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言葉の意味というより、修司さんの真意そのものを測りかねた。香さんならいいではなく、香さんでなければならないのは彼の方だ。そこに私の想いは一切関係ないし、残念ながら何の影響も及ぼさない。
「質問がよく分からないのですが」
気を取り直しておかわりのお茶を淹れていると、修司さんはだよなあと洩らして天井を仰いだ。今朝はばたばたしてはたきをかけていないので、あまり上の方を見ないでほしい。蜘蛛の巣が張っていたら困る。
「変なこと聞いた。とっさに口をついたけど、俺もよく分からん」
自分でも腑に落ちない様子で、修司さんはお茶を飲む。私も湯呑みを手に取った。二人の間にしばし沈黙が訪れる。
考えてみると相手が結婚していて、しかも修司さんを弟としてしか受け入れられない以上、彼の片想いに終わりが来ることはない。どのくらいの間、そしてどれくらい先まで、修司さんは香さんの面影を抱いて生きていくのだろう。
もしも香さんへの想いに踏ん切りがついたとしても、新たに修司さんの心を占める人物が現れたら、私のちっぽけな「好き」は結局行き場を失う。ずっと傍にいたいなら、報われることを望まない覚悟がいる。会社の先輩の登場で動揺する私には、香さんの幸せを願う修司さんのようになれる自信はない。
「富沢さんは凄い人ですね」
テーブルに空になった湯呑みを置いてため息をつく。
「何だ、藪から棒に」
「どうやったら真っ先に相手を思いやれるのかなあと」
大人になってから誰かを好きになったのは初めてだった。無難な人間関係を築くことに腐心していた自分が、誰かを好きになれたことにも驚いたけれど、嫉妬に塗れて涙を流すなど更にあり得なかった。人を好きになると上辺だけを飾ることができなくなる。みっともない自分も見えてくる。この年齢になってようやく知った。
「俺の場合は自己満足だ。好きだと言ったところで困らせるだけだし、格好つけてはいるものの、要はとっくの昔に振られたことになるんだから」
「それなのに、です。私は確実に自分を優先しそうです」
「普通そうだろ。俺だって自分を優先した結果だ」
再び修司さんが苛つき始めた。もしかして私はまた不快な発言をしてしまったのだろうか。落ち着かなくてお茶を淹れようとしたら、いいと手で湯呑みに蓋をされてしまった。
「やけに絡むのはあれか? 大事なもんができたせいか?」
つっけんどんに言い放つ。きっと一ノ瀬さんと会った日に話した、たった一つ選びたいものを指しているのだろうが、その選びたい本人にこんな台詞を吐かれては、さすがの私も嘆かずにはいられない。
「できたって、どうにもなりませんから」
しょんぼりと肩を落とす。自分の気持ちに気づいたと同時に失恋した相手に、何故こんなことを説明せねばならないのか。
「どうにもならない?」
怪訝そうに確認する修司さん。貴方ですと告げる代わりに幾分嫌味を込めて答える。
「はい。その人には心に決めた方がいらっしゃるので」
「なるほど。それでか。じゃあ諦めたりはしないんだ?」
嫌味返しとも思える口調に、私は初めて修司さんに対して憤りを覚えた。
「駄目ですか? 富沢さんだって香さんのことずっと好きだったじゃないですか」
「仕方がないだろ。他にそういう対象が現れなかったんだから」
「私だって同じですよ。仕方がないんです」
「だけど苦しいぞ」
まるで茨の道が待っていると言わんばかりに修司さんが渋面を作る。その表情から最後の一言は私を心配したものだ。やっぱり優しい人だ。
「そんなことないですよ」
私はやんわりと否定した。目を閉じると瞼裏に修司さんと出会ってからの日々が浮かぶ。
「その人のお陰でいろんなことを知りました。苦しいことも切ない思いも嫉妬に歪む自分も。でもそれを含めて毎日が楽しくて、色のなかった世界がどんどん明るくなって。何より誰かに会いたいという気持ちを持てたことが嬉しいんです」
開いた双眸に映る人が僅かに息を呑んでいる。
「出会えてよかったです」
例え報われることがなくてもそれだけは変わらない。
「ありがとうございます。富沢さん」
お礼なのか別れの挨拶なのか分からない。けれど散々悩んだのが嘘のように、無意識のうちに溢れる想いが零れ落ちていた。
「悪い」
修司さんは申し訳なさそうに目を伏せた。その仕種と謝罪を示す言葉に深く胸を抉られる。重々承知していても辛いものは辛い。でも大丈夫。修司さんを好きになったことに後悔はない。
「きつく当たり過ぎた。何でこんなに苛つくのか、俺自分でもほんと分かんねーんだよ。あんたが別れた旦那と会った日から…え?」
がしがしと髪を掻きむしる修司さんがぴたっと手を止めた。食い違っているような会話に私も眉間に皺を寄せる。どちらからも唇を動かすことができず、私達は大分長い時間お互いの顔をまじまじと眺めていた。
