とらぶるチョコレート

文月 青

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奈央編

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できるだけ茂木さんの顔を見ないように、そして感情的にならないように俯いて話していた私は、微かに息が洩れる音に気づいて面を上げた。かなり深刻な話のつもりだったのに、目の前の茂木さんは何故か笑いを噛み殺していた。今の流れのどこに笑いのポイントがあったのか、後学のためにぜひお伺いしたい。

「だって奈央さんが合体なんて言うから」

だってはこちらの台詞。そんな露骨な単語をあなたに向かって使えますか。口元を手の甲で覆いながら肩を揺らす茂木さんに、私はどんな態度を取ればよいのか分からなくなった。

「話してくれてありがとう」

やがて笑いを収めた茂木さんが真顔になった。

「本当は言いたくなかったでしょう?」

茂木さんの私を気遣う反応に正直戸惑った。あからさまな嫌悪の色を浮かべると思っていたその双眸は、予想とは違う慈しみに溢れている。

「嫌いに、ならないんですか?」

「どうして?」

例えつきあっていた相手だったとしても、別れた後も眉を顰められるような関係があった。現在も、そして体のことも。

「嫌いになる要素なんてどこにもないでしょ。それよりも」

正面から優しく微笑む茂木さん。

「辛かったね、奈央さん。一人でよく頑張ったね」

喉の奥が塞がれたように詰まった。泣くつもりはなかったのに、まるで止まることを知らぬように涙がぽろぽろ頬を伝ってくる。再び俯いてしゃくり上げるのを必死で堪える私に、隣に移動するでもなく、もちろん触れるでもなく、あくまで茂木さんは距離を保ったまま語りかけてきた。

「奈央さんに悪いところは一つもありません。だからもう自分を責めないで下さい」

この人には全部見抜かれていたらしい。そう、私は心のどこかでいつも自分を責めていた。順が私にしてきたことに苦しみつつも、むしろ優しかった彼をあそこまで追いつめてしまったのも、その原因も自身が作ったものではないかと。誰かを想い、想われる幸せを教えてくれた人なのに。

「それに俺は男だからよく分かりませんが、初めての女性が痛み故に最後までできなかったという話、他でも聞いたことがありますよ」

橋本さん経由ですけど、と茂木さんは苦笑しながら続ける。

「そのときの状況だったり、気持ちのありようだったり、体格差なんかも影響するのかな? 何度か繰り返してできるようになることもあるんだそうです。だから異常という二文字は頭から追い出して下さいね」

「本当に?」

のろのろと涙でぐちゃぐちゃの顔を上げる。

「はい。あの百戦錬磨の鬼畜が断言してるんですから間違いないですよ」

親指を立てて確約した茂木さんに口元が緩んでしまう。

「さっきあの男にも言いましたが、要するに下手くそだったんでしょう」

「下手?」

「あの男の努力不足です。きっとそれを本人も自覚していたから、奈央さんのせいにしたかったんでしょうね。そうすることでプライドを保っていたというか」

「そういう、ものなんでしょうか」

「男なんて意外とそんなものです」

どこで上手下手を図るのかは見当がつかないけれど、少なくとも自分に原因がないという事実は、それまで自己嫌悪に苛まれていた私を慰めるには充分だった。でも今後できるようになるかどうかの保証がない以上、やはり手放しでは喜べない。茂木さんだって今は良くても、この先おつきあいしたとして、いつまでも体を結べなかったら、いずれ順のように変貌を余儀なくされるかもしれない。

そのとき私は茂木さんを失うことに耐えられるだろうか。このまま知人でいる方がお互い傷つかずに済むのではないだろうか。

「茂木さん、あの、もしもこの先、私があなたとできなかったとしたら、その」

どう切り出そうかと迷いあぐねていたら、茂木さんが大幅に不機嫌な表情になった。

「怒りますよ、奈央さん。俺が欲しいのはあなたの体だけじゃないんですからね? 奈央さんだから心も体も欲しいんですからね? 諦めたりしませんよ絶対!」

答えているうちにだんだん腹が立ってきたのか、珍しく茂木さんがヒートアップした。

「第一俺はあの男に嫉妬してるんです」

「嫉妬?」

「だってそうじゃないですか。あの男は良くも悪くも奈央さんを6年も捕らえているんですよ。ある意味特別な存在じゃないですか」

こんな嫉妬の理由もあるのかと呆気に取られる。

「奈央さんはこの期間苦しんでいたんですから、自分でもみみっちいとは思いますけど。でも仕方ないです。それより奈央さん」

「はい」

「俺とできなかったら…その言葉が出てきたということは、俺としてもいいと現在進行形で思ってくれているんですよね?」

いきなり振られた具体的な質問にかーっと熱が籠る。露骨な単語は使えないとか言っておきながら、実は結構なことを口にしていたんじゃないか、私。

「えーとえーと、その件についてはですね」

ひたすら狼狽えるだけの私に、茂木さんは子犬スマイルでおねだりをしてくる。

「なーおさん?」

さすが鬼畜キューピーの後輩。結局観念した私は悔し紛れに呟いた。

「大匙1杯分くらいは」






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