バツイチの恋

文月 青

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値踏みするように上から下まで私を検分した後、洋子さんはふんと鼻を鳴らして意地の悪い笑みを浮かべた。綺麗な女性には違いないが、香さんの持つ朗らかさとは程遠い、どこか薄暗い雰囲気が感じられる。そもそも彼女は他に好きな人がいるのに、何故修司さんの身辺がそんなに気になるのだろう。これではまるで未練でもあるように見える。一度は夫だった人だ。何かしらの情は残っているのかもしれない。

「本当に修司とは友達みたいね」

中身もそうだけれど、外見にしてもこれと言って特筆すべき部分がない私は、馬鹿にする対象ではあっても反感を買うことはなかったらしい。

「先週富沢さんの会社の方に、当館をご利用頂いたんです」

洋子さんから刺々しさが少し消えたので、私はでたらめな噂が流れた原因について話した。その間代わりに周囲の三人から、非常にぴりぴりと張りつめた空気が伝わってくる。

「なるほど。じゃああなたと修司は本当に何でもなかったのね」

どんな理由にせよ、修司さんが一度は縁を結んだ女性と私とでは、乗っかっている土俵からして違う。本当に嫌いな人と夫婦になれる程、彼は他人を蔑ろにはしていない。

「いくら電話しても出てくれないからてっきり…」

意地の悪さはどこへやら意気消沈している洋子さんに、私はさっきの富沢くんの台詞を思い出した。この一週間修司さんがスマホをチェックしていたと。もしかしたら元妻からの電話に出るに出られず、着信履歴だけを追っていたということはないだろうか。私が元夫に対して会う気になれなかったように。

「そこはお互い様かと」

確認するように富沢くんをそっと窺うと、私の表情から考えを読み取ったのか、もの凄い勢いで首を横に振っている。大丈夫。ここで大っぴらにはしないから。

「悟?」

私と富沢くんのやり取りに不自然なものを感じたらしい。修司さんに不穏な空気が纏わりついている。

「ごめん修兄。一ノ瀬さんにばらしちゃった」

一気に眉を吊り上げる修司さん。私はその姿に幾分切なくなった。修司さんの言葉を鵜呑みにしていたけれど、彼の方にだって洋子さんに対する恋愛感情はなくても、家族の情が燻っている可能性があるのだ。修司さんの香さんへの想いが一段落した現在、復縁することはないとしても、何らかの形で交流が再開する場合もあるかもしれない。

「富沢さんは私なんかには雲の上の人ですよ」

もちろん二人の関係に進展があったとしても、私に否やを唱える権利はない。なのでそう締めくくると洋子さんは安堵した表情になったが、次の瞬間私の脳天には強烈な拳が炸裂した。

「減点一。私なんかはやめろって教えたよな?」

自分を卑下するつもりはなく、いかに修司さんが素敵な人なのかを主張したかっただけなのに、隣から般若より怖ろしい顔で凄まれる。

「飯代に上乗せして、桜屋の入浴料を払わせるぞ」

「え? だって私と比べたら富沢さんは」

「ろくでもないことをほざくのはこの口か? しかもまた勝手に自己完結してるだろ」

頭の天辺を擦りながら言い訳を並べれば、両手で頬っぺたを左右に引っ張られた。記憶にある限りこんなことをされたのは初めてで、痛いやらびっくりするやらでどうしていいか分からない。

「大の大人がじゃれ合っているようにしか見えない」

おまけに富沢くんも咲さんも、助けるどころか生温い視線を向けてくる。誤解を解こうにも謎の音声しか発することができず、ギブアップの代わりに修司さんの腕を掴んだところで、

「修…司?」

呟かれた名前に彼の手の力が緩んだ。ほっとして息を吐き出すと、目の前では瞠目する洋子さんが、余計な感情は一切なくただただ驚いている。

「別れるときですら、怒ってもいなかったのに…」

そんな元妻に修司さんは冷たい一瞥を投げる。

「用が済んだらさっさと帰れ。どうせ男と喧嘩でもしたんだろ」

抑揚の無い声に、まるで連絡事項を伝達しているような錯覚を起こしそうだ。

「ああ、この人にまたちょっかい出したら、会社に来れなくしてやるからな」

おまけにまた私の頬っぺたを摘まんでは物騒な台詞を吐いている。洋子さんは無言で自分の物らしき車に乗り込み、こちらを見ないようにして駐車場を出ていったけれど、修司さんは今の自分の言動を理解しているのだろうか。正直私は別れた奥さんの登場よりも、本日の修司さんに度肝を抜かれて思考が止まりつつあった。

「一ノ瀬さーん、明日の客室数に変更が出たんだけど」

意識を手放しそうになったとき、ふいに背後からのんびりした主任の声が割って入った。

「おや、富沢くんのお兄さんの彼女は帰ったの?」

悪気はないのだろうがその一言に修司さんは眉間に皺を寄せ、目を爛々と輝かせていた富沢くんと咲さんは、俄然面白くなってきたと手を取り合う。私は深呼吸を繰り返してから主任の方に爪先を向けた。

「これも友人認定の弊害か…」

苦々しい呟きが耳元に落ちた後、ようやく私の頬は解放された。




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