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「で? あんたが俺を拒絶した理由は何?」
修司さんが買ってくれたお弁当を食べ終えて、一息入れようと安いお茶を淹れていたとき、彼は前触れもなくそう切り出した。表情はいつも通り不機嫌だが口調は穏やかで、修司さんが本当に疑問に思っている様子が表れている。でも私は初っ端から混乱した。
「あの…拒絶したのは富沢さんでは?」
「俺が? いつ」
「だって、さっき…」
自分の部屋なのに借りてきた猫のように身を竦める私に、修司さんは間髪入れずに爆弾を投下する。
「さっきの女なら会社の先輩だ。それ以上でも以下でもない」
心の準備ができていない私は、嬉しいやら反論したいやらでどうしていいのか分からない。
「一緒に泊まるんじゃ…」
お陰でうっかり余計な台詞が零れて、修司さんが徐々に般若に戻ってゆく。
「泊まって欲しかったわけ? ああ、ゆっくり寛げとか言われたっけな」
身から出た錆。私は居たたまれなくて俯いた。
「結構堪えた」
やがてお茶に手を伸ばした修司さんがぽつりと呟いた。恐る恐る顔を上げると、とっくに鳴りを潜めた般若が自嘲気味に笑んでいる。
「まだあんな顔される程、俺は信用無かったのかって」
胸を突かれた。修司さんからあの女性との関係を聞きたくなくて、耳を塞ぐために作った笑顔だった。
ーーあんたとちゃんと向き合おうとしている人間まで、作り物の笑顔で拒絶する気か?
そう教えてくれたのは修司さんだったのに、自分の支離滅裂な感情に振り回されて、何と愚かな真似をしてしまったのだろう。
「もしかして俺、あんたに嫌われてる? 腹黒だし、女には優しくないし、格好悪いとこ見せたし、自覚はあるんだけど」
私は首がもげるんじゃないかというくらい、めいっぱい左右に動かしまくった。この人を嫌いになったときには、きっと世界中の人を嫌いになっている。そんな例えができるくらい、今の私を形作っているたった一つ選びたい人。
「ぎ、逆です。私の方こそ、しゅ…富沢さんに嫌われたとばかり」
「何で?」
「分かったって、じゃあなって、切り捨てるようなこと」
そこまで喚いてもの凄く恥ずかしくなった。いくら女性連れの修司さんにショックを受けたとはいえ、彼女はおろか友人でもないくせに、まるで甘えているようなこの口調はあり得ない。
「そうだったのか。悪い。あんたが話を聞こうとしないから、ついカチンときて」
バツが悪そうに頭を掻きながら、修司さんは会社の先輩だという女性の話を始めた。
「あの人、俺の指導係だった先輩の彼女なんだ」
修司さんが入社したときから親しくしている、同じ部署の先輩の同期であり彼女でもあるその女性は、近々同期会を開催するにあたり会場を探していたのだそうだ。そこで相談された修司さんが桜屋を勧めてくれたのだという。今日は頼まれて下見に連れてきただけで、彼氏である先輩も残業が済んだら駆けつける予定だったらしい。
「俺が会社の女をうざがってるのは有名だから、先輩も安心して先に二人で行かせたんだよ」
だから桜屋に到着するなり別行動を取ったと締めくくる。穴があったら入りたい。いい年齢して小学生レベルの嫉妬で馬鹿なことをやってしまった。
「俺が彼女でも連れてきたと思ったのか?」
「はい。しかも富沢さん、私と目が合うなり呆然としていたじゃないですか。どうしてここにいるんだ、みたいな感じで」
脳裏に蘇る修司さんの姿。一気に邪魔者になったような疎外感。
「勤務時間外だったから単純に驚いたんだよ。第一漏れなく余計な勘違いするだろ、あんた」
「そんなことは」
「したよな?」
抗う余地がなくてすみませんと項垂れる私。今日は何度謝ったことだろう。
「だからその前に声をかけようとしたのに、脱兎の如く逃げるし」
「いえ、それは正解です。絶対やめて下さい」
実際は先輩の彼女だったとしても、美人でスタイルもよくてお洒落で仕事もできそうで、何より修司さんとお似合いのタイプの女性に、あの格好の自分を知人として紹介などされようものなら、現実逃避よろしく速攻で倒れる自信がある。
「仕事を全うしている証拠だろうが。気にする必要がどこにある」
酷い手荒れを見ても同じように厭わなかった人だ。本心から言ってくれているのは分かる。けれどそこで頷けないのが女心。
「よく考えたら何で俺が言い訳してるんだ?」
不得要領といった体で修司さんがぼやいた。
「そもそも富沢さん、反則技を使いましたから」
「反則?」
「香さん以外の女性を選ぶなんて、少しも想像していませんでした」
香さんなら仕方がない。それが自分を偽る隠れ蓑だったことも、大きく育っていた独占欲も、今日の出来事で認めないわけにはいかなくなった。だからといってどうすることもできない。好きだと告げたらこの人は私から離れていってしまう。
ならばずっと嫉妬と闘いながら、修司さんを想ってゆくしかないのだろうか。
「…いいのか?」
物思いに沈む私に修司さんが問いかけた。聞き洩らしたのを察したように、真っ直ぐこちらを見据えて繰り返す。
「香姉だったらいいのか? あんたは」
修司さんが買ってくれたお弁当を食べ終えて、一息入れようと安いお茶を淹れていたとき、彼は前触れもなくそう切り出した。表情はいつも通り不機嫌だが口調は穏やかで、修司さんが本当に疑問に思っている様子が表れている。でも私は初っ端から混乱した。
「あの…拒絶したのは富沢さんでは?」
「俺が? いつ」
「だって、さっき…」
自分の部屋なのに借りてきた猫のように身を竦める私に、修司さんは間髪入れずに爆弾を投下する。
「さっきの女なら会社の先輩だ。それ以上でも以下でもない」
心の準備ができていない私は、嬉しいやら反論したいやらでどうしていいのか分からない。
「一緒に泊まるんじゃ…」
お陰でうっかり余計な台詞が零れて、修司さんが徐々に般若に戻ってゆく。
「泊まって欲しかったわけ? ああ、ゆっくり寛げとか言われたっけな」
身から出た錆。私は居たたまれなくて俯いた。
「結構堪えた」
やがてお茶に手を伸ばした修司さんがぽつりと呟いた。恐る恐る顔を上げると、とっくに鳴りを潜めた般若が自嘲気味に笑んでいる。
「まだあんな顔される程、俺は信用無かったのかって」
胸を突かれた。修司さんからあの女性との関係を聞きたくなくて、耳を塞ぐために作った笑顔だった。
ーーあんたとちゃんと向き合おうとしている人間まで、作り物の笑顔で拒絶する気か?
