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再会編
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体調を崩して三日間入院したのは事実だが、その後はすこぶる快調だというお祖父ちゃんは、グローブ片手に肩をぐるぐる回している。剛速球を投げる気満々だ。小沢のおっちゃんによると、私と大輔がお見舞いに来る日に合わせて、全員に招集をかけたというのだ。
「大輔のせいで一日無駄にしたわ」
朝から絞られ続けている大輔は、小沢のおっちゃんの嫌味に、もう勘弁してくれとぼやきながら私の隣に立っている。
「だがそうしていると、結構似合いだな、お前ら」
そうなのかなと上目遣いで大輔を見上げると、いつの間にか例の甘ったるい表情に切り替わっていた。やはり背中がむずむずする。さっきの話を聞いていなかったのかと問われて、答えずじまいだったけれど、肝心の大輔からは何も告げられていないのだから、正直どう捉えていいのか分からない。
お祖父ちゃんやお祖母ちゃん達が盛り上がっているだけなのか。それとも…。ぐだぐだしているのは性に合わないが、自分から確かめるのもどうかという感じで、もちろん二階さんの一件もあるし、いつも通りにするしかない私だ。
「だらしない顔しおって」
板倉のお祖父ちゃんがげしっと大輔の足を蹴っ飛ばす。
「ところでここじゃ狭いんじゃないの?」
周囲を見回していた小沢のお祖母ちゃんが、どう見ても野球をする広さがない園内に眉を顰めた。住宅街の中にある子供向けの公園は、私のアパートの近くにある所よりもスペースがない。せいぜい内野の確保で一杯だろう。とても野球をするのは無理だ。
「馬鹿め。やるのは小沢ベースだ」
JAの帽子を被り直しておっちゃんはにやりと笑う。横から上福元さんが差し出したのは、子供の玩具である空気バットとゴムボール。
「さすがにここで軟球を飛ばすわけにはいかないからね。これなら危なくないし、女性陣も無理なくできるでしょ」
体力的にもね、と上福元さんがこそっと囁いた。今でも体が鈍らないよう、それなりに運動をしているらしいが、普通に考えれば野球の試合をする年齢ではない。
私にとってのお祖父ちゃんは、ずっと力強い存在で、そのまま変わらないものだと思っていたけれど、いつか衰える日がやってくる。
「しけた面してんな。やるぞ」
まるで私の心を見透かしたように、小沢のおっちゃんが頭を叩く。
「オーライ」
私は笑顔で頷いて、上福元さんからバットを受け取った。
ベースがなかったので、私と大輔が靴のつま先で、一塁と二塁とホームベース、そしてバッターボックスを土に直接描いた。
「さすがにダンボールはないからな」
お祖父ちゃんが揶揄うと、小沢のおっちゃんがけっと毒づく。
「チーム分けは前の通りだ」
つまり荒木、上福元チーム対板倉、小沢チームに別れ、こちらも五年前の続きで、一回裏ツーアウトの場面から再開されることになった。
守備はピッチャー小沢のおっちゃん、キャッチャー板倉のお祖父ちゃん、残り三人は全て内野に回り、打撃は五番のお祖父ちゃんから始まる。
青い空もでこぼこのダイヤモンドもないけれど、全員揃ったらそこが球場。やがてお祖父ちゃんがバッターボックスに入る。
「五番、ピッチャー、仮病荒木」
上福元のお祖母ちゃんのアナウンスで、爆笑しながら試合の幕が上がった。
「孫には打たれたが、じじいは抑えるからな」
ビシッと人差し指をお祖父ちゃんに突きつけて、小沢のおっちゃんは大きく振りかぶる。格好いいフォームで投げ込むものの、やはりそこはゴムボール。それなりに早くても妙に緩い。
「もらった」
空気バットを軽やかに振るお祖父ちゃん。ボールは軽い音をさせて内野に転がる。大輔が難なく捕らえて一塁ベースを踏んだ。
「意外と難しいもんだな」
お祖父ちゃんの呟きで一回裏は終了し、二回表の攻撃に移る。守備はピッチャーお祖父ちゃん、キャッチャー私。
「四番、ピッチャー、プロポーズ小沢」
てっきりJAでくるかと予想していたのに、上福元のお祖母ちゃんはしれっととんでもないことを口にした。
「このくそばばあ、その呼び名はやめろ!」
バッターボックスから喚くおっちゃんに、うちのお祖母ちゃんがふふっと笑う。
「あらあら、可愛いこと」
この一言が効いたのか、小沢のおっちゃんは初球を弾き返し、まんまと一塁上でガッツポーズ。
「ざまあみろ」
子供みたいに敵を煽り出す。
「五番、キャッチャー、アンチ板倉」
あえて巨人は外したけれど、板倉のお祖父ちゃんの眉がぴくっと反応し、はたまたお祖父ちゃんの初球にバットを当てる。
内野を抜けて園外に転がりそうだったボールを、上福元さんが上手いこと捌いて、走ってきた小沢のおっちゃんを二塁で待ち構えた。
「小沢のじいさん、足おそっ!」
呆れる大輔に便乗するように、上福元さんがハミングを始める。
「タッチ、タッチ、ここにタッチ」
ナイスな選曲にみんな笑ったが、実際にタッチアウトになった小沢のおっちゃんだけは、相変わらず地団駄踏んでいた。
それにしても上福元さんには、野球アニメの主題歌のレパートリーは何曲あるのだろう。一度全部聴いてみたいものだ。
「大輔のせいで一日無駄にしたわ」
朝から絞られ続けている大輔は、小沢のおっちゃんの嫌味に、もう勘弁してくれとぼやきながら私の隣に立っている。
「だがそうしていると、結構似合いだな、お前ら」
そうなのかなと上目遣いで大輔を見上げると、いつの間にか例の甘ったるい表情に切り替わっていた。やはり背中がむずむずする。さっきの話を聞いていなかったのかと問われて、答えずじまいだったけれど、肝心の大輔からは何も告げられていないのだから、正直どう捉えていいのか分からない。
お祖父ちゃんやお祖母ちゃん達が盛り上がっているだけなのか。それとも…。ぐだぐだしているのは性に合わないが、自分から確かめるのもどうかという感じで、もちろん二階さんの一件もあるし、いつも通りにするしかない私だ。
「だらしない顔しおって」
板倉のお祖父ちゃんがげしっと大輔の足を蹴っ飛ばす。
「ところでここじゃ狭いんじゃないの?」
周囲を見回していた小沢のお祖母ちゃんが、どう見ても野球をする広さがない園内に眉を顰めた。住宅街の中にある子供向けの公園は、私のアパートの近くにある所よりもスペースがない。せいぜい内野の確保で一杯だろう。とても野球をするのは無理だ。
「馬鹿め。やるのは小沢ベースだ」
JAの帽子を被り直しておっちゃんはにやりと笑う。横から上福元さんが差し出したのは、子供の玩具である空気バットとゴムボール。
「さすがにここで軟球を飛ばすわけにはいかないからね。これなら危なくないし、女性陣も無理なくできるでしょ」
体力的にもね、と上福元さんがこそっと囁いた。今でも体が鈍らないよう、それなりに運動をしているらしいが、普通に考えれば野球の試合をする年齢ではない。
私にとってのお祖父ちゃんは、ずっと力強い存在で、そのまま変わらないものだと思っていたけれど、いつか衰える日がやってくる。
「しけた面してんな。やるぞ」
まるで私の心を見透かしたように、小沢のおっちゃんが頭を叩く。
「オーライ」
私は笑顔で頷いて、上福元さんからバットを受け取った。
ベースがなかったので、私と大輔が靴のつま先で、一塁と二塁とホームベース、そしてバッターボックスを土に直接描いた。
「さすがにダンボールはないからな」
お祖父ちゃんが揶揄うと、小沢のおっちゃんがけっと毒づく。
「チーム分けは前の通りだ」
つまり荒木、上福元チーム対板倉、小沢チームに別れ、こちらも五年前の続きで、一回裏ツーアウトの場面から再開されることになった。
守備はピッチャー小沢のおっちゃん、キャッチャー板倉のお祖父ちゃん、残り三人は全て内野に回り、打撃は五番のお祖父ちゃんから始まる。
青い空もでこぼこのダイヤモンドもないけれど、全員揃ったらそこが球場。やがてお祖父ちゃんがバッターボックスに入る。
「五番、ピッチャー、仮病荒木」
上福元のお祖母ちゃんのアナウンスで、爆笑しながら試合の幕が上がった。
「孫には打たれたが、じじいは抑えるからな」
ビシッと人差し指をお祖父ちゃんに突きつけて、小沢のおっちゃんは大きく振りかぶる。格好いいフォームで投げ込むものの、やはりそこはゴムボール。それなりに早くても妙に緩い。
「もらった」
空気バットを軽やかに振るお祖父ちゃん。ボールは軽い音をさせて内野に転がる。大輔が難なく捕らえて一塁ベースを踏んだ。
「意外と難しいもんだな」
お祖父ちゃんの呟きで一回裏は終了し、二回表の攻撃に移る。守備はピッチャーお祖父ちゃん、キャッチャー私。
「四番、ピッチャー、プロポーズ小沢」
てっきりJAでくるかと予想していたのに、上福元のお祖母ちゃんはしれっととんでもないことを口にした。
「このくそばばあ、その呼び名はやめろ!」
バッターボックスから喚くおっちゃんに、うちのお祖母ちゃんがふふっと笑う。
「あらあら、可愛いこと」
この一言が効いたのか、小沢のおっちゃんは初球を弾き返し、まんまと一塁上でガッツポーズ。
「ざまあみろ」
子供みたいに敵を煽り出す。
「五番、キャッチャー、アンチ板倉」
あえて巨人は外したけれど、板倉のお祖父ちゃんの眉がぴくっと反応し、はたまたお祖父ちゃんの初球にバットを当てる。
内野を抜けて園外に転がりそうだったボールを、上福元さんが上手いこと捌いて、走ってきた小沢のおっちゃんを二塁で待ち構えた。
「小沢のじいさん、足おそっ!」
呆れる大輔に便乗するように、上福元さんがハミングを始める。
「タッチ、タッチ、ここにタッチ」
ナイスな選曲にみんな笑ったが、実際にタッチアウトになった小沢のおっちゃんだけは、相変わらず地団駄踏んでいた。
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