バツイチの恋

文月 青

文字の大きさ
40 / 41
番外編

5

しおりを挟む
どのくらいの時間抱き締められていたのか分からない。嬉しさと胸苦しさをひっくるめたような不思議な安堵感と、我が身に移る修司さんの体温と匂いに、このまま離れたくないという思いが湧き上がる。好きな人と触れ合うのがこんなに満たされることを初めて知った。

「クールな修兄が。私の人生でベストスリーに入る異常光景だよ」

驚いたような女性の声にここが病院の駐車場だと思い出し、私は修司さんにしがみついたまま心持ち顔を上げた。

「頼むからその顔はやめてくれ。決壊寸前だから」

辛そうに囁いて、修司さんは何故か私を自分の背中に隠す。彼と車に挟まれるような格好になった私は、状況が全く見えなくて不安になった。

「真っ昼間っからこんなラブシーンをやらかしているのは、本当に女っ気がなかった俺の弟なのか」

次いで男性の呆然とした台詞が続いた。ということは今のは修司さんと富沢くんのお兄さん? もしかして私、もの凄く恥ずかしい上に失礼な初対面? けれどせめて挨拶だけでもと身じろぐ私を、修司さんは後ろ手で囲うようにして逃がさない。

「私の妹の結衣と、その夫で修司の兄の孝之たかゆきさんが来てるの」

訳が分からずにいる私の隣に来て、咲さんが苦笑しながら教えてくれる。

「悪いがケダモノに紹介する気はないからな。なぎが汚れる」

チッと舌打ちする修司さんに呼応するように、富沢くんが咲さんとは反対側の隣に陣取った。まるで上に人を乗せない騎馬に守られているようだ。

「その件に関しては俺も孝兄の味方はしないから。結衣に縋れよ」

辛辣な富沢くんに咲さんが申し訳なさそうに俯くと、周囲に一際楽しそうな笑い声が響いた。

「美人姉妹を手玉に取った当然の報いだわね」

「結衣! お前くらいは俺を庇え」

とりあえずこの場には富沢家の三兄弟と、田坂家の二姉妹が揃っているのだけは把握できたけれど、話の内容の方はちゃんと聞いていても理解が追いつかない。しかも美人姉妹を手玉に取ったという表現はかなり意味深…。

「うちは母さん達を省いてもカオスなんだよ」

ため息をつく修司さんの後を引き継いで、富沢くんが苦々しく吐き捨てる。

「孝兄は咲姉と結衣の両方に手を出してんの」

はい? 目を瞬く私に富沢くんが語ったことによると、元々孝之さんと咲さんはつきあっていて、別れた後にお母さん達が画策したお見合いで、今度は孝之さんと結衣さんが結ばれたのだという。しかもお見合いの前に成り行きとはいえ、孝之さんは結衣さんをその…食べてしまった、と。

「咲姉は気に病んじゃ駄目だよ。悪いのは全部孝兄だから」

優しく諭す富沢くんを気づかわし気にみつめる咲さん。まさか両家の兄弟姉妹が疎遠になったのは、お母さん達だけではなくこのことも原因なのだろうか。今日は朝からいろいろあり過ぎて、何だかもう頭が働かない。

「香姉んとこ来たんだろ? とっとと行け」

結局私は孝之さんと結衣さんに顔を合わせるどころか、言葉一つ交わすこともなく、ずっと修司さんの背中に張り付いていた。




「お夕飯、何にします?」

買物かごを手に訊ねると、修司さんはそれを私から奪ってそうだなと唸った。富沢くんと咲さんを家に送り届けた帰り、私達はうちの近所のスーパーに立ち寄っていた。自分のために食事を準備するのは億劫なのに、修司さんが食べてくれると思うと作るのが苦にならないから不思議だ。

「お肉とお魚、どっちがいいですか?」

特売コーナーに並んでいた魚のパックを取って差し出すと、修司さんはきょとんと目を丸くして、やがて空いている方の手で顔の下半分を覆った。

「会社の先輩が新婚のときにさ、日曜日に奥さんと買物に行くのが楽しいって言ってたんだ。それを聞いてスーパーなんかのどこが楽しいんだと呆れてた。どうせ荷物持ちなのにって」

慌ててかごを取り返そうとした私に、修司さんは違うというように頭を振る。

「自分のために嬉しそうに買物をする奥さんが、きっと可愛かったんだろうな。荷物を持つのさえ楽しく感じるくらい。今分かった」

やべーわ、俺。自分にこんな一面があったとは…顔を赤らめて呟く修司さんに、私は返事もできずに魚同様口をパクパクする。

そういえば二人で外食することはあっても、食材の買い出しでスーパーに一緒に来たのは初めてだ。改めて周囲を見回せば、やはり並んで商品をかごに入れる若い夫婦や、赤ちゃんを抱っこしながらカートを押す家族が、夕方の一時を彩っている。

