とうもろこし畑のダイヤモンド

文月 青

文字の大きさ
2 / 55
とうもろこし畑編

2

しおりを挟む
中学二年生になる前の春休み。母方のお祖母ちゃんから一本の電話があった。もちろんスマホではなく、固定電話の方にである。

「最後に遊びにおいで」

母の実家である祖父母が二人で住む家は、高速を使っても自宅から三時間はゆうにかかる田舎だ。ここ数年は野球チームや部活の練習で忙しく、帰省する母に着いていくこともなくなっていた。

「都合がついたらね」

なのではっきり断るのも悪いと思い、曖昧な返事をして受話器を置いた。その後に最後って何のことだろうと気づき、念のため母に確かめてみた。

「お祖母ちゃん達の村に、今度ダムを作ることになってね。住民が立退くことになったの」

過疎化を食い止める努力も虚しく、と母はしんみり呟く。

「じゃお祖母ちゃんとお祖父ちゃんの家も?」

「そうよ。三月いっぱいで引っ越すの。来年の今頃はそこに誰もいないわ」

そう言って母は遠い目をした。考えてみれば母が育った家も、親しかった友達の家も、学校も病院も公園も、町の一部として成り立っていたものも場所も、いずれダムの底に沈む。つまり故郷を失うのだ。

そして長年そこで暮らしていた祖父母は、故郷を失くすだけではなく、終の住処を新天地に求めなければならない。

私は生まれたときから、この街で生きている。だから故郷がどういう感覚のものなのか分からない。でも突然この街から出ていくよう告げられたら、数年後に街が消えてしまうのだとしたら、子供でもやはり辛く淋しいと思う。 

「もしもしお祖母ちゃん? 都合ついたから。急だけど明日行くね」

慌てて両親の許可を取った私は、翌日祖父母の家に発つ約束を再び電話で交わした。両親は仕事があるので、引越しの直前に手伝いも兼ねて向かうことになった。

「ありがとう文緒、ありがとう。待ってるね」

お礼の言葉を何度も繰り返す、本気で嬉しそうなお祖母ちゃんの声が、くすぐったくてやけに耳に残っていた。




新幹線と在来線を乗り継いで、母の実家の最寄駅に着くと、お祖父ちゃんが軽トラで迎えに来てくれていた。長時間座っていたせいで、足も腰も痛かったので、歩かずに済むのがとてつもなく有り難かった。

「寒くないか?」

今年は温かくなるのが早かったとはいえ、山間部の空気はまだまだ冷たい。夕方が近いともなれば尚更だ。

「大丈夫だよ」

正直かなり寒かったが、私は予備で持ってきた厚手のパーカーを着込んで暖を取った。

あと五分ほどで祖父母の家に到着するという辺りで、ふいにさーっと視界が開けた。おそらく野菜か何かの畑だったのだろう。夕日をすっかり吸い込んで、そこだけ土の色が違う。しかも棒切れででも書いたのか、土を掘り起こすように引かれたラインが、見事に歪な菱形を形どっている。

「やってるな」

行き交う車は少なくても、ちゃんと道の端に軽トラを停めたお祖父ちゃんは、いきなりクラクションを鳴らした。畑の跡地(仮称)の隅で、頭を突き合わせていた三人の男ーー二人の大人と一人の子供が一斉に振り返る。

「おっ? 荒木あらきが女連れてる」

彼らの足元には今にも折れそうなバットと、かなりくたびれたグローブ、白というよりは灰色に近い軟球が置かれてあった。

「しかも若い」

呼んでもいないのに近づいてきた三人は、あっという間に軽トラを囲んだ。といっても運転席と助手席、フロントガラスに一人ずつの配置では、迫力も恐怖もあったものではない。

「俺と同じくらい?」

助手席の窓から車内を覗き込んでいるのは、限りなく坊主に近い短髪に、童顔で華奢な雰囲気の男の子だった。子供でもここまでは汚さないであろう、ジャージが泥んこ塗れなのが笑える。

「お前の方が一つ上だ。仲良く頼むぞ」

そう言ってお祖父ちゃんは私に彼を紹介した。

「こいつは板倉大輔だ。ついでに運転席側にいるのが小沢おざわ。正面にいるのが上福元かみふくもとだ。みんな近所の悪ガキだ」

お祖父ちゃんは呑気にからから笑ったが、JAの帽子が似合う小沢さんも、ぽってりお腹の上福元さんも、どう見てもお祖父ちゃんと同世代の六十代。きっと全員悪ガキ仲間だったのだろう。

「初めまして、桂文緒です」

運転席から降りたお祖父ちゃんに続き、私も助手席を降りて元気よく挨拶をした。

「お前女なの?」

途端に大輔から素っ頓狂な声が上がった。

「あんたこそ男なの?」

つられて私も大輔の肢体を上から下まで眺める。身長百六十センチ、体重四十八キロの私と、おそらく体重のみ少し多め(あくまで願望)の大輔の背格好はほぼ同じ。私の髪がショートなこともあり、並び立つとどちらが男で、どちらが女か分からない。

「文緒は俺の孫だぞ。女だからと侮るなよ、お前ら」

にやっと口の端を上げるお祖父ちゃん。何故か喜ぶ小沢さんと上福元さん。

「よし、腕試しといこうや」

そう言って小沢さんが畑の跡地(仮称)の中央を指すと、上福元さんがグローブを拾って走ってゆく。その背中にお祖父ちゃんと大輔も続く。

「何ですか?」

全員がこちらを向いてグローブを構えたところで、小沢さんが訝しむ私の肩をぽんと叩いてふふんと得意げに笑んだ。

「ここはな、とうもろこし畑だったんだよ」

だったということは過去形か。考えてみたら種まき(?)していたら、こんなずかずか踏んでは歩けない筈だ。

「つまり球場だ」

「はあ?」

意図していることが掴めなくて首を傾げる私に、小沢さんは不服そうに口を尖らせた。

「本当に荒木の孫かよ。”フィールド・オブ・ドリームス”だろ」





しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。 その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。 全7話

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

✿ 私は夫のことが好きなのに、彼は私なんかよりずっと若くてきれいでスタイルの良い女が好きらしい 

設楽理沙
ライト文芸
累計ポイント110万ポイント超えました。皆さま、ありがとうございます。❀ 結婚後、2か月足らずで夫の心変わりを知ることに。 結婚前から他の女性と付き合っていたんだって。 それならそうと、ちゃんと話してくれていれば、結婚なんて しなかった。 呆れた私はすぐに家を出て自立の道を探すことにした。 それなのに、私と別れたくないなんて信じられない 世迷言を言ってくる夫。 だめだめ、信用できないからね~。 さようなら。 *******.✿..✿.******* ◇|日比野滉星《ひびのこうせい》32才   会社員 ◇ 日比野ひまり 32才 ◇ 石田唯    29才          滉星の同僚 ◇新堂冬也    25才 ひまりの転職先の先輩(鉄道会社) 2025.4.11 完結 25649字 

処理中です...