バツイチの恋

文月 青

文字の大きさ
11 / 41

11

しおりを挟む
連日の雨で桜屋の館内にも湿気が籠っていた。館外清掃も滞り気味で、軒下の蜘蛛の巣だけは何とか払っているが、伸び続ける雑草には手をこまねいている。裏手にある公園には紫陽花が歩道に沿って植えられ、こんな雨の日曜日でも綺麗に咲かせた花を眺めにくる人達がいた。

「修兄は今日は用事があって来れないって」

公園の東屋でのんびり羽を休めながら、帰り際に富沢くんに言われたことを思い出す。汗だくになって仕事を終え、従業員の通用口から揃って出たときのことだ。

「どうして私に?」

修司さんが日帰り入浴を利用してくれたときは、お言葉に甘えて車に乗せてもらっているが、私は元々バス通勤のうえに富沢くんのおまけ。わざわざ伝言をされるような関係ではない。

「だってデートの予定がキャンセルになったんでしょ?」

「何の話?」

目を瞬く私に富沢くんも驚く。

「修兄と一ノ瀬さん、つきあってるんじゃないの?」

「まさか」

最近の雑誌の付録は豪華だが、私は百均の玩具よりはるかに劣るおまけ。会社でも女性社員から好意を寄せられまくりの修司さんと、どうやったら釣り合うのか教えて欲しいものだ。第一。

「お兄さんには好きな人がいるって噂を聞いたけど」

先日綾江と食事した際に、彼女から寄せられた不確かな情報に、富沢くんはないないとあっさり首を振った。

「修兄に好きな人なんていないよ。正直結婚したときだって、相手を好きかどうか疑うくらい淡々としていてさ。とても生涯の伴侶を得た男には見えなかった。一ノ瀬さんといるときの方がよほど人間らしいよ」

結婚の事情は家族にも伏せているらしい。だから富沢くんは勘違いしているのだ。私といるときの方が、などと。

「飯、必ず奢れだそうだから」

念を押して富沢くんは自分の車を停めている駐車場まで、傘も差さずに走っていった。実際に修司さんと私がつきう確率はほぼ百パーセントないけれど、次の約束があることが思いの外嬉しくて、雨の中うきうきと公園まで足を伸ばした。




「しょうがないなあ、香姉かおりねえは」

バス時間が近づいて腰を上げようとしたとき、ふいに聞き慣れた声が耳に届いた。前方から現れた男女の二人連れに何気なく目をやると、そこにはいる筈のない修司さんと見知らぬ女性の姿があった。

「ちゃんと傘を差さないと濡れるよ?」

花を愛でながらあちこち歩く女性に、修司さんが自分の傘で雨を避けてあげている。その親しげな様子からは昨日今日のつきあいではないことが窺えた。

「だって雅治まさはるにお見合い写真を送り付けてくるなんて、いくら何でもやり過ぎよ。お陰で帰ってくる羽目になったじゃない。まあ修司に会えたのはラッキーだったけどね」

「俺もだよ。元気そうで安心した」

「こっちの台詞。実家に戻ったせいで、修司の顔をしばらく見てないのよ」

話の内容はよく分からないが、二人はお互いの背景についても詳しいようだ。もしかしたらこの人が修司さんの「心に秘めた人」なのだろうか。そういえば彼を取り巻く雰囲気が柔らかい。ついじーっと観察していると、間の悪いことに修司さんと目が合ってしまった。

「あれ? あんた」

ようやく私の存在に気づいた修司さんが、連れの女性を伴って東屋に入ってきた。傘を閉じて私とは反対側の席に座る。

「仕事終わったのか?」

「はい」

他に答えようが無くて短く返事をすると、ハンカチで腕や肩を拭っていた女性が、私と修司さんを見比べて瞳を輝かせた。

「もしかして修司の彼女?」

初対面の人からの富沢くんと同じ発言に泡を吹きそうになる。けれどその質問が飛び出すということは、この女性は修司さんの「心に秘めた人」とは別人なのだろうか。

「違うよ。この人は悟の職場の人」

動揺する私を余所に、修司さんは笑顔でやんわり否定した。

「何だ、そうなの」

「こら、失礼だよ」

一気にテンションが落ちた女性を窘め、苦笑しながら私に彼女を紹介する。微妙に言葉遣いまでがやんわりだ。

「こっちは旧姓田坂香たさかかおり。咲の姉だ」

それを聞いて親しい理由に思い当たった。こちらは結婚して子供もいるという、修司さん宅のお向かいの長女さん。種明かしをされてしまえば、確かにどことなく咲さんに似ていなくもない。

