とうもろこし畑のダイヤモンド

文月 青

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とうもろこし畑編

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どこかで聞き覚えのある横文字にしばし頭を捻ってから、私は期待に満ちた目を向ける小沢さんに頷いた。満足そうな彼とは裏腹に、とうもろこし畑に立つ三人は胡散臭そうな視線を投げてくる。

「車のCMですよね?」

はっきり告げたらお祖父ちゃんと上福元さんは苦笑し、小沢さんは思いっきり顔を引きつらせた。大輔だけがバツが悪そうに俯いている。

「これだから今どきの若者は。文緒は車で、大輔はサッカーときたもんだ」

そういえば少年漫画にそんなタイトルの作品があったような気がする。でも当然だ。とうもろこし畑と球場なんて、自分の中では全く繋がらない。

ところでどうでもいいけれど、ほんの数分前に会ったばかりなのに、既に呼び捨てなのは何故なの。

「昔の映画なんだよ、文緒ちゃん」

興味が湧いたらいつか観てごらん、と上福元さんが親切に教えてくれた。

「ここじゃDVDを借りることもできないからね」

かつては賑やかだったのだろう途中で通った中心街は、予め畳んでいたのか、立ち退きのためにやむなく閉店したのか、殆どの店のシャッターが下りていた。そしてそのどれもがもう二度と開くことはない。

スマホで検索してもいいが、ここは果たして文明の利器が使えるのだろうか。夕方の空に緑を深くした山々。もの悲し気に浮かぶ赤く染まった雲。そして広がるだだっ広い寒々とした空き地もどき。うん。とりあえず後にしよう。

「つまり野球映画なの?」

仕方なく問うと、待ってましたとばかりに小沢のおっちゃんが飛びつく。私も敬語が外れてしまった。言葉遣いや礼儀作法は、少年野球チーム時代の監督にこってり絞られたというのに。

「あたぼうよ。泣けるスポーツ大作ってもんだ」

周囲で「あたぼうよ」なんて言う人初めてだ。でも大輔が申し訳なさそうに、野球は絡むけどたぶんジャンルはヒューマンとかファンタジーじゃないかな、と呟いている。

「お前ら映像世代のくせに、何にも知らないんだな。感動が薄いぞ。漫画はどうだ? ドカベンとかキャプテンとか緑山高校とか」

ドカベンとキャプテンは聞いたことがある。が、読んだことはないし、そもそもドカベンなんて、終わっているのか続いているのかさえ定かでない。緑山高校に至っては初耳。どこに売っているのだろう。

「野球狂の詩はどうだ? あれは女の子がプロの選手になって、マウンドに上がるんだぞ。ドリームボールだぞ」

熱く語る小沢のおっちゃんには悪いが、私が知っている球種の中に、ドリームボールなんてものは存在しない。

「俺は岩田鉄五郎が好きだったがな」

うんうんと頷くお祖父ちゃん。

「俺は緑山高校の終わりの歌が好き。奇跡起こせ戦場に、遅れた勇者たちってやつ!」

ご機嫌で歌い出す上福元さん。

だから誰それ。というか上福元さんのはアニメなの? 救いを求めるように大輔を見やれば、諦めろと言わんばかりに首を横に振っている。もしかしてこの人達、いつもこうなのか。

漂ってくる昭和の匂いにため息をつき、私はじーさん三人組を抑えるために渋々訊ねた。

「ということはこの変な菱形、内野ダイヤモンド?」

もぐらが掘ったようなラインに再び目を移す。四カ所に無造作に捨て置かれているように見えたのは、ベース代わりの段ボールだ。JAのロゴが入っているので、おそらく小沢のおっちゃんが用意したのだろう。何てお粗末な球場。しかも外野には果てがない。

「正解。ほれ」

すっかり呆れている私に小沢のおっちゃんがバットを渡した。年季の入ったそれには見覚えがある。お祖父ちゃんのだ。

「荒木はここいらじゃ一番野球が上手かったんだ。孫もさぞや実力があるんだろうな?」

挑発する如く、目の前でボールをグローブに収める小沢のおっちゃん。内野に布陣した三人もにかっと笑っている。舌打ちするぞ、このくそじじいども。初めからそのつもりで集まっていたんだな。よっしゃ。受けて立ちましょ。最近野球不足で勘が鈍ってきたところだ。

「私なんて大したことありませんよ。皆さんのお膝元にも及びません」

わざとらしく謙遜してから、ホームベースの後ろに腰を下ろそうとした小沢のおっちゃんを止める。

「でもキャッチャーは要らない。外野に回って」

そこで一回本気でバット振った。空を切ってぶんと風が唸る。小沢のおっちゃんが息を呑み、無言で外野へと踵を返す。小高く土が盛られた不恰好なマウンドに、上福元さんがどんと立ちはだかった。

「面白い。久々に燃える」

温厚な雰囲気は形を潜め、代わりに現れた闘志剥き出しの表情に、こちらも背中がぞくぞくする。架空のバッターボックスに歩を進め、ぎゅっと両手でバットを握り締めた。あぁ、忘れかけていたこの感覚。

「第一球」

大輔の声を合図に、大きく振りかぶった上福元さん。その右腕からは到底六十代とは思えない、威力のある直球が投げ込まれる。

ーー来る!

体がひとりでに反応して、気づいたら力いっぱいバットを振り抜いていた。白球は弧を描いてセンターに陣取る小沢のおっちゃんの頭上を超えてゆく。

「文緒は男ばかりの少年野球チームで、四番を打っておったからの」

呆然とボールが飛んだ方向を眺める面々を余所に、お祖父ちゃんだけが嬉しそうに胸を張っていた。いや打ったの私だから。



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