18 / 48
奈央編
17
しおりを挟む
できるだけ茂木さんの顔を見ないように、そして感情的にならないように俯いて話していた私は、微かに息が洩れる音に気づいて面を上げた。かなり深刻な話のつもりだったのに、目の前の茂木さんは何故か笑いを噛み殺していた。今の流れのどこに笑いのポイントがあったのか、後学のためにぜひお伺いしたい。
「だって奈央さんが合体なんて言うから」
だってはこちらの台詞。そんな露骨な単語をあなたに向かって使えますか。口元を手の甲で覆いながら肩を揺らす茂木さんに、私はどんな態度を取ればよいのか分からなくなった。
「話してくれてありがとう」
やがて笑いを収めた茂木さんが真顔になった。
「本当は言いたくなかったでしょう?」
茂木さんの私を気遣う反応に正直戸惑った。あからさまな嫌悪の色を浮かべると思っていたその双眸は、予想とは違う慈しみに溢れている。
「嫌いに、ならないんですか?」
「どうして?」
例えつきあっていた相手だったとしても、別れた後も眉を顰められるような関係があった。現在も、そして体のことも。
「嫌いになる要素なんてどこにもないでしょ。それよりも」
正面から優しく微笑む茂木さん。
「辛かったね、奈央さん。一人でよく頑張ったね」
喉の奥が塞がれたように詰まった。泣くつもりはなかったのに、まるで止まることを知らぬように涙がぽろぽろ頬を伝ってくる。再び俯いてしゃくり上げるのを必死で堪える私に、隣に移動するでもなく、もちろん触れるでもなく、あくまで茂木さんは距離を保ったまま語りかけてきた。
「奈央さんに悪いところは一つもありません。だからもう自分を責めないで下さい」
この人には全部見抜かれていたらしい。そう、私は心のどこかでいつも自分を責めていた。順が私にしてきたことに苦しみつつも、むしろ優しかった彼をあそこまで追いつめてしまったのも、その原因も自身が作ったものではないかと。誰かを想い、想われる幸せを教えてくれた人なのに。
「それに俺は男だからよく分かりませんが、初めての女性が痛み故に最後までできなかったという話、他でも聞いたことがありますよ」
橋本さん経由ですけど、と茂木さんは苦笑しながら続ける。
「そのときの状況だったり、気持ちのありようだったり、体格差なんかも影響するのかな? 何度か繰り返してできるようになることもあるんだそうです。だから異常という二文字は頭から追い出して下さいね」
「本当に?」
のろのろと涙でぐちゃぐちゃの顔を上げる。
「はい。あの百戦錬磨の鬼畜が断言してるんですから間違いないですよ」
親指を立てて確約した茂木さんに口元が緩んでしまう。
「さっきあの男にも言いましたが、要するに下手くそだったんでしょう」
「下手?」
「あの男の努力不足です。きっとそれを本人も自覚していたから、奈央さんのせいにしたかったんでしょうね。そうすることでプライドを保っていたというか」
「そういう、ものなんでしょうか」
「男なんて意外とそんなものです」
どこで上手下手を図るのかは見当がつかないけれど、少なくとも自分に原因がないという事実は、それまで自己嫌悪に苛まれていた私を慰めるには充分だった。でも今後できるようになるかどうかの保証がない以上、やはり手放しでは喜べない。茂木さんだって今は良くても、この先おつきあいしたとして、いつまでも体を結べなかったら、いずれ順のように変貌を余儀なくされるかもしれない。
そのとき私は茂木さんを失うことに耐えられるだろうか。このまま知人でいる方がお互い傷つかずに済むのではないだろうか。
「茂木さん、あの、もしもこの先、私があなたとできなかったとしたら、その」
どう切り出そうかと迷いあぐねていたら、茂木さんが大幅に不機嫌な表情になった。
「怒りますよ、奈央さん。俺が欲しいのはあなたの体だけじゃないんですからね? 奈央さんだから心も体も欲しいんですからね? 諦めたりしませんよ絶対!」
答えているうちにだんだん腹が立ってきたのか、珍しく茂木さんがヒートアップした。
「第一俺はあの男に嫉妬してるんです」
「嫉妬?」
「だってそうじゃないですか。あの男は良くも悪くも奈央さんを6年も捕らえているんですよ。ある意味特別な存在じゃないですか」