「初めまして。ねえ本当に彼女じゃないの?」

「初めまして。一ノ瀬と申します。違いますよ。私なんかに富沢さんは勿体ないです」

縋るように蒸し返された話題に、うっかりいつもの口癖で頷いてしまい、焦った私は拳骨を食らう前に修司さんに視線を移した。でも彼は無言で身動き一つしなかった。

「残念」

「そんな顔しないの。俺は一人の方が気楽なんだから」

くすっと笑み零す修司さん。肩を落とす女性ーー香さんをみつめる彼の双眸に、一瞬悲しみの色が映ったように見えたのは錯覚だろうか。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

離婚するはずの旦那様を、なぜか看病しています

鍛高譚
恋愛
「結婚とは、貴族の義務。そこに愛など不要――」 そう割り切っていた公爵令嬢アルタイは、王命により辺境伯ベガと契約結婚することに。 お互い深入りしない仮面夫婦として過ごすはずが、ある日ベガが戦地へ赴くことになり、彼はアルタイにこう告げる。 「俺は生きて帰れる自信がない。……だから、お前を自由にしてやりたい」 あっさりと“離婚”を申し出る彼に、アルタイは皮肉めいた笑みを浮かべる。 「では、戦争が終わり、貴方が帰るまで離婚は待ちましょう。   戦地で女でも作ってきてください。そうすれば、心置きなく別れられます」 ――しかし、戦争は長引き、何年も経ったのちにようやく帰還したベガは、深い傷を負っていた。 彼を看病しながら、アルタイは自分の心が変化していることに気づく。 「早く元気になってもらわないと、離婚できませんね?」 「……本当に、離婚したいのか?」 最初は“義務”だったはずの結婚。しかし、夫婦として過ごすうちに、仮面は次第に剥がれていく。 やがて、二人の離婚を巡る噂が王宮を騒がせる中、ベガは決意を固める――。

竜帝に捨てられ病気で死んで転生したのに、生まれ変わっても竜帝に気に入られそうです

みゅー
恋愛
シーディは前世の記憶を持っていた。前世では奉公に出された家で竜帝に気に入られ寵姫となるが、竜帝は豪族と婚約すると噂され同時にシーディの部屋へ通うことが減っていった。そんな時に病気になり、シーディは後宮を出ると一人寂しく息を引き取った。 時は流れ、シーディはある村外れの貧しいながらも優しい両親の元に生まれ変わっていた。そんなある日村に竜帝が訪れ、竜帝に見つかるがシーディの生まれ変わりだと気づかれずにすむ。 数日後、運命の乙女を探すためにの同じ年、同じ日に生まれた数人の乙女たちが後宮に召集され、シーディも後宮に呼ばれてしまう。 自分が運命の乙女ではないとわかっているシーディは、とにかく何事もなく村へ帰ることだけを目標に過ごすが……。 はたして本当にシーディは運命の乙女ではないのか、今度の人生で幸せをつかむことができるのか。 短編:竜帝の花嫁 誰にも愛されずに死んだと思ってたのに、生まれ変わったら溺愛されてました を長編にしたものです。

剣士に扮した男爵令嬢は、幽居の公子の自由を願う

石月 和花
恋愛
 両親が亡くなって男爵家を叔父に乗っ取られた令嬢のアンナは、騎士だった父から受けた手解きのお陰で、剣を手に取り冒険者として日銭を稼ぎながら弟を育てていた。  そんなある日、ひょんな事から訳ありそうな冒険者ルーフェスと知り合ったのだった。  アンナは、いつも自分の事を助けてくれるルーフェスに、段々と心が惹かれていったが、彼女にはその想いを素直に認められなかった。  何故ならアンナの目標は、叔父に乗っ取られた男爵位を取り返して身分を回復し、弟に爵位を継がせる事だったから。この願いが叶うと、冒険者のルーフェスとは会えなくなるのだ。  貴族の身分を取り戻したい気持ちと、冒険者としてルーフェスの隣に居たい気持ちの間で悩み葛藤するそんな中で、アンナはルーフェスの重大な秘密を知ってしまうのであった…… ## ファンタジー小説大賞にエントリーしています。気に入って頂けましたら、応援よろしくお願いします! ## この話は、別タイトルで小説家になろうでも掲載しています。

有能女官の赴任先は辺境伯領

たぬきち25番
恋愛
お気に入り1000ありがとうございます!! お礼SS追加決定のため終了取下げいたします。 皆様、お気に入り登録ありがとうございました。 現在、お礼SSの準備中です。少々お待ちください。 辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26) ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。 そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。 そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。   だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。 仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!? そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく…… ※お待たせしました。 ※他サイト様にも掲載中

