36 / 55
再会編
17
しおりを挟む
体調を崩して三日間入院したのは事実だが、その後はすこぶる快調だというお祖父ちゃんは、グローブ片手に肩をぐるぐる回している。剛速球を投げる気満々だ。小沢のおっちゃんによると、私と大輔がお見舞いに来る日に合わせて、全員に招集をかけたというのだ。
「大輔のせいで一日無駄にしたわ」
朝から絞られ続けている大輔は、小沢のおっちゃんの嫌味に、もう勘弁してくれとぼやきながら私の隣に立っている。
「だがそうしていると、結構似合いだな、お前ら」
そうなのかなと上目遣いで大輔を見上げると、いつの間にか例の甘ったるい表情に切り替わっていた。やはり背中がむずむずする。さっきの話を聞いていなかったのかと問われて、答えずじまいだったけれど、肝心の大輔からは何も告げられていないのだから、正直どう捉えていいのか分からない。
お祖父ちゃんやお祖母ちゃん達が盛り上がっているだけなのか。それとも…。ぐだぐだしているのは性に合わないが、自分から確かめるのもどうかという感じで、もちろん二階さんの一件もあるし、いつも通りにするしかない私だ。
「だらしない顔しおって」
板倉のお祖父ちゃんがげしっと大輔の足を蹴っ飛ばす。
「ところでここじゃ狭いんじゃないの?」
周囲を見回していた小沢のお祖母ちゃんが、どう見ても野球をする広さがない園内に眉を顰めた。住宅街の中にある子供向けの公園は、私のアパートの近くにある所よりもスペースがない。せいぜい内野の確保で一杯だろう。とても野球をするのは無理だ。
「馬鹿め。やるのは小沢ベースだ」
JAの帽子を被り直しておっちゃんはにやりと笑う。横から上福元さんが差し出したのは、子供の玩具である空気バットとゴムボール。
「さすがにここで軟球を飛ばすわけにはいかないからね。これなら危なくないし、女性陣も無理なくできるでしょ」
体力的にもね、と上福元さんがこそっと囁いた。今でも体が鈍らないよう、それなりに運動をしているらしいが、普通に考えれば野球の試合をする年齢ではない。
私にとってのお祖父ちゃんは、ずっと力強い存在で、そのまま変わらないものだと思っていたけれど、いつか衰える日がやってくる。
「しけた面してんな。やるぞ」
まるで私の心を見透かしたように、小沢のおっちゃんが頭を叩く。
「オーライ」
私は笑顔で頷いて、上福元さんからバットを受け取った。
ベースがなかったので、私と大輔が靴のつま先で、一塁と二塁とホームベース、そしてバッターボックスを土に直接描いた。
「さすがにダンボールはないからな」
お祖父ちゃんが揶揄うと、小沢のおっちゃんがけっと毒づく。
「チーム分けは前の通りだ」
つまり荒木、上福元チーム対板倉、小沢チームに別れ、こちらも五年前の続きで、一回裏ツーアウトの場面から再開されることになった。
守備はピッチャー小沢のおっちゃん、キャッチャー板倉のお祖父ちゃん、残り三人は全て内野に回り、打撃は五番のお祖父ちゃんから始まる。
青い空もでこぼこのダイヤモンドもないけれど、全員揃ったらそこが球場。やがてお祖父ちゃんがバッターボックスに入る。
「五番、ピッチャー、仮病荒木」
上福元のお祖母ちゃんのアナウンスで、爆笑しながら試合の幕が上がった。
「孫には打たれたが、じじいは抑えるからな」
ビシッと人差し指をお祖父ちゃんに突きつけて、小沢のおっちゃんは大きく振りかぶる。格好いいフォームで投げ込むものの、やはりそこはゴムボール。それなりに早くても妙に緩い。
「もらった」
空気バットを軽やかに振るお祖父ちゃん。ボールは軽い音をさせて内野に転がる。大輔が難なく捕らえて一塁ベースを踏んだ。
「意外と難しいもんだな」
お祖父ちゃんの呟きで一回裏は終了し、二回表の攻撃に移る。守備はピッチャーお祖父ちゃん、キャッチャー私。
「四番、ピッチャー、プロポーズ小沢」
てっきりJAでくるかと予想していたのに、上福元のお祖母ちゃんはしれっととんでもないことを口にした。
「このくそばばあ、その呼び名はやめろ!」
バッターボックスから喚くおっちゃんに、うちのお祖母ちゃんがふふっと笑う。
「あらあら、可愛いこと」
この一言が効いたのか、小沢のおっちゃんは初球を弾き返し、まんまと一塁上でガッツポーズ。
「ざまあみろ」
子供みたいに敵を煽り出す。
「五番、キャッチャー、アンチ板倉」
あえて巨人は外したけれど、板倉のお祖父ちゃんの眉がぴくっと反応し、はたまたお祖父ちゃんの初球にバットを当てる。
内野を抜けて園外に転がりそうだったボールを、上福元さんが上手いこと捌いて、走ってきた小沢のおっちゃんを二塁で待ち構えた。
「小沢のじいさん、足おそっ!」
呆れる大輔に便乗するように、上福元さんがハミングを始める。
「タッチ、タッチ、ここにタッチ」
ナイスな選曲にみんな笑ったが、実際にタッチアウトになった小沢のおっちゃんだけは、相変わらず地団駄踏んでいた。
それにしても上福元さんには、野球アニメの主題歌のレパートリーは何曲あるのだろう。一度全部聴いてみたいものだ。
「大輔のせいで一日無駄にしたわ」
朝から絞られ続けている大輔は、小沢のおっちゃんの嫌味に、もう勘弁してくれとぼやきながら私の隣に立っている。
「だがそうしていると、結構似合いだな、お前ら」
