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番外編
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どのくらいの時間抱き締められていたのか分からない。嬉しさと胸苦しさをひっくるめたような不思議な安堵感と、我が身に移る修司さんの体温と匂いに、このまま離れたくないという思いが湧き上がる。好きな人と触れ合うのがこんなに満たされることを初めて知った。
「クールな修兄が。私の人生でベストスリーに入る異常光景だよ」
驚いたような女性の声にここが病院の駐車場だと思い出し、私は修司さんにしがみついたまま心持ち顔を上げた。
「頼むからその顔はやめてくれ。決壊寸前だから」
辛そうに囁いて、修司さんは何故か私を自分の背中に隠す。彼と車に挟まれるような格好になった私は、状況が全く見えなくて不安になった。
「真っ昼間っからこんなラブシーンをやらかしているのは、本当に女っ気がなかった俺の弟なのか」
次いで男性の呆然とした台詞が続いた。ということは今のは修司さんと富沢くんのお兄さん? もしかして私、もの凄く恥ずかしい上に失礼な初対面? けれどせめて挨拶だけでもと身じろぐ私を、修司さんは後ろ手で囲うようにして逃がさない。
「私の妹の結衣と、その夫で修司の兄の孝之さんが来てるの」
訳が分からずにいる私の隣に来て、咲さんが苦笑しながら教えてくれる。
「悪いがケダモノに紹介する気はないからな。なぎが汚れる」
チッと舌打ちする修司さんに呼応するように、富沢くんが咲さんとは反対側の隣に陣取った。まるで上に人を乗せない騎馬に守られているようだ。
「その件に関しては俺も孝兄の味方はしないから。結衣に縋れよ」
辛辣な富沢くんに咲さんが申し訳なさそうに俯くと、周囲に一際楽しそうな笑い声が響いた。
「美人姉妹を手玉に取った当然の報いだわね」
「結衣! お前くらいは俺を庇え」
とりあえずこの場には富沢家の三兄弟と、田坂家の二姉妹が揃っているのだけは把握できたけれど、話の内容の方はちゃんと聞いていても理解が追いつかない。しかも美人姉妹を手玉に取ったという表現はかなり意味深…。
「うちは母さん達を省いてもカオスなんだよ」
ため息をつく修司さんの後を引き継いで、富沢くんが苦々しく吐き捨てる。
「孝兄は咲姉と結衣の両方に手を出してんの」
はい? 目を瞬く私に富沢くんが語ったことによると、元々孝之さんと咲さんはつきあっていて、別れた後にお母さん達が画策したお見合いで、今度は孝之さんと結衣さんが結ばれたのだという。しかもお見合いの前に成り行きとはいえ、孝之さんは結衣さんをその…食べてしまった、と。
「咲姉は気に病んじゃ駄目だよ。悪いのは全部孝兄だから」
優しく諭す富沢くんを気づかわし気にみつめる咲さん。まさか両家の兄弟姉妹が疎遠になったのは、お母さん達だけではなくこのことも原因なのだろうか。今日は朝からいろいろあり過ぎて、何だかもう頭が働かない。
「香姉んとこ来たんだろ? とっとと行け」
結局私は孝之さんと結衣さんに顔を合わせるどころか、言葉一つ交わすこともなく、ずっと修司さんの背中に張り付いていた。
「お夕飯、何にします?」
買物かごを手に訊ねると、修司さんはそれを私から奪ってそうだなと唸った。富沢くんと咲さんを家に送り届けた帰り、私達はうちの近所のスーパーに立ち寄っていた。自分のために食事を準備するのは億劫なのに、修司さんが食べてくれると思うと作るのが苦にならないから不思議だ。
「お肉とお魚、どっちがいいですか?」
特売コーナーに並んでいた魚のパックを取って差し出すと、修司さんはきょとんと目を丸くして、やがて空いている方の手で顔の下半分を覆った。
「会社の先輩が新婚のときにさ、日曜日に奥さんと買物に行くのが楽しいって言ってたんだ。それを聞いてスーパーなんかのどこが楽しいんだと呆れてた。どうせ荷物持ちなのにって」
慌ててかごを取り返そうとした私に、修司さんは違うというように頭を振る。
「自分のために嬉しそうに買物をする奥さんが、きっと可愛かったんだろうな。荷物を持つのさえ楽しく感じるくらい。今分かった」
やべーわ、俺。自分にこんな一面があったとは…顔を赤らめて呟く修司さんに、私は返事もできずに魚同様口をパクパクする。
そういえば二人で外食することはあっても、食材の買い出しでスーパーに一緒に来たのは初めてだ。改めて周囲を見回せば、やはり並んで商品をかごに入れる若い夫婦や、赤ちゃんを抱っこしながらカートを押す家族が、夕方の一時を彩っている。
「なぎ」
日中の結婚式の影響なのか、いつか私も修司さんと…そんな妄想に囚われかけたとき、火照りが治まったらしい彼が真顔で私の名前を呼んだ。
「身近にこんな幸せがあるなんて、全然知らなかった。たぶんあのまま香姉を想っていたら、この先もずっと」
これ美味そうだなと、私が手に持っていた魚のパックをかごに放り込み、歩くよう促して冷ケースに沿って進んでゆく。
「あんたに出会えたから、本来の自分らしくいられる」
「それは私の方で」
「他の誰に嫌われても、あんたにだけは嫌われたくない」
絶句する私に修司さんはもう一度低い声でなぎ、と呟いた。
「俺を好きになってくれて、ありがとな」
歯を食いしばって必死で涙を堪える。全部私が言いたいことばかりで、それをどう伝えればいいのか分からなくて、
