とうもろこし畑のダイヤモンド

文月 青

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とうもろこし畑編

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幼い私に野球を教えてくれたのはお祖父ちゃんだった。お正月やお盆に母と共に帰省する度、よくキャッチボールの相手をさせられていたものだ。女孫は私一人だというのに、男孫を差し置いて服を泥だらけにするので、すぐに洗わないと落ちないのにと、母にいつも小言を喰らっていた。

「文緒が一番上手いんだよ」

怒りの矛先を向けられたお祖父ちゃんが、肩身を狭くしつつもそんな言い訳をしていた。

残念なことに母はスポーツはノータッチ、父は観るのは好きだがするのはバレーボールのみ、弟はバスケ三昧の我が家。それでは勿体無いとわざわざうちまで足を運んで、地域の少年野球チームに私を入れたのもお祖父ちゃんだ。小学三年生のときだった。

「よもやあのちびっちょいのが、ホームランをかますようになっていたとはなぁ」

しみじみと洩らす小沢のおっちゃんに、派手に打たれたにも関わらず喜んでいる上福元さんが、里芋の煮っころがしを頬張りながら頷く。二人はちゃんと私を記憶していたようだ。

「惚れ惚れしたよ」

うっかり本気でボールを弾き返したあと、自分を取り戻したおっちゃん達は私を囲んで色めき立ち、興奮冷めやらぬ状態で祖父母宅に傾れ込んだ。これも日常的なことなのか、お祖母ちゃんは驚くこともなく人数分の食事を用意し、おっちゃん達のみならず大輔までもが、二間続きの座敷で平然とご飯をかき込んでいる。うちの近所ではまず見られない光景だ。

何でも大輔の両親は妹を連れて一足早く新居に移り、子供達の転入手続き等に奔走しているらしい。なので大輔は祖父母と三人で残りの日々をこの地で営んでいる。小沢のおっちゃんも上福元さんも、若夫婦はやはり新天地での準備を兼ねて先に村を去ったので、家には奥さんと二人だけなのだそうだ。

「一週間後にはみんな村を出ていく予定だよ」

軽トラの助手席を上福元さんに譲り、置いていくなとばかりに駆けてゆく小沢のおっちゃんの背中を眺めながら、隣を歩く大輔は明るく笑った。

「だからそれまで存分に野球を楽しもうって。そこにタイミングよく文緒が現れたわけ」

実際は呼ばれたのでかなり計画的な犯行だろう。

「そういえば村にはグラウンドはないの?」

とうもろこし畑の跡地がふと脳裏を過ぎった。

「小学校や中学校の校庭はあるけど、狭いしバックネットも低くてボロボロなんだ。外野にあたる場所には遊具があるしね」

「なるほど」

練習環境が整っていない故の畑球場だったのだ。

「あれは休耕田ならぬ、休耕畑?」

「違うよ」

困ったように大輔が苦笑する。

「とうもろこしを植えたくても植えられないだろ。育てる人も食べる人もいなくなるんだから」

あっと思わず手で口元を覆った。

「ごめん」

村にダムが作られることによる立ち退きで、誰も好き好んで故郷を離れるわけではないのに、何て心無い言葉を言ってしまったのだろう。

「いいんだよ。ただ本来この時期は忙しいから、おっちゃん達も手持無沙汰で淋しいんだと思う。それに畑が畑でなくなっていることも」

映画の話は嘘ではないけれど、それに縋りたい気持ちもあるんじゃないかな。そう呟いたきり大輔は口を噤んだ。私はそっと後ろを振り返る。種まきの必要が無くなった畑は、青々とした葉っぱではなく茶色い土だけが続く。延々どこまでも。

「実は文緒がお世話になった野球チームの監督は、甲子園出場経験があってな」

お祖父ちゃんの味噌汁を啜る音で私は我に返った。

「憶えていないか? 昔どこの高校だったか、優勝経験こそないものの、何度も野球部を甲子園に率いた先生がいただろう」

「あぁ、確か現在は大学野球の指導者になっているという」

名前が出てこないと唸りつつ上福元さんが補足する。

「偶然にも監督はその人の教え子だったんだよ」

これはまたと小沢のおっちゃんが唖然としている。いつの間にやら食事を終えた大輔も然り。

「お前、凄いチームにいたんだな」

「自分じゃよく分からないけど」

チームメイトだった司の父親である岸監督は、練習もさることながら普段の生活態度に置いても厳しい人だった。挨拶や掃除の徹底はもちろん、道具を乱暴に扱った日には練習に参加させてもらえないこともあった。

一方でこちらの努力が実るよう、惜しみなく手を差し伸べてくれる人でもあり、子供だと馬鹿にせず、どこまでも練習につきあってくれた。今となっては毎日とても充実していたと感じる。

在籍できるのが小学生以下なので、卒業と同時に私はチームから退いた。その後私は中学のソフトボール部へ、当時の他のメンバーもそれぞれ中学の野球部へと、形は違えど同じ道を選んだ。三歳下の司は現在正捕手となり、チームの要としてホームを守っている。

「せっかくだ。文緒に鍛えてもらえばいいじゃないか、大輔」

にやにやしながら小沢のおっちゃんが大輔の肩を突く。

「土俵が違い過ぎるよ」

眉を顰める大輔に私は目を瞬いた。

「こいつ一応中学では野球部だったんだよ」

お酒が入ってほろ酔い気分になったのか、上福元さんがほわんとした表情で囁く。てっきりおっちゃん達の遊びのつきあいなのかと思っていたら、大輔自身も野球愛好者だったようだ。

「ど下手だけどな」

その一言に気分を害した大輔は、心底嫌そうに小沢のおっちゃんの背中を蹴っていた。



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