「なぎ」

日中の結婚式の影響なのか、いつか私も修司さんと…そんな妄想に囚われかけたとき、火照りが治まったらしい彼が真顔で私の名前を呼んだ。

「身近にこんな幸せがあるなんて、全然知らなかった。たぶんあのまま香姉を想っていたら、この先もずっと」

これ美味そうだなと、私が手に持っていた魚のパックをかごに放り込み、歩くよう促して冷ケースに沿って進んでゆく。

「あんたに出会えたから、本来の自分らしくいられる」

「それは私の方で」

「他の誰に嫌われても、あんたにだけは嫌われたくない」

絶句する私に修司さんはもう一度低い声でなぎ、と呟いた。

「俺を好きになってくれて、ありがとな」

歯を食いしばって必死で涙を堪える。全部私が言いたいことばかりで、それをどう伝えればいいのか分からなくて、

「修司さんを嫌いになったときには、世界中の人を嫌いになっていますから」

以前芽生えた気持ちを絞り出したら、修司さんはあんまり俺を喜ばせるなと明後日の方を向いた。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

離婚するはずの旦那様を、なぜか看病しています

鍛高譚
恋愛
「結婚とは、貴族の義務。そこに愛など不要――」 そう割り切っていた公爵令嬢アルタイは、王命により辺境伯ベガと契約結婚することに。 お互い深入りしない仮面夫婦として過ごすはずが、ある日ベガが戦地へ赴くことになり、彼はアルタイにこう告げる。 「俺は生きて帰れる自信がない。……だから、お前を自由にしてやりたい」 あっさりと“離婚”を申し出る彼に、アルタイは皮肉めいた笑みを浮かべる。 「では、戦争が終わり、貴方が帰るまで離婚は待ちましょう。   戦地で女でも作ってきてください。そうすれば、心置きなく別れられます」 ――しかし、戦争は長引き、何年も経ったのちにようやく帰還したベガは、深い傷を負っていた。 彼を看病しながら、アルタイは自分の心が変化していることに気づく。 「早く元気になってもらわないと、離婚できませんね?」 「……本当に、離婚したいのか?」 最初は“義務”だったはずの結婚。しかし、夫婦として過ごすうちに、仮面は次第に剥がれていく。 やがて、二人の離婚を巡る噂が王宮を騒がせる中、ベガは決意を固める――。

竜帝に捨てられ病気で死んで転生したのに、生まれ変わっても竜帝に気に入られそうです

みゅー
恋愛
シーディは前世の記憶を持っていた。前世では奉公に出された家で竜帝に気に入られ寵姫となるが、竜帝は豪族と婚約すると噂され同時にシーディの部屋へ通うことが減っていった。そんな時に病気になり、シーディは後宮を出ると一人寂しく息を引き取った。 時は流れ、シーディはある村外れの貧しいながらも優しい両親の元に生まれ変わっていた。そんなある日村に竜帝が訪れ、竜帝に見つかるがシーディの生まれ変わりだと気づかれずにすむ。 数日後、運命の乙女を探すためにの同じ年、同じ日に生まれた数人の乙女たちが後宮に召集され、シーディも後宮に呼ばれてしまう。 自分が運命の乙女ではないとわかっているシーディは、とにかく何事もなく村へ帰ることだけを目標に過ごすが……。 はたして本当にシーディは運命の乙女ではないのか、今度の人生で幸せをつかむことができるのか。 短編:竜帝の花嫁 誰にも愛されずに死んだと思ってたのに、生まれ変わったら溺愛されてました を長編にしたものです。

剣士に扮した男爵令嬢は、幽居の公子の自由を願う

石月 和花
恋愛
 両親が亡くなって男爵家を叔父に乗っ取られた令嬢のアンナは、騎士だった父から受けた手解きのお陰で、剣を手に取り冒険者として日銭を稼ぎながら弟を育てていた。  そんなある日、ひょんな事から訳ありそうな冒険者ルーフェスと知り合ったのだった。  アンナは、いつも自分の事を助けてくれるルーフェスに、段々と心が惹かれていったが、彼女にはその想いを素直に認められなかった。  何故ならアンナの目標は、叔父に乗っ取られた男爵位を取り返して身分を回復し、弟に爵位を継がせる事だったから。この願いが叶うと、冒険者のルーフェスとは会えなくなるのだ。  貴族の身分を取り戻したい気持ちと、冒険者としてルーフェスの隣に居たい気持ちの間で悩み葛藤するそんな中で、アンナはルーフェスの重大な秘密を知ってしまうのであった…… ## ファンタジー小説大賞にエントリーしています。気に入って頂けましたら、応援よろしくお願いします! ## この話は、別タイトルで小説家になろうでも掲載しています。