「修司さんを嫌いになったときには、世界中の人を嫌いになっていますから」
以前芽生えた気持ちを絞り出したら、修司さんはあんまり俺を喜ばせるなと明後日の方を向いた。
「クールな修兄が。私の人生でベストスリーに入る異常光景だよ」
驚いたような女性の声にここが病院の駐車場だと思い出し、私は修司さんにしがみついたまま心持ち顔を上げた。
「頼むからその顔はやめてくれ。決壊寸前だから」
辛そうに囁いて、修司さんは何故か私を自分の背中に隠す。彼と車に挟まれるような格好になった私は、状況が全く見えなくて不安になった。
「真っ昼間っからこんなラブシーンをやらかしているのは、本当に女っ気がなかった俺の弟なのか」
次いで男性の呆然とした台詞が続いた。ということは今のは修司さんと富沢くんのお兄さん? もしかして私、もの凄く恥ずかしい上に失礼な初対面? けれどせめて挨拶だけでもと身じろぐ私を、修司さんは後ろ手で囲うようにして逃がさない。
「私の妹の結衣と、その夫で修司の兄の孝之さんが来てるの」
訳が分からずにいる私の隣に来て、咲さんが苦笑しながら教えてくれる。
「悪いがケダモノに紹介する気はないからな。なぎが汚れる」
チッと舌打ちする修司さんに呼応するように、富沢くんが咲さんとは反対側の隣に陣取った。まるで上に人を乗せない騎馬に守られているようだ。
「その件に関しては俺も孝兄の味方はしないから。結衣に縋れよ」
辛辣な富沢くんに咲さんが申し訳なさそうに俯くと、周囲に一際楽しそうな笑い声が響いた。
「美人姉妹を手玉に取った当然の報いだわね」
「結衣! お前くらいは俺を庇え」
とりあえずこの場には富沢家の三兄弟と、田坂家の二姉妹が揃っているのだけは把握できたけれど、話の内容の方はちゃんと聞いていても理解が追いつかない。しかも美人姉妹を手玉に取ったという表現はかなり意味深…。
「うちは母さん達を省いてもカオスなんだよ」
ため息をつく修司さんの後を引き継いで、富沢くんが苦々しく吐き捨てる。
「孝兄は咲姉と結衣の両方に手を出してんの」
はい? 目を瞬く私に富沢くんが語ったことによると、元々孝之さんと咲さんはつきあっていて、別れた後にお母さん達が画策したお見合いで、今度は孝之さんと結衣さんが結ばれたのだという。しかもお見合いの前に成り行きとはいえ、孝之さんは結衣さんをその…食べてしまった、と。
「咲姉は気に病んじゃ駄目だよ。悪いのは全部孝兄だから」
優しく諭す富沢くんを気づかわし気にみつめる咲さん。まさか両家の兄弟姉妹が疎遠になったのは、お母さん達だけではなくこのことも原因なのだろうか。今日は朝からいろいろあり過ぎて、何だかもう頭が働かない。
「香姉んとこ来たんだろ? とっとと行け」
結局私は孝之さんと結衣さんに顔を合わせるどころか、言葉一つ交わすこともなく、ずっと修司さんの背中に張り付いていた。
「お夕飯、何にします?」
買物かごを手に訊ねると、修司さんはそれを私から奪ってそうだなと唸った。富沢くんと咲さんを家に送り届けた帰り、私達はうちの近所のスーパーに立ち寄っていた。自分のために食事を準備するのは億劫なのに、修司さんが食べてくれると思うと作るのが苦にならないから不思議だ。
「お肉とお魚、どっちがいいですか?」
特売コーナーに並んでいた魚のパックを取って差し出すと、修司さんはきょとんと目を丸くして、やがて空いている方の手で顔の下半分を覆った。
「会社の先輩が新婚のときにさ、日曜日に奥さんと買物に行くのが楽しいって言ってたんだ。それを聞いてスーパーなんかのどこが楽しいんだと呆れてた。どうせ荷物持ちなのにって」
慌ててかごを取り返そうとした私に、修司さんは違うというように頭を振る。
「自分のために嬉しそうに買物をする奥さんが、きっと可愛かったんだろうな。荷物を持つのさえ楽しく感じるくらい。今分かった」
やべーわ、俺。自分にこんな一面があったとは…顔を赤らめて呟く修司さんに、私は返事もできずに魚同様口をパクパクする。
そういえば二人で外食することはあっても、食材の買い出しでスーパーに一緒に来たのは初めてだ。改めて周囲を見回せば、やはり並んで商品をかごに入れる若い夫婦や、赤ちゃんを抱っこしながらカートを押す家族が、夕方の一時を彩っている。
「なぎ」
日中の結婚式の影響なのか、いつか私も修司さんと…そんな妄想に囚われかけたとき、火照りが治まったらしい彼が真顔で私の名前を呼んだ。
「身近にこんな幸せがあるなんて、全然知らなかった。たぶんあのまま香姉を想っていたら、この先もずっと」
これ美味そうだなと、私が手に持っていた魚のパックをかごに放り込み、歩くよう促して冷ケースに沿って進んでゆく。
「あんたに出会えたから、本来の自分らしくいられる」
「それは私の方で」
「他の誰に嫌われても、あんたにだけは嫌われたくない」
絶句する私に修司さんはもう一度低い声でなぎ、と呟いた。
「俺を好きになってくれて、ありがとな」
歯を食いしばって必死で涙を堪える。全部私が言いたいことばかりで、それをどう伝えればいいのか分からなくて、
「修司さんを嫌いになったときには、世界中の人を嫌いになっていますから」
以前芽生えた気持ちを絞り出したら、修司さんはあんまり俺を喜ばせるなと明後日の方を向いた。
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