とらぶるチョコレート

文月 青

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奈央編

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勤務先とはいえ、居場所を知られてしまったことで、順の再訪があるかと構えていたけれど、とりあえず今のところ音沙汰がなかった。あやめさんの話では、あの日店長が順と二言三言会話を交わしたら、彼は逃げるように帰っていったという。

「やっぱり栄五郎さんは頼りになるわ」

あやめさんは珍しくうっとりしていたが、私はちょっとだけ背筋が寒くなった。

二人はあれから私に何も訊かない。茂木さんにも同様らしい。

「たぶん奈央さんが話せば聞くだろうし、話したくなさそうだったら訊かないのでは」

私の気持ちを優先してくれている。心遣いが嬉しいのと、甘えっぱなしで申し訳ないのと、今更ながら二人が私に手を差し伸べてくれたことに、感謝でいっぱいだった。

勤務先ではあるけれど、私はきちんと勤めを果たせていない。

「手伝ってくれたら助かるわ」

引っ越してきたばかりの頃、やはり閉じこもりがちだった私に、そうお願いしたあやめさん。最初は掃除や洗い物中心で、人前に出ることに抵抗があったけれど、お客様と会話しているうちに、自分がお喋りが好きだったことを思い出した。

時にはお見合い話が舞い込んだり、おつきあいを申し込まれたり、驚くことの連続で。でもそうやってまた誰かといることが、平気になっていったのかもしれない。

「奈央ちゃんは絶対カカア天下になるな」

最近では怯えられてもいるみたいだけれど。わはは。

あやめさんと店長は、お店は自分達の代で畳むつもりだ。

「好きで始めた店だ。楽しめて食べていけたら充分だ」

店長は開店したときからそう決めていた。もちろん私に跡を引き継ぐのは難しい。でもいつまでもお菓子のことをよく知らない、美味く作ることができないと、言い訳ばかりしていないで、ちゃんと取り組もうとやっと考えられるようになった。

「本当に店を続けたいなら、何も奈央が作らなくてもやっていけるだろ。職人を婿にもらえば」

パティシエではなく、職人と表現するところが店長らしい。しかも本人は気づいていないけれど、言葉を間違えている。

「それはないですよ、店長」

茂木さんが半べそ状態のなか、

「すまん湊。雇えばと言ったつもりだった」

慌てて訂正していたのが微笑ましい。

何にせよ今日は約束のホワイトデー。仕事が終わったら茂木さんがうちに帰ってくるので、そこで返事をすることになっている。

「うちだともしも私がお断りしたら、逆に気まずくありませんか?」

店長とあやめさんの手前もあるし。でも彼はあっけらかんとして笑った。

「言いましたよね? 諦めないって。だから振られてもいつも通りです」

私ならきっと居たたまれない。茂木さんの強さに脱帽。だったら尚更きちんと答えなくては。クッキーを作りながら改めて思った。



「最初にお話があります」

4人での夕食を終えて、私の部屋に落ち着いた途端、茂木さんが神妙な顔で口を開いた。まだ外していない炬燵の向かいで、どう切り出そうか迷っている。

今日はお互い朝から忙しかった。お店には通常とは違い男性客が溢れ、ホワイトデーの贈り物らしき配達も多かったらしい。

「幸せのお手伝いをしていると思うと、自分の仕事も悪くないですよね」

茂木さんの満たされた表情に、ご飯を食べながら私達もほんわかした気持ちになった。前の彼女と別れた理由が理由だから、彼の言葉に何だか救われた。

「蒸し返すようで申し訳ないのですが、片岡さんのことなんです」

私はとっさに身を乗り出した。

「あぁ違うんです。彼が来たわけでも、何かしたわけでもないんです」

そうして私に両手の平を向けた後、茂木さんはあくまで自分の推測ですが、と一言。

「おそらく片岡さんは、今でも奈央さんのことが好きなんだと思います」

一旦ベッドに背凭れた私は再び身を起こす。そうして茂木さんは何故その考えに辿り着いたのか、丁寧に、できるだけ第三者の目線で語った。

「彼のしたことは許し難いですが、突き詰めれば好意の為せる技ではないかと」

自分のものにできないのなら、せめて他の男のものにもならぬように。

目眩がしそうだった。相手を散々苦しめて、それが愛情故だなんて、そんな自分勝手な好意の示し方があるのだろうか。

「不器用な人なんでしょうね」

ぽつりと呟く茂木さん。

「どうして、今それを?」

「黙っているのは狡いような気がして」

炬燵布団を胸元まで引き上げて、子犬のように背を丸める。馬鹿な人。自分が不利になるかもしれないというのに。

「私を楽にさせたかったんですか?」  

上目遣いで縋るように私を見る。図星だな、これは。

「敵に塩を送らなくてもいいでしょうに」

あからさまにため息をついたら、茂木さんは面白くなさそうに膨れた。

「橋本さんと同じこと言ってる。ほんと最近仲がいいですよね」

「鬼畜と一緒にしないで下さい」

「ほらやっぱり。奈央、鬼畜、なんて呼びあっちゃって」

今日の茂木さんは手に負えない。でも私の前で素を出してくれているなら凄く嬉しい。私のためにおそらく自分を抑えて、付かず離れずの距離でいてくれた人だから。  

「何がおかしいんです」

ふふっとひとりでに笑みが零れた私を睨む茂木さん。私は背後に隠しておいた包みを手に取った。

「お利口さんにしないと、ご褒美はあげませんよ?」

目の前に無造作に差し出された包みに、茂木さんは拗ねているのも忘れたのか、きらきらと顔を綻ばせた。


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