有能女官の赴任先は辺境伯領

たぬきち25番
恋愛
お気に入り1000ありがとうございます!! お礼SS追加決定のため終了取下げいたします。 皆様、お気に入り登録ありがとうございました。 現在、お礼SSの準備中です。少々お待ちください。 辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26) ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。 そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。 そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。   だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。 仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!? そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく…… ※お待たせしました。 ※他サイト様にも掲載中

田舎暮らしの貧乏令嬢、幽閉王子のお世話係になりました〜七年後の殿下が甘すぎるのですが!〜

侑子
恋愛
「リーシャ。僕がどれだけ君に会いたかったかわかる? 一人前と認められるまで魔塔から出られないのは知っていたけど、まさか七年もかかるなんて思っていなくて、リーシャに会いたくて死ぬかと思ったよ」  十五歳の時、父が作った借金のために、いつ魔力暴走を起こすかわからない危険な第二王子のお世話係をしていたリーシャ。  弟と同じ四つ年下の彼は、とても賢くて優しく、可愛らしい王子様だった。  お世話をする内に仲良くなれたと思っていたのに、彼はある日突然、世界最高の魔法使いたちが集うという魔塔へと旅立ってしまう。  七年後、二十二歳になったリーシャの前に現れたのは、成長し、十八歳になって成人した彼だった!  以前とは全く違う姿に戸惑うリーシャ。  その上、七年も音沙汰がなかったのに、彼は昔のことを忘れていないどころか、とんでもなく甘々な態度で接してくる。  一方、自分の息子ではない第二王子を疎んで幽閉状態に追い込んでいた王妃は、戻ってきた彼のことが気に入らないようで……。

今宵、薔薇の園で

天海月
恋愛
早世した母の代わりに妹たちの世話に励み、婚期を逃しかけていた伯爵家の長女・シャーロットは、これが最後のチャンスだと思い、唐突に持ち込まれた気の進まない婚約話を承諾する。 しかし、一か月も経たないうちに、その話は先方からの一方的な申し出によって破談になってしまう。 彼女は藁にもすがる思いで、幼馴染の公爵アルバート・グレアムに相談を持ち掛けるが、新たな婚約者候補として紹介されたのは彼の弟のキースだった。 キースは長年、シャーロットに思いを寄せていたが、遠慮して距離を縮めることが出来ないでいた。 そんな弟を見かねた兄が一計を図ったのだった。 彼女はキースのことを弟のようにしか思っていなかったが、次第に彼の情熱に絆されていく・・・。

イケメン警視、アルバイトで雇った恋人役を溺愛する。

楠ノ木雫
恋愛
 蒸発した母の借金を擦り付けられた主人公瑠奈は、お見合い代行のアルバイトを受けた。だが、そのお見合い相手、矢野湊に借金の事を見破られ3ヶ月間恋人役を務めるアルバイトを提案された。瑠奈はその報酬に飛びついたが……

見た目は子供、頭脳は大人。 公爵令嬢セリカ

しおしお
恋愛
四歳で婚約破棄された“天才幼女”―― 今や、彼女を妻にしたいと王子が三人。 そして隣国の国王まで参戦!? 史上最大の婿取り争奪戦が始まる。 リュミエール王国の公爵令嬢セリカ・ディオールは、幼い頃に王家から婚約破棄された。 理由はただひとつ。 > 「幼すぎて才能がない」 ――だが、それは歴史に残る大失策となる。 成長したセリカは、領地を空前の繁栄へ導いた“天才”として王国中から称賛される存在に。 灌漑改革、交易路の再建、魔物被害の根絶…… 彼女の功績は、王族すら遠く及ばないほど。 その名声を聞きつけ、王家はざわついた。 「セリカに婿を取らせる」 父であるディオール公爵がそう発表した瞬間―― なんと、三人の王子が同時に立候補。 ・冷静沈着な第一王子アコード ・誠実温和な第二王子セドリック ・策略家で負けず嫌いの第三王子シビック 王宮は“セリカ争奪戦”の様相を呈し、 王子たちは互いの足を引っ張り合う始末。 しかし、混乱は国内だけでは終わらなかった。 セリカの名声は国境を越え、 ついには隣国の―― 国王まで本人と結婚したいと求婚してくる。 「天才で可愛くて領地ごと嫁げる?  そんな逸材、逃す手はない!」 国家の威信を賭けた婿争奪戦は、ついに“国VS国”の大騒動へ。 当の本人であるセリカはというと―― 「わたし、お嫁に行くより……お昼寝のほうが好きなんですの」 王家が焦り、隣国がざわめき、世界が動く。 しかしセリカだけはマイペースにスイーツを作り、お昼寝し、領地を救い続ける。 これは―― 婚約破棄された天才令嬢が、 王国どころか国家間の争奪戦を巻き起こしながら 自由奔放に世界を変えてしまう物語。

処理中です...