とうもろこし畑のダイヤモンド

文月 青

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番外編

文緒の帰郷 4

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暑い日が続いていた。私は岸監督や司に真琴、ついでに鹿妻という懐かしい面々に別れを告げ、もう一つの故郷であるお祖父ちゃんの家に向かった。そこで大輔と落ち合い、彼の実家にも顔を出す予定だったが、微妙なところで番狂わせが起こっていた。

「大輔のお父さんがね、お母さんの気持ちを慮って、文緒には遊びに来るのを遠慮して欲しいと言ってきたのよ」

お祖母ちゃんが困ったようにため息をついた。大輔のお父さんとうちのお母さんが恋仲だったのは聞いていたが、どうやら昔の恋人の娘を家に招くのは問題があるのではということだった。

「二十年以上も前のことなんだがなあ」

もはやお祖父ちゃんは呆れ気味。でも当人同士にはつい昨日のことに匹敵するのかもしれない。そういえばうちのお母さんも、何だかんだ理由をつけては私が大輔と連絡を取るのを阻止していた。そこにあったのは大人の事情だけではなく、自分達の伏せたままにしておきたい過去だったのだろうか。

「とりあえず板倉のおじいちゃんとおばあちゃんを迎えに行ってくるわね」

二人はそう言ってきつい日差しの中、連れ立って駅までの道のりを歩いて行った。夏場の畑仕事を思えば、このくらい平気だと笑うあたりはさすが。

お祖父ちゃん達が出かけて間もなく、練習試合帰りの大輔がべらぼうに日焼けした顔で訪れた。首の後ろも腕も同じように真っ黒で、練習を頑張っているのが一発で見て取れた。

「おかえり、大輔」

大きな熊のような大輔を笑顔で出迎えると、本人に自覚はあるのか甘さ駄々漏れで眦を下げる。でも次の瞬間にはいきなり注意された。

「もう少し体を隠せ」

タンクトップと短パンがお気に召さなかったらしい。

「暑いんだもん」

ぼやきつつ家の中に招くと、鼻血を噴きそうだとか他の男に見せるなとか、相変わらず独り言を炸裂させていた。

「じいさん達は?」

麦茶で一息入れた大輔が訊ねたので、私はさっき自分が教えられた話を伝えた。彼は自分の両親に酷く憤慨した後、これまた自覚していないのかさらりと爆弾発言をした。

「今更文緒以外の女を好きになんてなれねーぞ」

たぶんちゃんと言葉に出しての意思表示は初めてだと思う。私は口から心臓が飛び出しそうなほどドキドキした。本人からの「好き」にこんなに破壊力があるとは知らなかった。けれど大輔は不機嫌に眉を顰めているし、第三者に話しているような口振り。

「その言い方も嫌いじゃないけどね」

だから我儘にも口を尖らせた。真っすぐな一言が欲しくて。

「じゃあ何をどう言えっていうんだよ?」

やはり大輔は意識せずに喋っている。自分から催促するのは恥ずかしいが、小沢のおっちゃんの力を借りて言ってみる。

「野球以外に取柄はないけど、絶対不幸にしない、とか?」

「それは小沢のじいさんのプロ……」

そこでやっと気づいたらしい。大輔ははたと言葉を止めた。もっとも頭の中でぐるぐる考えているうちに、お祖父ちゃん達が帰ってきて、結局肝心な話はお預けとなった。

その後私と大輔の緊急事態だと、小沢のおっちゃん達とうもろこし畑のメンバーが揃い、試合を再開する筈があれよれよという間に、「楽天生命パークツアー」計画が立ち上がり、それと反比例するように大輔の機嫌は急降下。ついでのように二階さんとはけりがついたとぶちまけるものだから、私は仕方なくおいでおいでをして彼を呼び寄せた。

「私の中では大輔は不動の一番だよ」

お祖父ちゃん達が仙台行きで盛り上がる中、キッチンで麦茶を飲みながらの告白ではあるけれど、

「こらヘタレ。いちゃついてねーで、行程を纏めやがれ!」

小沢のおっちゃんにどやされても言い返さず、顔を真っ赤にしているところを見ると、遠回しながらも私の気持ちは伝わったようだ。大輔の初恋と私の初恋から、何年の時が経過したことだろう。

「俺は文緒には一生敵わない」

本当にロッテ戦は外すぞと喚かれても、嬉しさを隠そうともせずにそっと私を抱き締める大輔。幸い冷蔵庫の影になってお祖父ちゃん達からは見えないが、今度は私が湯気を出して慌てふためく番だった。

「文緒が俺の腕の中にいる……嘘じゃないよな?」

甘い双眸で見下ろしてから腕の力をほんの少し強める。

「柔らかい、いい匂いがする、ああもう二人きりになりてー」

あまりにもストレートな台詞にどうしていいか分からない。そうしている間にも大輔の顔が近づいてくる。試合のピンチでもこんなに焦ったことなどない。ええい、女は度胸とばかりに目を閉じた瞬間、ポケットのスマホがけたたましい音を鳴らした。

びっくりして体を離すと、スマホにはつい最近アドレスを交換した奴の名前。こちらからもしもしと誰何する前に、そいつは大輔の耳に届くくらいの大声で名乗った。

「もしもし、文緒? 俺、鹿妻」




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