「質問がよく分からないのですが」
気を取り直しておかわりのお茶を淹れていると、修司さんはだよなあと洩らして天井を仰いだ。今朝はばたばたしてはたきをかけていないので、あまり上の方を見ないでほしい。蜘蛛の巣が張っていたら困る。
「変なこと聞いた。とっさに口をついたけど、俺もよく分からん」
自分でも腑に落ちない様子で、修司さんはお茶を飲む。私も湯呑みを手に取った。二人の間にしばし沈黙が訪れる。
考えてみると相手が結婚していて、しかも修司さんを弟としてしか受け入れられない以上、彼の片想いに終わりが来ることはない。どのくらいの間、そしてどれくらい先まで、修司さんは香さんの面影を抱いて生きていくのだろう。
もしも香さんへの想いに踏ん切りがついたとしても、新たに修司さんの心を占める人物が現れたら、私のちっぽけな「好き」は結局行き場を失う。ずっと傍にいたいなら、報われることを望まない覚悟がいる。会社の先輩の登場で動揺する私には、香さんの幸せを願う修司さんのようになれる自信はない。
「富沢さんは凄い人ですね」
テーブルに空になった湯呑みを置いてため息をつく。
「何だ、藪から棒に」
「どうやったら真っ先に相手を思いやれるのかなあと」
大人になってから誰かを好きになったのは初めてだった。無難な人間関係を築くことに腐心していた自分が、誰かを好きになれたことにも驚いたけれど、嫉妬に塗れて涙を流すなど更にあり得なかった。人を好きになると上辺だけを飾ることができなくなる。みっともない自分も見えてくる。この年齢になってようやく知った。
「俺の場合は自己満足だ。好きだと言ったところで困らせるだけだし、格好つけてはいるものの、要はとっくの昔に振られたことになるんだから」
「それなのに、です。私は確実に自分を優先しそうです」
「普通そうだろ。俺だって自分を優先した結果だ」
再び修司さんが苛つき始めた。もしかして私はまた不快な発言をしてしまったのだろうか。落ち着かなくてお茶を淹れようとしたら、いいと手で湯呑みに蓋をされてしまった。
「やけに絡むのはあれか? 大事なもんができたせいか?」
つっけんどんに言い放つ。きっと一ノ瀬さんと会った日に話した、たった一つ選びたいものを指しているのだろうが、その選びたい本人にこんな台詞を吐かれては、さすがの私も嘆かずにはいられない。
「できたって、どうにもなりませんから」
しょんぼりと肩を落とす。自分の気持ちに気づいたと同時に失恋した相手に、何故こんなことを説明せねばならないのか。
「どうにもならない?」
怪訝そうに確認する修司さん。貴方ですと告げる代わりに幾分嫌味を込めて答える。
「はい。その人には心に決めた方がいらっしゃるので」
「なるほど。それでか。じゃあ諦めたりはしないんだ?」
嫌味返しとも思える口調に、私は初めて修司さんに対して憤りを覚えた。
「駄目ですか? 富沢さんだって香さんのことずっと好きだったじゃないですか」
「仕方がないだろ。他にそういう対象が現れなかったんだから」
「私だって同じですよ。仕方がないんです」
「だけど苦しいぞ」
まるで茨の道が待っていると言わんばかりに修司さんが渋面を作る。その表情から最後の一言は私を心配したものだ。やっぱり優しい人だ。
「そんなことないですよ」
私はやんわりと否定した。目を閉じると瞼裏に修司さんと出会ってからの日々が浮かぶ。
「その人のお陰でいろんなことを知りました。苦しいことも切ない思いも嫉妬に歪む自分も。でもそれを含めて毎日が楽しくて、色のなかった世界がどんどん明るくなって。何より誰かに会いたいという気持ちを持てたことが嬉しいんです」
開いた双眸に映る人が僅かに息を呑んでいる。
「出会えてよかったです」
例え報われることがなくてもそれだけは変わらない。
「ありがとうございます。富沢さん」
お礼なのか別れの挨拶なのか分からない。けれど散々悩んだのが嘘のように、無意識のうちに溢れる想いが零れ落ちていた。
「悪い」
修司さんは申し訳なさそうに目を伏せた。その仕種と謝罪を示す言葉に深く胸を抉られる。重々承知していても辛いものは辛い。でも大丈夫。修司さんを好きになったことに後悔はない。
「きつく当たり過ぎた。何でこんなに苛つくのか、俺自分でもほんと分かんねーんだよ。あんたが別れた旦那と会った日から…え?」
がしがしと髪を掻きむしる修司さんがぴたっと手を止めた。食い違っているような会話に私も眉間に皺を寄せる。どちらからも唇を動かすことができず、私達は大分長い時間お互いの顔をまじまじと眺めていた。
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