こんな嫉妬の理由もあるのかと呆気に取られる。
「奈央さんはこの期間苦しんでいたんですから、自分でもみみっちいとは思いますけど。でも仕方ないです。それより奈央さん」
「はい」
「俺とできなかったら…その言葉が出てきたということは、俺としてもいいと現在進行形で思ってくれているんですよね?」
いきなり振られた具体的な質問にかーっと熱が籠る。露骨な単語は使えないとか言っておきながら、実は結構なことを口にしていたんじゃないか、私。
「えーとえーと、その件についてはですね」
ひたすら狼狽えるだけの私に、茂木さんは子犬スマイルでおねだりをしてくる。
「なーおさん?」
さすが鬼畜キューピーの後輩。結局観念した私は悔し紛れに呟いた。
「大匙1杯分くらいは」
「だって奈央さんが合体なんて言うから」
だってはこちらの台詞。そんな露骨な単語をあなたに向かって使えますか。口元を手の甲で覆いながら肩を揺らす茂木さんに、私はどんな態度を取ればよいのか分からなくなった。
「話してくれてありがとう」
やがて笑いを収めた茂木さんが真顔になった。
「本当は言いたくなかったでしょう?」
茂木さんの私を気遣う反応に正直戸惑った。あからさまな嫌悪の色を浮かべると思っていたその双眸は、予想とは違う慈しみに溢れている。
「嫌いに、ならないんですか?」
「どうして?」
例えつきあっていた相手だったとしても、別れた後も眉を顰められるような関係があった。現在も、そして体のことも。
「嫌いになる要素なんてどこにもないでしょ。それよりも」
正面から優しく微笑む茂木さん。
「辛かったね、奈央さん。一人でよく頑張ったね」
喉の奥が塞がれたように詰まった。泣くつもりはなかったのに、まるで止まることを知らぬように涙がぽろぽろ頬を伝ってくる。再び俯いてしゃくり上げるのを必死で堪える私に、隣に移動するでもなく、もちろん触れるでもなく、あくまで茂木さんは距離を保ったまま語りかけてきた。
「奈央さんに悪いところは一つもありません。だからもう自分を責めないで下さい」
この人には全部見抜かれていたらしい。そう、私は心のどこかでいつも自分を責めていた。順が私にしてきたことに苦しみつつも、むしろ優しかった彼をあそこまで追いつめてしまったのも、その原因も自身が作ったものではないかと。誰かを想い、想われる幸せを教えてくれた人なのに。
「それに俺は男だからよく分かりませんが、初めての女性が痛み故に最後までできなかったという話、他でも聞いたことがありますよ」
橋本さん経由ですけど、と茂木さんは苦笑しながら続ける。
「そのときの状況だったり、気持ちのありようだったり、体格差なんかも影響するのかな? 何度か繰り返してできるようになることもあるんだそうです。だから異常という二文字は頭から追い出して下さいね」
「本当に?」
のろのろと涙でぐちゃぐちゃの顔を上げる。
「はい。あの百戦錬磨の鬼畜が断言してるんですから間違いないですよ」
親指を立てて確約した茂木さんに口元が緩んでしまう。
「さっきあの男にも言いましたが、要するに下手くそだったんでしょう」
「下手?」
「あの男の努力不足です。きっとそれを本人も自覚していたから、奈央さんのせいにしたかったんでしょうね。そうすることでプライドを保っていたというか」
「そういう、ものなんでしょうか」
「男なんて意外とそんなものです」
どこで上手下手を図るのかは見当がつかないけれど、少なくとも自分に原因がないという事実は、それまで自己嫌悪に苛まれていた私を慰めるには充分だった。でも今後できるようになるかどうかの保証がない以上、やはり手放しでは喜べない。茂木さんだって今は良くても、この先おつきあいしたとして、いつまでも体を結べなかったら、いずれ順のように変貌を余儀なくされるかもしれない。
そのとき私は茂木さんを失うことに耐えられるだろうか。このまま知人でいる方がお互い傷つかずに済むのではないだろうか。
「茂木さん、あの、もしもこの先、私があなたとできなかったとしたら、その」
どう切り出そうかと迷いあぐねていたら、茂木さんが大幅に不機嫌な表情になった。
