バツイチの恋

文月 青

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弟の同僚から友人に昇格した私は、毎日をとても楽しい気分で過ごしていた。いつでも連絡して構わないと、修司さんからお墨付きをもらったからだ。もちろん実際に用もなく電話したことはないけれど、その言葉で彼と繋がっていられるだけでも充分嬉しい。

「自分の手を見て笑うのやめない? 一ノ瀬さん」

ハンドクリームを塗った後の、潤った両手を目の前に翳していると、仕事を終えて控え室でコーヒーを飲んでいた富沢くんが肩を竦めた。

「ごめんなさい」

謝りつつもふふっとひとりでに笑みが零れる。修司さんにプレゼントを贈られてから一週間。水仕事が厳しい時期にも関わらず、浮かれまくっている私を、パートさん達も気味悪がっていた。

「それ、修兄に貰ったんでしょ」

確信めいた質問に内心ぎくっとする。

「ど、どうして」

「喜びが隠しきれていないから。一ノ瀬さんをこんなふうにできる人、他に思い当たらない」

恥ずかしさに項垂れる。一目で見破られる程はしゃいでいたのだろうか。実は先週の土曜日、車でアパートまで送ってもらっている間、泣き笑いしながらプレゼントを抱き締める私に、ハンドルを繰る修司さんも呆れるのを通り越して怒っていた。

「そんなもんで嬉しそうにされると、逆に気が引けるだろ」

「すみません」

そう口にしながらも頬が緩んでしまう。

「謝る必要はないが。俺が面映ゆいというかこそばゆいというか…こんなことならもっといいもんにすればよかった」

困ったように修司さんはぼやいていたが、天にも昇る心地だった私には、語尾の方は声が小さくて殆ど耳に届いていなかった。ちなみに修司さんの誕生日は三月だそうで、お返しを口実にプレゼントを渡せることが、今から楽しみで仕方がない。

「そういえばこの一週間、修兄はやたらスマホをチェックしていたけど、一ノ瀬さんからの連絡を待っていたのかな?」

にやにやしながら富沢くんが続ける。食事の合間やお風呂から自室に移動する際等、修司さんは常にスマホの画面を眺めていたのだそうだ。性格上スマホを持ち歩くタイプではなく、普段は部屋に置きっぱなしなので、そわそわしている姿は珍しいのだとか。

「修兄をあんなふうにできるのも一ノ瀬さんだけでしょ」

良くも悪くも感情がなだらかで、どこまで本気で楽しんでいるのか怒っているのか分からない修司さんが、私と一緒にいるときは気持ちが剥き出しになっているというのだ。

「残念ながら違うよ。余程のことがないと私達は電話しないもの」

おそらく私が危なっかしいので、修司さんも調子が狂うのだろう。富沢くんはそうかなあと不服そうだったが、私は単純に香さんが相手なのだろうと解釈していた。




しかし。どうやらそれも判断ミスだったらしい。どんよりとした雲が垂れこめる寒空の下、富沢くんと桜屋の駐車場に向かった私は、白い車の前にかたまっている三人の男女に足を止めた。修司さんと咲さん、そしてもう一人見知らぬ女性がいる。

「うわ、最悪」

苦々しく富沢くんが洩らすのと同時に、咲さんがこちらに気づいて駆け寄ってきた。咲さんもお正月が過ぎるまでは日曜日の休みが取れないので、今日は忘年会がてら四人で美味しい物を食べに行く予定だった。

「あのね、なぎささん」

さすがにまた別の先輩の彼女というパターンはないかと、軽くいなしている様子の修司さんと、彼に何か一所懸命訴えている女性を眺めていたら、咲さんが言い難そうに口を開いた。

「あの人、修司の別れた奥さんなの」

因縁なのだろうか。私のみならず修司さんまでここで元伴侶と揉めることになろうとは。もはや驚く気にもなれなくて、修司さんの同僚であり妻であった女性に視線を当てる。先日の幹事さんにしてもこの方にしても、彼にお似合いの美人率の高い職場だ。もしも修司さんから結婚と離婚の経緯を知らされていなかったら、私はきっとこの場にはいられなかったことだろう。

「何しにこんな所まで来たんだよ。同じ会社のくせに」

うんざりしたように富沢くんが唸った。家ならともかく桜屋は修司さんとは直接関わりのない場所だ。わざわざ足を運ぶのは確かに妙だ。

「それが洋子ようこさんが、会社で修司の彼女が桜屋にいるという噂が流れているって」

私は頭を抱えたくなった。たぶん噂の根源は同期会で桜屋を利用してくれた、例の修司さんの先輩に違いない。ちゃんと弟の同僚だと念を押したのに、勝手に話を作り変えている。

「だから? もうあの人には関係ないじゃん」

「事実確認と、どんな人か会わせて欲しいと騒いでるの。修司は聞き流しているけど」

「意味分かんねー」

辛辣な富沢くんに頷いた。別れた奥さんは既に元彼とよりを戻したと聞いている。噂の真偽の程を確認するだけならいざ知らず、何故私に会いたいのかが全く理解できない。そもそも会ってどうするつもりなのかも。

三人でひそひそ話していると、やがて修司さんの別れた奥さんーー洋子さんがこちらを振り返った。じっと睨み据えた後にずかずかと近づいてきて、私の正面で仁王立ちになる。修司さんも焦ったように追いかけてきた。

「あなたが修司の…?」

険しい表情で問う。私はそこでうっかりへらっと笑ってしまった。もう弟の同僚じゃない。

「はい。友人です」

得意満面でそう告げると、洋子さんははあ? と盛大に顔を引きつらせた。片手で額を押さえる修司さん始め、富沢くんと咲さんも揃って肩を落としている。もしかして私は拙いことを口走ってしまったのだろうか。



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