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とうもろこし畑編
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大輔と二人でキャッチボールをしていると、お祖父ちゃんを始めとする酔っ払い四人組が球場に現れた。昨夜散々どんちゃん騒ぎをした割に、二日酔いにはならなかったのか、全員シャキッと背筋が伸びている。しかもそれぞれの手にはグローブやバット。交ざる気満々だ。いや交ぜる気の間違いかも。
「六人だから三対三に別れるか」
準備運動をしながらお祖父ちゃんが提案する。
「いっそのこと三角ベースはどうだ?」
食いついたJA小沢が名案とばかりにぽんと手を叩くと、他三名もそれはいいと騒ぎ出した。一旦キャッチボールを止めた私は、聞いたことはあってもどんなものか知らない、野球の仲間らしき名称に首を傾げる。
「三角ベースって何?」
これだから今時の若者はと、小沢のおっちゃんがしたり顔で私を睨む。上福元さんと大輔の祖父である板倉のお祖父ちゃんも、眠っていると勘違いしそうな半眼でこちらを眺めている。大輔は経験があるのか苦笑していた。
「小さいときにやった切りなんだ、文緒は。岸さんのチームで基礎を学んでいたから、下手におかしな癖をつけない方がいいと思ってな」
庇うようにお祖父ちゃんが私の頭を撫でた。まるでグローブの如く節の太い、大きくて温かい力強い手。
「要するに三塁がない野球とでも言えばいいかな。一塁と二塁、そしてホームベース。それらを結ぶと三角になるだろう」
なるほど。実際の一塁と三塁とホームを直線で繋げるわけだ。素直に頷くと、今度は上福元さんが後を引き受けた。
「本来はゴムボールを使って、素手で遊ぶみたいなんだけどね。一応公式のルールもあるし。でも俺達の場合は道具を使うし、外野がいないから軟式野球の変形版って感じ」
「ピッチャーとファーストとセカンドだけの守備だ。でかいのを打たれたら一発でランニングホームランだぞ」
板倉のお祖父ちゃんが補足し、最後に暴れん坊小沢がへへんと鼻の下を擦った。
「自分らの決め事で遊べるのが三角ベースのいいところなんだよ。いいか、俺様がルールブックだからな」
「うわぁ、不毛だ」
小声でぼやく大輔におっちゃんの鉄拳が容赦なく飛ぶ。
「お前はじーさんと同じファーストだから、チームは別れろよ」
ちなみに皆さんのポジションは、板倉祖父ファースト、小沢セカンド、上福元サード、ピッチャー荒木なのだそうだ。ショートの私は必然的にピッチャーに回り、板倉のお祖父ちゃんと小沢さんと三人でチームを組むことになった。煩い予感、いえ波乱の予感必至。
「ゆうきぃ、ゆうきぃ、ドリームボールぅ」
昨日の上福元さんとは逆に私がマウンドに立った瞬間、彼はまたお気に入りソングを歌い始めた。どうやら昨日小沢のおっちゃんが喚いていた、「野球狂の詩」のアニメ版エンディング曲らしい。野球に特化するが、懐かしのなんちゃらいう番組に出演できそうな感じだ。
余談だがお祖父ちゃんが心酔している、岩田鉄五郎なる登場人物は、高齢ながらプロ野球チームで選手兼任コーチ、監督を務めているのだとか。展開が凄すぎてもはや想像がついていかない。
「しっかり投げろよ、文緒。ドラフトで指名されるかも分からんからな」
セカンドから叫んでいる小沢のおっちゃんが煩い。ドラフト指名なんてないから。そもそもこれは全うな試合じゃないし、何度も言うが私は中学生女子なんだっつーの。おまけに本職はショート。
面倒だから無視して、バッターボックスの大輔に視線を合わせた。キャッチャーがいないので、捕球だけはお祖父ちゃんにやってもらう。小沢ルールで全て直球勝負なので、サインも何も出ていない真ん中に構えたミットに向かって振りかぶり、余力を残してボールを投げ込む。
「ストライク!」
初球は様子を見たのか手を出さない大輔に、球審も兼ねたお祖父ちゃんがコールした。
「東京メッツ、注目の先発・水原の初球はストライク」
上福元さんが目を爛々と輝かせて勝手に実況を入れる。だから東京メッツなんて球団はどこにあるんだ。私はうんざりしながら再び振りかぶった。
「ストライク!」
二球目もストライクを取った後、低めに一球外してボール。
「ツーストライク、ワンボール」
昔からの習慣はなかなか抜けないのだろう。現在のカウントはボール先行だ。
「せめてバットを振らんか」
お祖父ちゃんに促されて大輔は口を尖らせる。
「だって早いよ」
一度バットを握り直してから、両足で踏ん張るように立つ。真剣な目がこちらを射抜いていた。
「ストライク、バッターアウト!」
私が投げた四球目のストレートに、大輔のバットはかすりもせずに空を切る。味方が三振したというのに、嬉々としてアウトを宣告するお祖父ちゃん。
「くっそー。文緒は絶対女じゃない!」
「黙れ大根」