「怒りますよ、奈央さん。俺が欲しいのはあなたの体だけじゃないんですからね? 奈央さんだから心も体も欲しいんですからね? 諦めたりしませんよ絶対!」
答えているうちにだんだん腹が立ってきたのか、珍しく茂木さんがヒートアップした。
「第一俺はあの男に嫉妬してるんです」
「嫉妬?」
「だってそうじゃないですか。あの男は良くも悪くも奈央さんを6年も捕らえているんですよ。ある意味特別な存在じゃないですか」
こんな嫉妬の理由もあるのかと呆気に取られる。
「奈央さんはこの期間苦しんでいたんですから、自分でもみみっちいとは思いますけど。でも仕方ないです。それより奈央さん」
「はい」
「俺とできなかったら…その言葉が出てきたということは、俺としてもいいと現在進行形で思ってくれているんですよね?」
いきなり振られた具体的な質問にかーっと熱が籠る。露骨な単語は使えないとか言っておきながら、実は結構なことを口にしていたんじゃないか、私。
「えーとえーと、その件についてはですね」
ひたすら狼狽えるだけの私に、茂木さんは子犬スマイルでおねだりをしてくる。
「なーおさん?」
さすが鬼畜キューピーの後輩。結局観念した私は悔し紛れに呟いた。
「大匙1杯分くらいは」
0
あなたにおすすめの小説
初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】
星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。
だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。
しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。
王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。
そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。
地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。
⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。
二十年以上無視してきた夫が、今さら文通を申し込んできました
小豆缶
恋愛
「お願いです。文通から始めてもらえませんか?」
二十年以上会話もなかった夫――この国の王が、ある日突然そう言ってきた。
第一王妃マリアは、公爵家出身の正妃。だが夫はかつて、寵愛する第三王妃の話のみを信じ、彼女を殴ったことがある。その事件が原因で、マリアは男性恐怖症が悪化して、夫と二人きりでは会話すらできなくなっていた。
それから二十年。
第三王妃はとある事故で亡くなり、夫は反省したらしい。だからといって――今さら夫婦関係をやり直したいと言われても遅すぎる。
なのに王は諦めない。毎日の手紙。花を一輪。夜食の差し入れ。
不器用すぎる求愛に振り回されるうち、マリアの中で止まっていた感情が少しずつ動き始める。
これは、冷えきった政略夫婦が「文通」からやり直す恋の話。
※本作は「存在されていないことにされていた管理ギフトの少女王宮で真の家族に出会う」のスピンオフですが、単体で読めます。
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
妹の身代わりだった私に「本命は君だ」――王宮前で王子に抱き潰され、溺愛がバレました。~私が虐げられるきっかけになった少年が、私と王子を結び付
唯崎りいち
恋愛
妹の身代わりとして王子とデートすることになった私。でも王子の本命は最初から私で――。長年虐げられ、地味でみすぼらしい私が、王子の愛と溺愛に包まれ、ついに幸せを掴む甘々ラブファンタジー。妹や家族との誤解、影武者の存在も絡み、ハラハラと胸キュンが止まらない物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる