とうもろこし畑のダイヤモンド

文月 青

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番外編

文緒の帰郷 5

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「何よ、鹿妻。早速ラブコール?」

特に深い意味もなく返した台詞だったが、私の横に張り付いて、スマホに耳を寄せる大輔の肩が怒ったのが分かった。司以外の名前に誰だと目で訴えている。私は顔の前で心配無用と手を振った後、ボールを投げる仕草をして見せた。これで野球繋がりだと納得できるだろう。

「お前さ、夏休み中にもう一度こっちに来れない?」

「行けないことはないけど、何で?」

「今度野球部内で紅白戦をするんだ」

鹿妻の話に寄ると、今後のチームの方針や、ポジションの見直しを図るために、部員全員参加の紅白戦をすることになり、そこに司を引っ張り出すつもりなのだという。

当然司は渋ったが、初恋の彼がマスクを被る姿が見たいと願う真琴の後押しもあり、条件付きで承諾したらしい。そのうちの一つが鹿妻と同じチームに入れること。

「そしてもう一つが、うちのチームの指揮官を文緒にすること」

私の名前が呼び捨てにされた途端、大輔の眉が釣り上がる。司でさえ桂だったぞとぶつぶつ。

「何で既に在校生でもない私?」

「俺と岸の意見が一致したから。文緒なら野球部の課題を炙り出せる筈だ。頼む」

電話の向こうであの鹿妻が頭を下げているような気がした。そのくらい真摯な声。

「光栄だし、面白そうだけど、司も私も硬式の経験はないんだよ? いきなり紅白戦は無理じゃない?」

ふっとほくそ笑む気配がした。

「俺を見くびるなよ、文緒。二人共岸監督から硬式の手解きを受けていただろ」

げっ! 何で鹿妻はそんなことを知ってるんだ。確かに少年野球チームの練習終了後、時々指導と称していろいろ教わっていたのは事実だが。どうりであれだけ拒否していた司が折れたわけだ。

「あのホームランは伊達じゃないってことだ」

隣からはもはや殺気しか感じない。一気に秘密を暴露された気分。げげげの鹿妻め。

「そういうことだから、俺と岸、ついでに真琴の為に一肌脱いでくれ」

脱ぐ? と大輔が聞き咎めた。もう煩い。

「愛しの真琴ちゃんはついでになっちゃったわけ?」

大輔を安心させようと、わざとそんな言い方をしたのに、鹿妻は堂々と宣言した。

「俺が個人的に欲しいのは文緒だと話しただろうが」

これも野球人としてなのだが、更なる誤解を招いて大輔はますます憤怒の表情になった。

「とにかく文緒の帰りを待っている」

「承知した。詳しいことが決まったら、また連絡して」

ゲームを構成する立場に着くのは初めてなので、正直もの凄く心が躍る。しかも司と鹿妻という実力者と共に闘える。これは願ったり叶ったりだ。

「どういうことか説明して頂きましょうか、文緒ちゃん」

頭の中に紅白戦のイメージを浮かべていた私は、大輔から発せられる冷気にぞっとしたのだった。



「本当にお前は俺の知らない所で、いろいろとやらかしてくれるよ」

私のアパートに二人で戻ってくるなり、大輔は疲れたように床にごろんと横になった。お祖父ちゃんの家で賑やかにお盆を過ごし、お互いの気持ちを確かめ合ってから、初めての二人きりだ。

「ヘタレが更にヘタレになると困るからな」

小沢のおっちゃんの温情(?)により、九月の連休中にあるロッテ戦を全員で観戦することになり、ひとまず機嫌を直したかに見えた大輔。でも私と鹿妻の約束を聞いた直後、

「絶対に俺も行くからな!」

ライバル心剥き出しで息巻いている。

「せっかくだから文緒の家族にも挨拶したいし」

「挨拶はやめた方がいいんじゃない?」

お祖母ちゃん達が懸念していたのだ。余所者であるうちのお父さんはともかく、お母さんと大輔の両親は三角関係みたいなものだから、私と大輔の仲が確固たるもの、つまり妨害に屈しない程の結びつきを持つまでは、刺激しない方がいいだろうと。

お祖父ちゃん達は面倒臭いから、両親が口を挟めないように、私と大輔の入籍だけでも済ませてしまえとぼやいていたが。悪いけど二人共脛齧りの大学生なんだけどね。

「正直俺はじーさん達の提案に乗ってしまいたかったよ」

夕食は済ませてきたので、途中のスーパーで買った食材を冷蔵庫に詰め込んで、私はペットボトルのお茶を大輔に勧めた。その間に二人分の着替えを洗濯機に放り込む。

「文緒」

急に起き上がって大輔が私を呼んだ。手招きしながら隣に座るよう促す。

「今日泊まってもいいか?」

「いいよ。二人共明日は練習が休みだし、ゆっくり朝寝でもしよう」

自分の分のペットボトルの蓋を開けようとして、伸びてきた大輔の手に阻まれた。

「意味が違う」

目を瞬く私に真剣な表情で問い直す。

「朝までお前と一緒に過ごしたい。こう言えば分かるか?」

分かったけれど、返事に困って茶化してしまう。

「えっと、家族で野球チームを作る、とか?」

「上出来だ」

嬉しそうに破顔して大輔は私を抱き寄せた。けれどすぐに眉を顰めてドアの方を睨む。

「小沢のじーさん、まさかここまで来ないよな」

本気で疑っているのがおかしくて、私は大輔の腕の中でくすくす笑った。彼はそんな私の頭をこつんと小突いて、スマホの電源も切っておけよと念を押してから、ようやく愛しげに私をみつめる。

「ずっと好きだった、文緒」

掠れた声で囁いた唇は、応えを待つ余裕もなく私の唇に重ねられたのだった。



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