そう教えてくれたのは修司さんだったのに、自分の支離滅裂な感情に振り回されて、何と愚かな真似をしてしまったのだろう。
「もしかして俺、あんたに嫌われてる? 腹黒だし、女には優しくないし、格好悪いとこ見せたし、自覚はあるんだけど」
私は首がもげるんじゃないかというくらい、めいっぱい左右に動かしまくった。この人を嫌いになったときには、きっと世界中の人を嫌いになっている。そんな例えができるくらい、今の私を形作っているたった一つ選びたい人。
「ぎ、逆です。私の方こそ、しゅ…富沢さんに嫌われたとばかり」
「何で?」
「分かったって、じゃあなって、切り捨てるようなこと」
そこまで喚いてもの凄く恥ずかしくなった。いくら女性連れの修司さんにショックを受けたとはいえ、彼女はおろか友人でもないくせに、まるで甘えているようなこの口調はあり得ない。
「そうだったのか。悪い。あんたが話を聞こうとしないから、ついカチンときて」
バツが悪そうに頭を掻きながら、修司さんは会社の先輩だという女性の話を始めた。
「あの人、俺の指導係だった先輩の彼女なんだ」
修司さんが入社したときから親しくしている、同じ部署の先輩の同期であり彼女でもあるその女性は、近々同期会を開催するにあたり会場を探していたのだそうだ。そこで相談された修司さんが桜屋を勧めてくれたのだという。今日は頼まれて下見に連れてきただけで、彼氏である先輩も残業が済んだら駆けつける予定だったらしい。
「俺が会社の女をうざがってるのは有名だから、先輩も安心して先に二人で行かせたんだよ」
だから桜屋に到着するなり別行動を取ったと締めくくる。穴があったら入りたい。いい年齢して小学生レベルの嫉妬で馬鹿なことをやってしまった。
「俺が彼女でも連れてきたと思ったのか?」
「はい。しかも富沢さん、私と目が合うなり呆然としていたじゃないですか。どうしてここにいるんだ、みたいな感じで」
脳裏に蘇る修司さんの姿。一気に邪魔者になったような疎外感。
「勤務時間外だったから単純に驚いたんだよ。第一漏れなく余計な勘違いするだろ、あんた」
「そんなことは」
「したよな?」
抗う余地がなくてすみませんと項垂れる私。今日は何度謝ったことだろう。
「だからその前に声をかけようとしたのに、脱兎の如く逃げるし」
「いえ、それは正解です。絶対やめて下さい」
実際は先輩の彼女だったとしても、美人でスタイルもよくてお洒落で仕事もできそうで、何より修司さんとお似合いのタイプの女性に、あの格好の自分を知人として紹介などされようものなら、現実逃避よろしく速攻で倒れる自信がある。
「仕事を全うしている証拠だろうが。気にする必要がどこにある」
酷い手荒れを見ても同じように厭わなかった人だ。本心から言ってくれているのは分かる。けれどそこで頷けないのが女心。
「よく考えたら何で俺が言い訳してるんだ?」
不得要領といった体で修司さんがぼやいた。
「そもそも富沢さん、反則技を使いましたから」
「反則?」
「香さん以外の女性を選ぶなんて、少しも想像していませんでした」
香さんなら仕方がない。それが自分を偽る隠れ蓑だったことも、大きく育っていた独占欲も、今日の出来事で認めないわけにはいかなくなった。だからといってどうすることもできない。好きだと告げたらこの人は私から離れていってしまう。
ならばずっと嫉妬と闘いながら、修司さんを想ってゆくしかないのだろうか。
「…いいのか?」
物思いに沈む私に修司さんが問いかけた。聞き洩らしたのを察したように、真っ直ぐこちらを見据えて繰り返す。
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