖父ちゃんの家に行ったことを教えられたのだそうだ。
「昨夜文緒がアパートに帰っていなかったから、水野さんから石井から、手当たり次第に連絡した」
一方的にとはいえ十日も喧嘩状態だったのに、何故私が留守だったことに気づいたのだろうと思っていたら、何と大輔は毎晩、私の部屋に灯りがついているか確かめに来ていたというのだ。しかもちゃんと帰っているのを確かめるだけで、そのまま自分のアパートにとんぼ返りしていたんだとか。
「ご飯食べていけばよかったのに」
二階さんの元に行っていると予想しつつも、私は一応大輔の分の晩御飯も用意していたのである。
「文緒からのアプローチを待ってたんだよ。まさか二階と妙な噂になっていて、お前がそれを鵜呑みにしているなんて考えもしなかったよ」
「大輔は過保護だなぁ。私は一人でも大丈夫だよ? あんまり自分の時間を削らなくていいんだからね」
安心させるために言ったのに、大輔は逆に怒ってまた口をきかなくなってしまった。だから仲直りをしたくて、昼食後にキャッチボールの相手を頼んだのだ。
「おーっし、肩慣らしは終ったか?」
唐突に小沢のおっちゃんの声が公園内に響き渡った。振り返ると各々グローブを手にしたお祖父ちゃんとお祖母ちゃん達が立っている。もちろんうちのお祖父ちゃんも。
「そういえばお祖父ちゃん、とっくに病気治ってるって喚いてなかった?」
歩み寄ってきた大輔に訊ねると、彼も呆れたように肩をすくめた。
「ああ。それに見舞いに全員グローブ持参って、絶対変だろ」
よもや謀られたかと頷きあう私達を余所に、小沢のおっちゃんは高らかに宣言した。
「再試合開始だ!」
「呑気な奴め」
疲れたようにボールを放ってくる大輔。朝早くこちらに着くなり、ずらっと顔を揃えているお祖父ちゃん達に驚き、腰を抜かす間も無く説教を喰らったのだ。
「意気地なし」
「節操なし」
「下半身男」
次々に浴びせられる台詞に、言い訳する隙も与えられない大輔は、青くなって口をひたすらぱくぱくさせていた。
「他の女にうつつを抜かす男に、大事な孫はやれんな」
最後に締めくくるように、お祖父ちゃんがぼそりと洩らしたときだけは、
「こんな無防備な奴を、見守るしかない俺の気持ちはどうなる!」
半泣きで喚いたけれど、お祖父ちゃんは取り合うどころか、ふんと鼻を鳴らした。
「それが浮気の言い訳か。情けないのう」
「だから浮気なんかしてないって! 文緒、お前一体何をじいさん達に喋ったんだ?」
矛先を向けられた私は、途中になっていた食事を済ませてから、話の輪に加わった。
「二階さんのことだけど」
「二階? どうしてあいつがここに出てくる?」
大輔は険しい表情で私を睨みつける。
「学内に知れ渡ってるよ? 大輔と二階さんがつきあっていること」
「はあ?」
困惑する大輔に、板倉のお祖母ちゃんが突きつけた。
「一日中べったりくっついているそうじゃない」
そんな言い方したかなと考えている間に、板倉のお祖父ちゃんも加勢する。
「初心を貫けないとは、我が孫ながら呆れ果てる」
「本当だわよ。文緒ちゃんと一夜を過ごしておいて」
続けた小沢のお祖母ちゃんの一言で、再び場が騒然となった。
「こら、大輔! お前、俺の許可も取らずに!」
お祖父ちゃんが布団を蹴って飛び起きる。身のこなしが五年前と変わらないのは気のせいだろうか。
「待て、荒木のじいさん! 早まるな! 病気なんだろ!」
「たわけ、とっくに治ってるわ! 成敗してくれる!」
「だから手なんか出してねーって!」
そこで室内がぴたっと静まった。お祖父ちゃんとお祖母ちゃん達がそれぞれ顔を見合わせ、一斉にため息をつく。
「やっぱりヘタレだ」
その様子に大輔はがっくりとうな垂れた。
「どっちなんだよ」
結局解放されたのはお昼前で、今のところ大輔と二階さんは友人関係だということで、みんなは渋々納得した。二階さんが大輔を慕っていることを、私は本人から直接聞いているけれど、大輔の方はまだ打ち明けられていないらしい。
「時間の問題なんだろうけど」
呟いて私は大輔にボールを返す。彼が楽々受け取める姿に、やはり二人はいいなあとしみじみ思う。
「もう少しだけ、我儘につきあってね、大輔」
「どういう意味だ」
「だって彼女ができたら、私が大輔を独占するわけにいかないじゃん」
途端にスピードボールが投げ込まれて、慌ててキャッチする。
「お前はさっきの話を聞いていなかったのか?」
また不機嫌に戻っている。そういえば大輔は水野さんから、私がお祖父ちゃんの家に行ったことを教えられたのだそうだ。
「昨夜文緒がアパートに帰っていなかったから、水野さんから石井から、手当たり次第に連絡した」
一方的にとはいえ十日も喧嘩状態だったのに、何故私が留守だったことに気づいたのだろうと思っていたら、何と大輔は毎晩、私の部屋に灯りがついているか確かめに来ていたというのだ。しかもちゃんと帰っているのを確かめるだけで、そのまま自分のアパートにとんぼ返りしていたんだとか。
「ご飯食べていけばよかったのに」
二階さんの元に行っていると予想しつつも、私は一応大輔の分の晩御飯も用意していたのである。
「文緒からのアプローチを待ってたんだよ。まさか二階と妙な噂になっていて、お前がそれを鵜呑みにしているなんて考えもしなかったよ」
「大輔は過保護だなぁ。私は一人でも大丈夫だよ? あんまり自分の時間を削らなくていいんだからね」
安心させるために言ったのに、大輔は逆に怒ってまた口をきかなくなってしまった。だから仲直りをしたくて、昼食後にキャッチボールの相手を頼んだのだ。
「おーっし、肩慣らしは終ったか?」
唐突に小沢のおっちゃんの声が公園内に響き渡った。振り返ると各々グローブを手にしたお祖父ちゃんとお祖母ちゃん達が立っている。もちろんうちのお祖父ちゃんも。
「そういえばお祖父ちゃん、とっくに病気治ってるって喚いてなかった?」
歩み寄ってきた大輔に訊ねると、彼も呆れたように肩をすくめた。
「ああ。それに見舞いに全員グローブ持参って、絶対変だろ」
よもや謀られたかと頷きあう私達を余所に、小沢のおっちゃんは高らかに宣言した。
「再試合開始だ!」
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