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5章「忘れ去られた都」
かつてのとある追憶
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―いつだったか、【罪の都】にまだ人々が住んでいたころ。
…この都は地上に居場所を失った人々にしか入り口を開かず、都に暮らす人数はそれなりに多かったものの賑やかさやカラフルさ、雑多さとは無縁な世界だった。
造りの粗雑さは相変わらずだが、それぞれ調度品の類はきちんと整えられていて生活感を窺わせる。
そんな地下街のとある片隅にある篝火の傍に黒髪青目の青年―スコールはいた。
向かい側には鈍い銀色の全身鎧を纏った人物がいる。
その人物が口を開いた。
「スコール、貴方はまだ―――を追っているのですか?…まあ私も人の事は言えませんが」
厳つい鎧を纏ったその外見に反して、声音も口調も穏やかだった。
スコールは頷き、木の棒で地面に文字を書き始めた。
『――――を全て殺さない限り、俺たち罪人は本当に救われることはない。そうだろう?』
忌々しげに、両の手首に嵌められた暗赤色の石でできた細身の枷を一瞥する。
「それは事実ですから、私も異議を唱える気はありません。でも先の未来、また違った救いが訪れるかもしれませんよ。……これだけは断言できることでもありません。私の願望の様なものです」
彼は一旦言葉を切り、また続けた。
「貴方は他人に対して決して心を開くことがない。恐らく私にも本当の意味では信頼をおいてはいないのでしょう。それにとやかく言うつもりはありません。が…
いつかは貴方という存在自体を認め、本気で受け入れてくれる人達が現れるはずです。その時は彼らの信頼に応えられるように努力した方がいいと私は思います」
そんなことを言った。
『…………アンリ、お前はこれからどうするんだ?』
一つ頷き、話題を変える。
「私は――――の内の1人を追おうと思っています。どれだけかかるかは分かりませんが、成し遂げてみせます」
アンリと呼ばれた鎧姿の人物は覚悟を感じさせる声でそう答えた。
「貴方は?」
『俺は俺で――――を追う。せめて1人ぐらい居場所を掴んでおかないとな』
「そうですか」
僅かに揺れ動く2人の感情に反応したのか、無意識下で生成された小さな血晶の欠片の群はゆらゆらと自らの意思を持つかの如く流動している。
ぱちぱちと燃える篝火の光を反射して深い紅に輝き、それらはある種の美しさを醸し出していた。
――目の前にいるアンリも、自分も「罪人」の中の1人である。
血晶精霊族の街からも追放されたことで一番の帰る場すら奪われ、幾度も手酷い裏切りと侮蔑を受け、訪れた街を追放され続けた結果、いつしか自分は心から人を信頼するということができなくなってしまった。
記憶も既にここ数年のもの以外はっきりしていない。涙もとうの昔に枯れ果て、笑うことも満足にできるかどうかすらもう怪しい。自分が喋ることができなくなったのも最初の裏切り者に盛られた毒と邪なる神によって、である。
―それなのに…………
それ以上の思考の先がフェードアウトしてゆき、活発な光が無く感情の深みに沈んだ青い双眸を薄暗い空間にぼんやりと彷徨わせる。
「もう休みましょう。気を張り詰めすぎているのもいけません」
不意にアンリが言い出した。それに異論はなかったので、頷く。
目を閉じて暫くすると、意識は途切れて眠りへと落ちていった。
…街にいる罪人たちは各々の目的を果たすため少しずつどこかへと去ってゆき、また元々街にいた人々も様々な理由で少しずつ減っていった。そしていつの間にかこの地下街は時間の手によって床には調度品の類が散乱し、かつて生きていたであろうミイラの様に干からびた誰かの死体がちらほらと見受けられる朽ち果てた廃墟に変わり果ててしまったが、所々に存在する篝火だけは赤い炎を絶やすことなく灯し続けている。誰の手が加わらずとも。
いつかまた誰かが訪れるのを待っているかのように…。
…
――俺は今、どうしたらいいのか判断がつかない。
隣を歩いているのは2人の「恩人」。
1人は古代の国の高級軍人らしい黒い軍服一式を纏い、もう1人は純白に鈍い銀色で飾りが施された「氷雪」の印象を見る者にもたらすような服を纏っている。あの見た目で氷だけでなく炎も支配できるらしいが。
最初に顔を合わせた時から彼ら5人、特に黒い軍服を纏った青年―ヒビキ、という名らしい―は決して侮ってはいけないと直感で理解した。…ある意味、精神に大きな歪みを秘めた「似た者同士」の共感とも言えるものだったが。
彼らには堕ちた森妖精の奴らに追われていたところを助けてもらったのだが。
信頼していいのか、するべきではないのか。未だに判断がつかずにいる。
…「彼らもいつかまた裏切るのではないか」?
そんな猜疑心とも呼べる感情が心の奥底に深く根を張っていて、時折その鎌首をもたげてくるのだ。
端的に言ってしまえば「信頼したとしてもそれを裏切られるのが怖い」…これを聞けば臆病者と罵る者がいるかもしれない。でも裏切られる度に行き場と、帰る場所を失い続け、彷徨い続けた結果【罪の都】に受け入れられた。
アンリが前に言ったことは間違っていないと理屈では分かっている。しかし、奥底に棲みついた歪んだ部分の感情がそれを許容しない。
過去と言う名の凍てついた氷の茨が、じくじくと精神を苛み「全てを忘れ去って逃げる」ことを決して許さない。
…この2人を信じていいのか、否か。
まだその答えは見つかりそうにない。
…この都は地上に居場所を失った人々にしか入り口を開かず、都に暮らす人数はそれなりに多かったものの賑やかさやカラフルさ、雑多さとは無縁な世界だった。
造りの粗雑さは相変わらずだが、それぞれ調度品の類はきちんと整えられていて生活感を窺わせる。
そんな地下街のとある片隅にある篝火の傍に黒髪青目の青年―スコールはいた。
向かい側には鈍い銀色の全身鎧を纏った人物がいる。
その人物が口を開いた。
「スコール、貴方はまだ―――を追っているのですか?…まあ私も人の事は言えませんが」
厳つい鎧を纏ったその外見に反して、声音も口調も穏やかだった。
スコールは頷き、木の棒で地面に文字を書き始めた。
『――――を全て殺さない限り、俺たち罪人は本当に救われることはない。そうだろう?』
忌々しげに、両の手首に嵌められた暗赤色の石でできた細身の枷を一瞥する。
「それは事実ですから、私も異議を唱える気はありません。でも先の未来、また違った救いが訪れるかもしれませんよ。……これだけは断言できることでもありません。私の願望の様なものです」
彼は一旦言葉を切り、また続けた。
「貴方は他人に対して決して心を開くことがない。恐らく私にも本当の意味では信頼をおいてはいないのでしょう。それにとやかく言うつもりはありません。が…
いつかは貴方という存在自体を認め、本気で受け入れてくれる人達が現れるはずです。その時は彼らの信頼に応えられるように努力した方がいいと私は思います」
そんなことを言った。
『…………アンリ、お前はこれからどうするんだ?』
一つ頷き、話題を変える。
「私は――――の内の1人を追おうと思っています。どれだけかかるかは分かりませんが、成し遂げてみせます」
アンリと呼ばれた鎧姿の人物は覚悟を感じさせる声でそう答えた。
「貴方は?」
『俺は俺で――――を追う。せめて1人ぐらい居場所を掴んでおかないとな』
「そうですか」
僅かに揺れ動く2人の感情に反応したのか、無意識下で生成された小さな血晶の欠片の群はゆらゆらと自らの意思を持つかの如く流動している。
ぱちぱちと燃える篝火の光を反射して深い紅に輝き、それらはある種の美しさを醸し出していた。
――目の前にいるアンリも、自分も「罪人」の中の1人である。
血晶精霊族の街からも追放されたことで一番の帰る場すら奪われ、幾度も手酷い裏切りと侮蔑を受け、訪れた街を追放され続けた結果、いつしか自分は心から人を信頼するということができなくなってしまった。
記憶も既にここ数年のもの以外はっきりしていない。涙もとうの昔に枯れ果て、笑うことも満足にできるかどうかすらもう怪しい。自分が喋ることができなくなったのも最初の裏切り者に盛られた毒と邪なる神によって、である。
―それなのに…………
それ以上の思考の先がフェードアウトしてゆき、活発な光が無く感情の深みに沈んだ青い双眸を薄暗い空間にぼんやりと彷徨わせる。
「もう休みましょう。気を張り詰めすぎているのもいけません」
不意にアンリが言い出した。それに異論はなかったので、頷く。
目を閉じて暫くすると、意識は途切れて眠りへと落ちていった。
…街にいる罪人たちは各々の目的を果たすため少しずつどこかへと去ってゆき、また元々街にいた人々も様々な理由で少しずつ減っていった。そしていつの間にかこの地下街は時間の手によって床には調度品の類が散乱し、かつて生きていたであろうミイラの様に干からびた誰かの死体がちらほらと見受けられる朽ち果てた廃墟に変わり果ててしまったが、所々に存在する篝火だけは赤い炎を絶やすことなく灯し続けている。誰の手が加わらずとも。
いつかまた誰かが訪れるのを待っているかのように…。
…
――俺は今、どうしたらいいのか判断がつかない。
隣を歩いているのは2人の「恩人」。
1人は古代の国の高級軍人らしい黒い軍服一式を纏い、もう1人は純白に鈍い銀色で飾りが施された「氷雪」の印象を見る者にもたらすような服を纏っている。あの見た目で氷だけでなく炎も支配できるらしいが。
最初に顔を合わせた時から彼ら5人、特に黒い軍服を纏った青年―ヒビキ、という名らしい―は決して侮ってはいけないと直感で理解した。…ある意味、精神に大きな歪みを秘めた「似た者同士」の共感とも言えるものだったが。
彼らには堕ちた森妖精の奴らに追われていたところを助けてもらったのだが。
信頼していいのか、するべきではないのか。未だに判断がつかずにいる。
…「彼らもいつかまた裏切るのではないか」?
そんな猜疑心とも呼べる感情が心の奥底に深く根を張っていて、時折その鎌首をもたげてくるのだ。
端的に言ってしまえば「信頼したとしてもそれを裏切られるのが怖い」…これを聞けば臆病者と罵る者がいるかもしれない。でも裏切られる度に行き場と、帰る場所を失い続け、彷徨い続けた結果【罪の都】に受け入れられた。
アンリが前に言ったことは間違っていないと理屈では分かっている。しかし、奥底に棲みついた歪んだ部分の感情がそれを許容しない。
過去と言う名の凍てついた氷の茨が、じくじくと精神を苛み「全てを忘れ去って逃げる」ことを決して許さない。
…この2人を信じていいのか、否か。
まだその答えは見つかりそうにない。
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