とうもろこし畑のダイヤモンド

文月 青

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とうもろこし畑編

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岸監督が率いる少年野球チームに入団したのは、小学三年生のときだった。当時地域には二つの野球チームが存在していたが、一方は強くなることに重きを置いていたので、お祖父ちゃんは子供の育成に力を入れている方を選んだのだ。

最初のうちは体力作りが中心だった。走ってばかりでつまらないと感じることも多々あったが、監督は道具同様体を大切にすることを私達に叩き込んだ。怪我をしては元も子もないからだ。

正規の女子メンバーは私のみだったが、体格的に男子とさほど差がなかったことと、監督の指導が功を奏して、体力面でも技術面でも大きな遅れを取ることはなかった。お陰で四年生のときにショートの定位置と、四番の座を獲得した。

五年生に上がる頃、二年生の岸司が入団してきた。監督は息子である彼をいろんな意味で特別扱いしなかった。実力がないのにレギュラーに据えることも、逆に上手いのに補欠に回すこともなく、他のメンバーと何ら変わるところがなかった。

「雑音が気になるのは力がない証拠だ。誰からも文句が出ない程の力をつけて、堂々とレギュラーの座を勝ち取ればいい」

ただ自分の立場を気に病む司には、そんなアドバイスをしていたようで、彼はまだ小さかったのに、辿々しい足取りでメンバーの誰よりも一番練習に励んでいた。

「自分の敵は自分だ」

父親の言葉を胸に嫉妬ややっかみに耐え、中学生並みの体格を持った六年生に着いて行く二年生。

ーーこいつ、凄い!

そんな司に私は触発された。学年差から叶いそうになかったが、彼と一緒にグラウンドに立ったとき、恥じない自分であるために、現在のポジションを不動のものにするべく、自主的に朝練を始めたのもこの頃だ。

子供だと侮るなかれ。上手くなりたい、認められたいという思いだけは、大人にも負けていなかったのだ。

残念ながら試合では負けるほうが多かったが、それでも打って走って守って、必死にグラウンドを駆け回る日々は楽しかった。

「俺はキャッチャーになりたい」

だからそう夢を口にしていた司が、昨年の終わりに正捕手に抜擢されたと知らされたときは、我が事のように喜んだ。

そう。私の心はいまだに少年野球チームにあった。ソフトボールが嫌いなわけでも、部の活動に不満があるわけでもない。

ただわくわくするような、絶対上手くなってやる、試合で打ってやる、そういう熱意が湧いてこない。毎日のルーティンを淡々とこなしているだけ。

一体何が違うのだろう。私は何がやりたいのだろう。その答えは一年近く経った現在も見つかっていない。




「寒くない?」

夕食を食べ終えて一人夜空を見上げていた私に、大輔が厚手のジャンパーを差し出した。

「祖母ちゃん達が持っていけって」

何気なく背後を振り返ると、うちのお祖母ちゃんと大輔のお祖母ちゃんが、目を輝かせてこちらを眺めている。

「いくつになっても、恋愛は定番なんだね」

大輔の父親と恋仲だったうちの母は、やがて余所者だった私の父と結婚したため、おばあちゃん達は心底がっかりしたのだそうだ。なので今度は孫に期待を寄せている。

「でも文緒との子供なら、もの凄いスラッガーになるかも」

こいつは男なのにずいぶん夢見がちだ。

「けっ! 子供の作り方も知らんガキが、寝言抜かしやがって」

トイレのついでに様子を窺いにきた小沢のおっちゃんが、余計な毒を吐いてお祖母ちゃん達に叱られている。

「そ、そんなつもりじゃないから」

大輔が慌てて弁解する。昨夜は私の隣でぐーすか眠っていたあんたが何故赤くなる。おかしな奴だ。

「ちょっと走ってくるね」

受け取ったジャンパーに袖を通してから、私はお祖母ちゃん達に断りを入れた。家の周囲だけならとの注意に頷き、軽く足踏みをして走り出す。昼間とはまた違う冷たい風が、体に染み込んでくる。

「業者の人が入ってるから、一人じゃ危ないぞ」

心配してくれているのか、すぐに大輔が追いかけてきた。

「私は女じゃなかったんじゃ?」

ちょっとだけ意地悪すると、まだ赤身の取れない顔を逸らす。

「んなわけないだろ」

よく言う。私はくすっと小さく笑った。

「昼間は面白かったな」

三角ベースは結局勝敗がつかなかった。それぞれ好きな場面でバッターになったり、ピッチャーになったりするので、チーム分けした意味がなかったのだ。自我の塊だらけの集まりだから無理もないが。

「めちゃくちゃ楽しかった」

でもそんな小沢ルールの三角ベースは、個と個の闘いの様相を帯びつつも、点数が入ったときに組んでいる者同士が喜び合い、悔しがり、本気でぶつかってゆくのが快感だった。

ただ今夜も合宿状態で、お祖父ちゃんの家にみんなが泊まることにはびっくりしたけど。

「野球を離れてからこんなに笑ったの、久しぶりだ」

吐く息の白さと、暗闇に瞬く星の光に、乾いていた心が潤ってくる。

「部活、上手くいってないのか?」

「そんなことないよ。三年生を差し置いて、ショートのポジションもらっちゃったし」

手の小さい私にはボールが大きくて、正直投げにくい面はあるけれど、問題はそんなことじゃない。

「でも気持ちが弾まない」

うっかり洩らしてから唇を噛む。

「ごめん。恵まれた環境にいるのに我儘で」

いろんなしがらみがないせいか、この村に来てから閉まっておいた本音がぽろぽろ溢れている。

「余計な気を使うな。パンクするぞ」

耳に優しい大輔の声に安堵する。私は彼の背中を叩いてスピードを上げた。二つの足音が思いのほか心地よかった。




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