バツイチの恋

文月 青

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私のつまらない過去の話を聞いても、修司さんは特に表情を変えなかった。軽蔑してもいなければ憐れんでもいない。むしろ納得したように、なるほどなと呟いている。やがてふっと笑みを零した。

「うちの親も相当だけど、あんたんとこの親もまた厄介だな」

この人はちゃんと私の話を聞いていたのだろうか。そこはうちの両親ではなく、私に嫌悪を示すところの筈だ。

「でもこれで分かった。あんたが無理な仕事の依頼を断れないのも、その取ってつけたような笑顔の理由も」

「笑顔…私、そんなに笑ってますか?」

訝しげに修司さんを窺うと、彼は呆れたようにぼやいた。

「いつも。笑う必要のないときまで」

習慣になっていたのだろうか。一ノ瀬さんの言葉ではないけれど、離婚する間際には自分が笑っているのかそうでないのか、嬉しいのか哀しいのか、判断がつかなくなっていたので、今もそんな状態だとは自覚していなかった。

「あんた、無意識のうちに自分を殺してんだよ」

笑みを引っ込め、神妙な面持ちで続ける修司さん。

「石になろうとしてんのか?」

「そんな、つもりは」

なかっただろうか。感情さえなければ、蹴り飛ばされるだけの石であれば、そう願っていたのではなかったか。人間そんなに簡単に変われない。離婚して仕事も住処も新しくなっても、役立たずは役立たずのまま。

ーー現在も?

「ただあんたからは、辛いトラウマを抱えた悲壮感が漂ってこないんだよなあ」

人間不信の匂いもしないし、と修司さんは首を傾げる。

「それは友人や昔の同僚が、あんたは馬鹿じゃないと、常に言ってくれていたからだと思います」

両親がどれだけ私を蔑んでも、彼女達は必ず否定してくれた。私の長所を探してくれた。人の輪の中に引っ張り出してくれた。

「なぎさと仲よくなりたい人、たくさんいるんだからね。文句を言ったくらいで、嫌いになったりしないよ」

だから人におもねる生活をしながらも、人を怖れることなく過ごせたのだ。

「馬鹿じゃないって、すげーな」

修司さんはげらげら笑い出した。そういう彼からも、同情の類は一切感じられない。

「親の刷り込みを上回る、友人の刷り込みか。いい友達持ってんじゃん」

私は素直に頷いた。先日の合コンの代理もその友人に頼まれたもの。それが修司さんとの縁を生んでくれた。今日で切れてしまうかもしれないけれど。

どうしてこんな話を聞かせてしまったのだろう。いくらでも誤魔化す術はあったのに。でも不思議なことに、この人には嘘をつきたくなかったのだ。

「よし、そろそろ行くか」

腕時計に視線を落としてから、修司さんはこの話は終わりとばかりに立ち上がった。

「あ、あの」

私は座ったまま呼び止める。

「今の話を聞いても、まだ、私なんかといてくれるんですか?」

「何で」

「え、だって」

しどろもどろ気味に口ごもったら、修司さんは不機嫌マックス状態で、私の頭に拳骨を落とした。

「あんたを馬鹿だと思ったことなんかねーよ、俺も」

そう言ってさっさと踵を返してしまう。

「早く来い。置いていくぞ」

大きな背中が遠ざかる。

「待って下さい」

私は初めて自分の意思で修司さんを追いかけた。この人には置いていかれたくない。何故か強くそう思った。





「余計なところで笑うな」

待ち合わせの牛丼店に着いてからというもの、修司さんは私を監視してはびしびし叱りつけていた。テーブル席が空いていなかったので、四人でカウンターに並んだのだが、腕がぶつかって睨んできた隣の人に、すみませんと謝っただけでも注意される。

うっかり「私なんか」と零そうものなら、

「ここの支払い全部あんたにさせるぞ」

しれっと言いつける。

「美味しいから自然と顔が緩んだだけです」

事実を訴えても、へっと意地悪くほくそ笑むだけ。

「どうだか」

もう何なのこの人。さっき腹黒いとか洩らしていたけれど、本当なんじゃないかと疑いたくなってきた。

「また面白いことになってる」

黙々と牛丼をかき込む修司さんと、箸を握り締めてわなわな震える私を、富沢くんと咲さんは楽しそうに眺めている。

「ほら、とっとと食え。こんなもんじゃ足りないだろうが」

「充分足りますよ。失礼な!」

あまりの言い草に正面から噛みついたら、修司さんはふいに目を細めた。富沢くん達に聞こえない小さな声で、そっと私の耳元に囁く。

「それでいい」

驚く私からついと顔を逸らし、再び牛丼を食べ始める修司さん。ただの内緒話なのに、彼の声と吐息を間近に受けた耳が、とてつもなく熱くなっている。

もしかしてわざと私を怒らせたのだろうか。そういえば以前桜屋の駐車場で、修司さんはいつも無愛想だと口を滑らせたときも、彼は微塵も不愉快さを表さなかった。

「なぎささん顔が赤いけど、具合悪いの?」

食事を終えて牛丼店の外に出ると、店内の明かりを受けた私の顔を、咲さんが心配そうに覗き込んだ。

「か、神のお告げがあって」

まさか本当のことを言えるわけもなく、私はとっさにその場しのぎの答えを返したのだけれど、咲さんも富沢くんもはあ? と目を瞬いている。修司さんだけが背中を向けて肩を揺らしていた。


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