バツイチの恋

文月 青

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怒涛の年末年始がようやく過ぎ去り、桜屋にもゆったりした時間が戻ってきた。新人さん達が仕事に慣れたのと、富沢くんと佐藤くんが冬休みの間連日出勤してくれたおかげで、それでも無理なくシフトを組めたと思う。今後はお客の入りにもよるが、交代で冬休みを取る予定だ。

「顔色が悪いみたいだけど?」」

閑散とした駐車場の前で富沢くんが立ち止まった。さすがに日常を取り戻した平日の昼間。日帰り入浴をするお客も疎らで、停まっている車は僅かに二台。そして車の色は赤とシルバー。

「ちょっと寒気がするかも」

凝っている首をぐるっと回してからコートの前を合わせる。今日は朝から調子が悪く、咳も鼻水も出ないが喉がすこぶる痛かった。体の節々も痛むので風邪をひいたのかもしれない。

「肝心なときに修兄は仕事だもんなあ。帰りにアパートに寄って貰ったら?」

心配そうに提案してくれる富沢くんに、私はゆっくりと頭を振った。

「仕事の邪魔する程の一大事じゃないよ」

修司さんの別れた奥さんが桜屋に現れた日からほぼ三週間。私は彼には会っていなかった。仕事が繁忙期に入り、不慣れながらも仲居さんの応援に回ることが決まっていたので、しばらく勤務形態が変わることを予め伝えておいたのだ。

「分かった」

二つ返事で了承した修司さんからは、その後会いに来るどころか音沙汰一つない。会社勤めの彼とはそもそも休みが重ならないし、元々クリスマスや初詣を共に過ごす間柄ではないので、私としてもそのことに当然不満は感じていない。ただ早くあの不機嫌な顔が見たいけれど。

「もしかしてあの日以来会ってないの?」

洋子さんとの一悶着の後、私達は適当に時間を潰してから四人で食事に行った。やはりというか恒例というか、翌日でも問題ない打ち合わせをするという主任の横槍はあったものの、駅に隣接されたホテルのレストランで美味しい料理に舌鼓を打った。

しかもこのレストランは富沢くんと咲さんがお見合いをした、記念すべき場所でもあるのだという。それまで年の離れた幼馴染でしかなかった二人が、恋人としての一歩を踏み出すきっかけになったのだそうだ。

「訂正しておくが、洋子からの連絡なんか待ってねーぞ」

何故かそこで仏頂面の修司さんから、スマホ持ち歩きの一件について釈明を受けたのだが、正直私は目の前のご馳走に夢中で殆ど上の空だった。

「なるほど。これは確かに友人認定の弊害ね」

ご機嫌で食事を続ける私に、咲さんと富沢くんは肩を震わせていたけれど、修司さんは諦めたように口を噤んでしまった。

「会ってないよ」

「嘘でしょ? せっかく特別な行事が目白押しだったのに」

ありえないと呆然とする富沢くんを促し、私はそれこそありえないと再び歩き出した。一月にしては暖かい日なのに、白い車がないだけで景色が寒々として見える。

「修兄もまめなタイプじゃないしね。でも本当に具合が悪くなったら、一ノ瀬さんから電話してあげてよ?」

あげてよの意味が今一つ分からなかったので、私は曖昧に笑って頷いた。




「何で電話してこないんだ、あんたは」

枕元で修司さんが怒っていた。仕事帰りに慌てて寄ってくれたのだろう。乱暴にネクタイを緩める仕草が格好いいなとみつめつつ、私はにやけそうな口元を隠すために、ベッドに横たわったまま掛け布団を引っ張った。

「しかもこれは誰からだ」

飲物やゼリーが入ったコンビニの袋を掲げる修司さん。彼がうちを訪ねてきたとき、ドアノブに下がっていたのだという。

「主任みたいです」

お昼頃に届いていたメールを読んで答える。

気が緩んでこれまでの疲れが出たのか、風邪をひいてダウンしたのは、せっかく貰った三連休の初日だった。寒気を感じた日からちょうど二日後。仕事だけは何とかやり切ったけれど、徐々に熱も上がってきていたため、帰りは主任が半ば強引に車で送ってくれたのだ。

一人暮らしでは食事もままならないだろうと、主任がお昼頃に訪ねてくれたらしいのだが、眠り込んでいた私は全く気がつかず、お見舞いの品だけを置いて帰ったとのことだった。失礼な真似をしてしまった。

「全くちょっと目を離すとこれだ」

不機嫌に洩らしながらも、修司さんはそっと私の額に手を乗せた。大きなそれに胸の中に安堵が広がる。

「まだ熱いな。薬は服んだのか…って、体調不良のくせに何を笑ってる」

たぶん熱に浮かされているせいだろう。怒られようと詰られようと、修司さんが傍にいてくれるのが嬉しくて、私は素直に本音を口にしていた。

「本物の富沢さんだと思って。あけましておめでとうございます」

「……っ!」

修司さんがとっさに手を引っ込めた。

「おめでとうじゃない。このど阿呆が」

ぷいっとそっぽを向かれる。夕方富沢くんからメールで私の不調を知らされたという修司さんは、自分に連絡がないことに憤慨しつつも、仕事帰りにわざわざ足を運んでくれたらしい。

「大袈裟です。ただの風邪ですから」

お陰で久しぶりに修司さんに会えた。富沢くんに感謝。

「元気に、してました?」

「病人のくせに喧嘩売ってんのか? ちゃんと寝てろ」

「だから大丈夫ですって」

「あんたな…」

そこで修司さんは静かにため息をついた。こちらを見下ろす双眸に湛えられているのは、一抹の淋しさだろうか。

「簡単に弱音を吐けない性分なのは分かるが、悟からあんたのことを聞かされる俺の身にもなれよ?」



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