ぎっと睨みつけられて思わず反論したものの、最近ソフトをしていて自分は良くも悪くもこんなふうに気持ちを剥き出しにしたことがあっただろうか。草野球なのに本気で地団太踏んで悔しがる大輔に、私は彼との温度差を感じて秘かに胸が痛んだ。
「六人だから三対三に別れるか」
準備運動をしながらお祖父ちゃんが提案する。
「いっそのこと三角ベースはどうだ?」
食いついたJA小沢が名案とばかりにぽんと手を叩くと、他三名もそれはいいと騒ぎ出した。一旦キャッチボールを止めた私は、聞いたことはあってもどんなものか知らない、野球の仲間らしき名称に首を傾げる。
「三角ベースって何?」
これだから今時の若者はと、小沢のおっちゃんがしたり顔で私を睨む。上福元さんと大輔の祖父である板倉のお祖父ちゃんも、眠っていると勘違いしそうな半眼でこちらを眺めている。大輔は経験があるのか苦笑していた。
「小さいときにやった切りなんだ、文緒は。岸さんのチームで基礎を学んでいたから、下手におかしな癖をつけない方がいいと思ってな」
庇うようにお祖父ちゃんが私の頭を撫でた。まるでグローブの如く節の太い、大きくて温かい力強い手。
「要するに三塁がない野球とでも言えばいいかな。一塁と二塁、そしてホームベース。それらを結ぶと三角になるだろう」
なるほど。実際の一塁と三塁とホームを直線で繋げるわけだ。素直に頷くと、今度は上福元さんが後を引き受けた。
「本来はゴムボールを使って、素手で遊ぶみたいなんだけどね。一応公式のルールもあるし。でも俺達の場合は道具を使うし、外野がいないから軟式野球の変形版って感じ」
「ピッチャーとファーストとセカンドだけの守備だ。でかいのを打たれたら一発でランニングホームランだぞ」
板倉のお祖父ちゃんが補足し、最後に暴れん坊小沢がへへんと鼻の下を擦った。
「自分らの決め事で遊べるのが三角ベースのいいところなんだよ。いいか、俺様がルールブックだからな」
「うわぁ、不毛だ」
小声でぼやく大輔におっちゃんの鉄拳が容赦なく飛ぶ。
「お前はじーさんと同じファーストだから、チームは別れろよ」
ちなみに皆さんのポジションは、板倉祖父ファースト、小沢セカンド、上福元サード、ピッチャー荒木なのだそうだ。ショートの私は必然的にピッチャーに回り、板倉のお祖父ちゃんと小沢さんと三人でチームを組むことになった。煩い予感、いえ波乱の予感必至。
「ゆうきぃ、ゆうきぃ、ドリームボールぅ」
昨日の上福元さんとは逆に私がマウンドに立った瞬間、彼はまたお気に入りソングを歌い始めた。どうやら昨日小沢のおっちゃんが喚いていた、「野球狂の詩」のアニメ版エンディング曲らしい。野球に特化するが、懐かしのなんちゃらいう番組に出演できそうな感じだ。
余談だがお祖父ちゃんが心酔している、岩田鉄五郎なる登場人物は、高齢ながらプロ野球チームで選手兼任コーチ、監督を務めているのだとか。展開が凄すぎてもはや想像がついていかない。
「しっかり投げろよ、文緒。ドラフトで指名されるかも分からんからな」
セカンドから叫んでいる小沢のおっちゃんが煩い。ドラフト指名なんてないから。そもそもこれは全うな試合じゃないし、何度も言うが私は中学生女子なんだっつーの。おまけに本職はショート。
面倒だから無視して、バッターボックスの大輔に視線を合わせた。キャッチャーがいないので、捕球だけはお祖父ちゃんにやってもらう。小沢ルールで全て直球勝負なので、サインも何も出ていない真ん中に構えたミットに向かって振りかぶり、余力を残してボールを投げ込む。
「ストライク!」
初球は様子を見たのか手を出さない大輔に、球審も兼ねたお祖父ちゃんがコールした。
「東京メッツ、注目の先発・水原の初球はストライク」
上福元さんが目を爛々と輝かせて勝手に実況を入れる。だから東京メッツなんて球団はどこにあるんだ。私はうんざりしながら再び振りかぶった。
「ストライク!」
二球目もストライクを取った後、低めに一球外してボール。
「ツーストライク、ワンボール」
昔からの習慣はなかなか抜けないのだろう。現在のカウントはボール先行だ。
「せめてバットを振らんか」
お祖父ちゃんに促されて大輔は口を尖らせる。
「だって早いよ」
一度バットを握り直してから、両足で踏ん張るように立つ。真剣な目がこちらを射抜いていた。
「ストライク、バッターアウト!」
私が投げた四球目のストレートに、大輔のバットはかすりもせずに空を切る。味方が三振したというのに、嬉々としてアウトを宣告するお祖父ちゃん。
「くっそー。文緒は絶対女じゃない!」
「黙れ大根」
ぎっと睨みつけられて思わず反論したものの、最近ソフトをしていて自分は良くも悪くもこんなふうに気持ちを剥き出しにしたことがあっただろうか。草野球なのに本気で地団太踏んで悔しがる大輔に、私は彼との温度差を感じて秘かに胸が痛んだ。
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