バツイチの恋

文月 青

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宴会場の片付けが終わったのは、二十二時に差しかかる頃だった。忘れ物の確認をしながら座布団撤収、飲物の空き瓶にグラス、ごみや灰皿そして食器の回収と、総出で一斉に取りかかる。宴会が重なれば忙しさも倍。同じ職場ながらやってみないと分からないものだ。

「お疲れ様」

事務所でタイムカードを切っていると、机で書類を書いていた主任が立ち上がった。所内には明日の予約の確認をしている仲居頭さんの他には誰もいない。

「送っていくよ」

最終バスが出た後だからだろう。当然のように車の鍵を手にする主任を、慌てて両手で押し留めた。

「ありがとうございます。でも、あの、大丈夫です」

迂闊だった。修司さんに送ってもらうことになった時点で、仕事に支障をきたさないよう、主任には伝えておくべきだった。

「いつもの人?」

一瞬きょとんとしてから主任はやおら声を潜める。日曜日のみとはいえ、ほぼ毎週迎えに来てもらっていればバレもするだろう。恥ずかしくなって私は俯きがちに頷いた。

「彼氏?」

びっくりして顔を上げる。どうして今日はこの手の話ばかり。

「とんでもないです」

すかさず首を横に振る私に主任は苦笑い。

「力一杯否定しなくても。じゃあ友達?」

「いいえ。あの人は富沢くんのお兄さんです」

「ああ、それで」

どの辺がああなのか主任は一人で納得している。

「お、お疲れ様でした。お先に失礼します」

これ以上面倒な質問が繰り返される前に、私は逃げるようにその場から退散した。心臓に悪い。

電話しようとスマホ片手に駐車場に向かうと、手前の方に修司さんの車が停まっていた。運転席に姿がないので、先輩達の部屋にでもいるのだろうか。車の傍らに佇みながらふと考える。

宴会が終わってからずいぶん時間が経っているし、そもそも車ならお酒は飲めなかった筈。本来ならすぐにでも帰りたかっただろうに、私の都合で一方的に待たせていた。そんな自分が酷く図々しくて嫌になる。

「連絡しろって言っただろ」

五分程したところで、修司さんが小走りに駆けてきた。

「風邪ひくぞ」

白い息を吐きながら車のロックを解除する。ひんやりした助手席に落ち着いた私は、車内が徐々に暖まってくるのを感じながら、修司さんに遅くまで待たせたことを謝ろうと思った。

「ごめんな」

ところが先にその言葉を口にしたのは、私ではなく修司さんの方だった。

「まさか泣いてたなんて」

私が仕事を終えるまで、先輩の部屋で時間を潰していた修司さんは、すれ違いかけた日のこと、自分が私に背を向けた後のことを聞いたらしい。

「それにさっきも、弟の同僚なんて言わせて」

沈痛な面持ちで続ける。

「知人じゃ他人行儀だし、友人じゃあんたには不本意だろうし、どう言えばいいのか分からなくなった」

「あの、勘違いです、本当に」

どこか打ちひしがれているような修司さんに居たたまれなくなった。私はこの人にこんな顔をさせたいんじゃない。

「嫌われたと思って、へたり込んでいただけですから。弟の同僚というのも事実ですし。第一友人のどこが不本意なんですか? 全然嬉しいですよ」

意気込んで喋りまくる私に、修司さんはぽけっとした表情を浮かべた。

「友人なんて、俺に都合がいいだけの関係じゃないのか?」

「そんなことないですよ。凄く近い間柄になったような気がしますし、会いたいときにいつでも会えるじゃな…いです…か」

語尾が小さくなる。いくら励まそうとしたとはいえ、ついでに本音とはいえ、何ということを口走ってしまったのだ。

「そうか」

修司さんが照れ臭そうに笑んだ。

「俺だって、弟の同僚と毎週つるむほど暇じゃない」

体温が一気に上昇した。暖房が効き過ぎているのではなかろうか。とりあえず夜で助かった。真っ赤な顔を見られずに済んだ。

「忘れてた」

一度車を降りた修司さんが、後部座席から小さな袋を取って戻ってきた。

「遅くなったけど」

綺麗なリボンが結ばれたそれを、ぶっきらぼうに私の膝の上に乗せる。

「誕生日だったんだろ」

私は目を瞬いた。

「女の欲しいもんなんて、さっぱり想像つかねーし、悟や咲に訊くのも癪だし」

膝の上の包みにそっと手を添えた。生まれて初めて好きな人から贈られたプレゼントに、指先が小刻みに震える。

「開けても…いいですか?」

「つまんねーもんだぞ」

ゆっくりリボンを解く。中に入っていたのは可愛いクッキーの詰め合わせと、二種類のハンドクリーム。一つはフローラルブーケの香りのもの、一つは保湿効果の高いもの。

「これ…」

「がっかり、したよな?」

頬をぽりぽりと掻く修司さんを、穴が開くほどみつめる。香さん以外の女性を避けてきた人が、どんな気持ちでこのプレゼントを選んでくれたのだろう。しかも私が手荒れを気にしていたことを憶えていてくれた。

「ちょ、泣く程嫌だったのか?」

ぽろぽろ涙を零す私に、身を乗り出す修司さん。でももう笑うことなんて無理だった。

「うれじいでず」

鼻を啜りながら、珍しくおろおろしている彼に告げる。ほっとしたように安堵の息を洩らす姿に、体中に喜びが染み渡ってゆく。

「脅かしやがって。結局俺泣かせてんじゃねーかよ」

こつんと頭を叩く手が温かい。

「ああ、それと、仲居の格好似合ってた」

どうでもよさそうに呟いて、すっと窓の外に顔を背ける。どうしよう。この人がこんなにも愛しい。愛し過ぎて片想いなのに幸せだ。



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