田舎暮らしの貧乏令嬢、幽閉王子のお世話係になりました〜七年後の殿下が甘すぎるのですが!〜

侑子
恋愛
「リーシャ。僕がどれだけ君に会いたかったかわかる? 一人前と認められるまで魔塔から出られないのは知っていたけど、まさか七年もかかるなんて思っていなくて、リーシャに会いたくて死ぬかと思ったよ」  十五歳の時、父が作った借金のために、いつ魔力暴走を起こすかわからない危険な第二王子のお世話係をしていたリーシャ。  弟と同じ四つ年下の彼は、とても賢くて優しく、可愛らしい王子様だった。  お世話をする内に仲良くなれたと思っていたのに、彼はある日突然、世界最高の魔法使いたちが集うという魔塔へと旅立ってしまう。  七年後、二十二歳になったリーシャの前に現れたのは、成長し、十八歳になって成人した彼だった!  以前とは全く違う姿に戸惑うリーシャ。  その上、七年も音沙汰がなかったのに、彼は昔のことを忘れていないどころか、とんでもなく甘々な態度で接してくる。  一方、自分の息子ではない第二王子を疎んで幽閉状態に追い込んでいた王妃は、戻ってきた彼のことが気に入らないようで……。

今宵、薔薇の園で

天海月
恋愛
早世した母の代わりに妹たちの世話に励み、婚期を逃しかけていた伯爵家の長女・シャーロットは、これが最後のチャンスだと思い、唐突に持ち込まれた気の進まない婚約話を承諾する。 しかし、一か月も経たないうちに、その話は先方からの一方的な申し出によって破談になってしまう。 彼女は藁にもすがる思いで、幼馴染の公爵アルバート・グレアムに相談を持ち掛けるが、新たな婚約者候補として紹介されたのは彼の弟のキースだった。 キースは長年、シャーロットに思いを寄せていたが、遠慮して距離を縮めることが出来ないでいた。 そんな弟を見かねた兄が一計を図ったのだった。 彼女はキースのことを弟のようにしか思っていなかったが、次第に彼の情熱に絆されていく・・・。

イケメン警視、アルバイトで雇った恋人役を溺愛する。

楠ノ木雫
恋愛
 蒸発した母の借金を擦り付けられた主人公瑠奈は、お見合い代行のアルバイトを受けた。だが、そのお見合い相手、矢野湊に借金の事を見破られ3ヶ月間恋人役を務めるアルバイトを提案された。瑠奈はその報酬に飛びついたが……

見た目は子供、頭脳は大人。 公爵令嬢セリカ

しおしお
恋愛
四歳で婚約破棄された“天才幼女”―― 今や、彼女を妻にしたいと王子が三人。 そして隣国の国王まで参戦!? 史上最大の婿取り争奪戦が始まる。 リュミエール王国の公爵令嬢セリカ・ディオールは、幼い頃に王家から婚約破棄された。 理由はただひとつ。 > 「幼すぎて才能がない」 ――だが、それは歴史に残る大失策となる。 成長したセリカは、領地を空前の繁栄へ導いた“天才”として王国中から称賛される存在に。 灌漑改革、交易路の再建、魔物被害の根絶…… 彼女の功績は、王族すら遠く及ばないほど。 その名声を聞きつけ、王家はざわついた。 「セリカに婿を取らせる」 父であるディオール公爵がそう発表した瞬間―― なんと、三人の王子が同時に立候補。 ・冷静沈着な第一王子アコード ・誠実温和な第二王子セドリック ・策略家で負けず嫌いの第三王子シビック 王宮は“セリカ争奪戦”の様相を呈し、 王子たちは互いの足を引っ張り合う始末。 しかし、混乱は国内だけでは終わらなかった。 セリカの名声は国境を越え、 ついには隣国の―― 国王まで本人と結婚したいと求婚してくる。 「天才で可愛くて領地ごと嫁げる?  そんな逸材、逃す手はない!」 国家の威信を賭けた婿争奪戦は、ついに“国VS国”の大騒動へ。 当の本人であるセリカはというと―― 「わたし、お嫁に行くより……お昼寝のほうが好きなんですの」 王家が焦り、隣国がざわめき、世界が動く。 しかしセリカだけはマイペースにスイーツを作り、お昼寝し、領地を救い続ける。 これは―― 婚約破棄された天才令嬢が、 王国どころか国家間の争奪戦を巻き起こしながら 自由奔放に世界を変えてしまう物語。

処理中です...