そうなのかなと上目遣いで大輔を見上げると、いつの間にか例の甘ったるい表情に切り替わっていた。やはり背中がむずむずする。さっきの話を聞いていなかったのかと問われて、答えずじまいだったけれど、肝心の大輔からは何も告げられていないのだから、正直どう捉えていいのか分からない。
お祖父ちゃんやお祖母ちゃん達が盛り上がっているだけなのか。それとも…。ぐだぐだしているのは性に合わないが、自分から確かめるのもどうかという感じで、もちろん二階さんの一件もあるし、いつも通りにするしかない私だ。
「だらしない顔しおって」
板倉のお祖父ちゃんがげしっと大輔の足を蹴っ飛ばす。
「ところでここじゃ狭いんじゃないの?」
周囲を見回していた小沢のお祖母ちゃんが、どう見ても野球をする広さがない園内に眉を顰めた。住宅街の中にある子供向けの公園は、私のアパートの近くにある所よりもスペースがない。せいぜい内野の確保で一杯だろう。とても野球をするのは無理だ。
「馬鹿め。やるのは小沢ベースだ」
JAの帽子を被り直しておっちゃんはにやりと笑う。横から上福元さんが差し出したのは、子供の玩具である空気バットとゴムボール。
「さすがにここで軟球を飛ばすわけにはいかないからね。これなら危なくないし、女性陣も無理なくできるでしょ」
体力的にもね、と上福元さんがこそっと囁いた。今でも体が鈍らないよう、それなりに運動をしているらしいが、普通に考えれば野球の試合をする年齢ではない。
私にとってのお祖父ちゃんは、ずっと力強い存在で、そのまま変わらないものだと思っていたけれど、いつか衰える日がやってくる。
「しけた面してんな。やるぞ」
まるで私の心を見透かしたように、小沢のおっちゃんが頭を叩く。
「オーライ」
私は笑顔で頷いて、上福元さんからバットを受け取った。
ベースがなかったので、私と大輔が靴のつま先で、一塁と二塁とホームベース、そしてバッターボックスを土に直接描いた。
「さすがにダンボールはないからな」
お祖父ちゃんが揶揄うと、小沢のおっちゃんがけっと毒づく。
「チーム分けは前の通りだ」
つまり荒木、上福元チーム対板倉、小沢チームに別れ、こちらも五年前の続きで、一回裏ツーアウトの場面から再開されることになった。
守備はピッチャー小沢のおっちゃん、キャッチャー板倉のお祖父ちゃん、残り三人は全て内野に回り、打撃は五番のお祖父ちゃんから始まる。
青い空もでこぼこのダイヤモンドもないけれど、全員揃ったらそこが球場。やがてお祖父ちゃんがバッターボックスに入る。
「五番、ピッチャー、仮病荒木」
上福元のお祖母ちゃんのアナウンスで、爆笑しながら試合の幕が上がった。
「孫には打たれたが、じじいは抑えるからな」
ビシッと人差し指をお祖父ちゃんに突きつけて、小沢のおっちゃんは大きく振りかぶる。格好いいフォームで投げ込むものの、やはりそこはゴムボール。それなりに早くても妙に緩い。
「もらった」
空気バットを軽やかに振るお祖父ちゃん。ボールは軽い音をさせて内野に転がる。大輔が難なく捕らえて一塁ベースを踏んだ。
「意外と難しいもんだな」
お祖父ちゃんの呟きで一回裏は終了し、二回表の攻撃に移る。守備はピッチャーお祖父ちゃん、キャッチャー私。
「四番、ピッチャー、プロポーズ小沢」
てっきりJAでくるかと予想していたのに、上福元のお祖母ちゃんはしれっととんでもないことを口にした。
「このくそばばあ、その呼び名はやめろ!」
バッターボックスから喚くおっちゃんに、うちのお祖母ちゃんがふふっと笑う。
「あらあら、可愛いこと」
この一言が効いたのか、小沢のおっちゃんは初球を弾き返し、まんまと一塁上でガッツポーズ。
「ざまあみろ」
子供みたいに敵を煽り出す。
「五番、キャッチャー、アンチ板倉」
あえて巨人は外したけれど、板倉のお祖父ちゃんの眉がぴくっと反応し、はたまたお祖父ちゃんの初球にバットを当てる。
内野を抜けて園外に転がりそうだったボールを、上福元さんが上手いこと捌いて、走ってきた小沢のおっちゃんを二塁で待ち構えた。
「小沢のじいさん、足おそっ!」
呆れる大輔に便乗するように、上福元さんがハミングを始める。
「タッチ、タッチ、ここにタッチ」
ナイスな選曲にみんな笑ったが、実際にタッチアウトになった小沢のおっちゃんだけは、相変わらず地団駄踏んでいた。
それにしても上福元さんには、野球アニメの主題歌のレパートリーは何曲あるのだろう。一度全部聴いてみたいものだ。
0
あなたにおすすめの小説
灰かぶりの姉
吉野 那生
恋愛
父の死後、母が連れてきたのは優しそうな男性と可愛い女の子だった。
「今日からあなたのお父さんと妹だよ」
そう言われたあの日から…。
* * *
『ソツのない彼氏とスキのない彼女』のスピンオフ。
国枝 那月×野口 航平の過去編です。
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
雪の日に
藤谷 郁
恋愛
私には許嫁がいる。
親同士の約束で、生まれる前から決まっていた結婚相手。
大学卒業を控えた冬。
私は彼に会うため、雪の金沢へと旅立つ――
※作品の初出は2014年(平成26年)。鉄道・駅などの描写は当時のものです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる