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7章「叡智神の匣と天狼族」
紅珠神殿【表層】
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―宿屋の端にあるソファに少女と向かい合って座る。青年はその隣に寝かされていた。
「私は創造の女神の【神器】を奉るここから離れた位置にある国の王族だった者です。国は暫く前に唐突に攻め込んできた吸血鬼どもに滅ぼされ、王―お父様から託された【神器】をもって一人逃げてきました。ある街の近くでこの人と会ったのです」
そういって少女はその手に持っていた【神器】を静かに机に置く。蒼いキューブを抱くように施された美しい翼の装飾は、見る者を引き込むある種の魔的な美しさがある。
「彼もまた【神器】を持つ―それも3つも持っていました。そのうちの一つが先ほどお話しした「黄昏の神眼」です。何故3つも【神器】を持っているのか聞いても、記憶を失っているみたいで何もわかりませんでした」
「……おいちょっと待て、記憶喪失だと?」
しれっと結構とんでもないことーそれも少女自身のことではなく横の青年の事―を暴露した彼女を唖然として見る。
「…本当です。ここまで短い逃避行でしたがほとんど何も覚えていないようです」
「…それは本人が起きたら聞いてみるか」
取りあえず脱線しかけた話を軌道修正する。
「で、俺らに何をしてほしい?」
「…何を、ですか?」
「……何か手伝ってもらいてぇんだろ?手伝うかどうかは内容によるが」
「…………」
少女は暫く黙っていたが、やがて話し始めた。
「実は私の国の他にも奴らに滅ぼされた【神器】を奉る国はあって、ほとんどが奴らに奪われてしまいました。創造の女神ミューズの神器はここにありますから、また奴らはこれも狙いに来ると思います。
……奪われた神器を取り返すのを手伝ってほしいのです」
「こりゃまた、そんな重要な事を頼んできていいのか?俺はお前からみりゃあ、素性の知れない冒険者だぜ?」
「いや、理由はいくつかあるんです」
「ほお?」
「まず【神器】内で力の強弱はあれどそのどれもこれもが普通の魔導具とは段違いの魔力を宿していて、未熟者がうっかり触りでもしたら大変な事にー最悪死亡します。
次に【神器】は奴らの本拠地にまとめて置かれているらしいのです。
最後に、貴方の種族を見て私は腹を決めました。―……【魔導機人族】さん」
唐突に言われ、ヒビキの目が警戒の色を帯びる。この世界の住人たちは【魔導機人族】の名前は知れどもその詳しい種族特徴まで知っている者はいままでほぼ皆無だったのだ。
「神の魔力と親和性の高い種族なら、もしかしたらと思ったまでです」
「何故俺らが【魔導機人族】だと分かった?」
「昔、城の禁書庫で見つけた古代の古文書にありました。非常に記述が少なく、苦労しましたが」
「……………そうか。どうせ欲深な吸血鬼どもだけは狩りつくすつもりだし、根絶やしにしてやる」
ユリィがギルドに出した「(今現在活発に陰謀事に動いている)吸血鬼の討伐依頼」は見事に功を奏しているが、本拠地までは分かっていない。もしかすれば「匣」の件が片付くまでに済むかもしれない。
その後も暫く話し合った後、24時間営業の宿屋のカウンターで2人部屋を取り、青年と少女を部屋に送ってからヒビキも部屋に戻ってまた寝た。
…
――古代に機械の国有れり。
一つ、炎、水、氷、風、大地、光、闇の7大精霊に愛され、
一つ、他の国に誇りえる程の技巧を有し、
一つ、民は長の元に固く団結せり。
彼の国、死人を人形として神を其の人形に宿せり。
その後、彼の国は滅ぼされん。
しかしして其の人形らは姿眩ませる。
其が彼らの意思か否か、真実は闇の中。
神の欠片たる神器は大陸に散らばれり。
物質に宿れるものありけり。又、人身に宿れるものもあり。
人身に宿りし神器、彼の宿主に尋常ならぬ力を与えん。
黄昏の眼持つ者、永遠の旅人なり。
彼の者、記憶を失い、永遠を生きる者。
…………
――出典:『古代神世記』第2章「機械の国エクスマキナ」冒頭
…
――次の日の朝。5人を集め、ヒビキは昨夜起きたことの一部始終をかいつまんで話す。
「神の魔力を宿す魔導具【神器】…これはまた強烈なものが出てきましたね」
「…そいつはまだ目を覚まさないのか?」
「……ああ」
「ならオレがここに残っとくわ」
「…構わないのか?」
「どうせ残る奴は必要だし、護りに長けたのを残した方がいいだろ」
ルキの表情に不満はなさそうだ。
「…ならいいが」
ヒビキは今度はカイとスコール、レイヴン&ヴィントに向き直る。
「じゃ、行くか」
『……ああ』
「ですね」
「了解だよー」
「だな」
武装万端の彼らと共に、ルミノ村を出発する。向かうはとある山に内包されたダンジョン【融雪の紅珠殿】。
乾いた風を切りながら、残雪の道を疾走する。
―あまり時間もかかることなく、山の中腹あたりにぽっかりと口を開ける石造りの入り口の前に辿り着いた。この時間にもかかわらず、冒険者とみられる幾つかのパーティの姿がある。
暗闇に包まれた石造りの入り口の向こう側を一瞥し、右の傍に設置されたダンジョンである事を示す複雑な幾何学模様の刻まれた青い石の柱をコンと叩く。するとダンジョン詳細を示すウィンドウが音も無く開いた。
【ダンジョン詳細】融雪の紅珠殿
『ダンジョン属性』
メイン属性:氷、サブ属性:聖、大地
『難易度』
☆9
『階層』
全2階層
『出現モンスター系統&レベル帯』
・氷製モンスター全般【500~610】
・ゴーレム系統【400~700】
『他備考』
・***を所持するNPCをパーティに入れている場合、イベント発生
・氷耐性が一定以下の場合、ダンジョン内で一秒ごとに一定ダメージ(防御力無視)
「ああそうか、氷冷があった…といっても、問題はないみたいだが」
一瞬硬直した後、メンバーのステータスを思い出して復活するヒビキ。ここにいる5人は大丈夫だが、雪山や火山などの極端な気候の中にあるダンジョンは油断ならないのだ。
ウィンドウを消し、薄暗い回廊へと5人連れだって歩を進ませる。
――まともな光源は壁に等間隔に埋め込まれた紅い光精石のみ。光源自体が赤い所為で全体的に赤い光に満ちている回廊を黙りこくったまま、足音だけを響かせ歩く。
足元に散乱する骨は過去にこの神殿に挑戦した者たちの残骸であろうか。見知らぬ過去の他人の残骸に感慨を抱くことも無く。ただ奥を目指…………そうとするが、スコールが後ろから追いすがってくる多数の存在を察知した。ほぼ同時に、レイヴンの共感覚もその存在を感知した。
『…………敵だ。これは…アンデッドの気配だな』
「ヴィント、D182935」
「だね~、どうする?」
「【解析】してみます」
カイがそう言って入り口の方からひたひたと迫ってくる多数の影に向けて【解析】をかける。
それとほぼ同時に、影の先頭にいた者がやかましい音量で叫んだ。
「あー、見つけましたよぉぉぉおおおおおお!!」
『なんだあの喧しい奴は』
「…確か、吸血鬼の長についている科学者だという噂だよ」
「…………ッ!?」
ヴィントは、げっ、と言いたげな顔をしている。レイヴンは一瞬ふらりとよろけたがすぐ立ち直った。だが顔色が若干悪い。影はカイの【解析】曰く、屍典と呼ばれる魔法をかけられ無理矢理動かされている死体らしい。
当のマッドサイエンティストこと吸血鬼科学者が、また叫ぶ。
「何だか余計な人間が数人増えているようですが、関係ないでしょう。やっておしまいなさい!」
「…………うるせぇな。殺っていいか?」
小声でヒビキが隣にいたヴィントに訊く。
「うるさいし、いいよ。何よりレイヴンがきつそうだし。正直俺もきついけど…」
曰く、聴覚が鋭い故に不快騒音がとても嫌いらしい。レイヴンは共感覚が強いため、ヴィントより影響を受けやすいそうだ。狼耳もぺたんと伏せているところを見て、相当らしい。
『後ろの屍典は俺がやろうか?』
「ああ、頼む」
漆黒に紅い竜鱗模様のコートを翻し、ヒビキの姿が掻き消えた。同時に、パキパキと音を立てて生成された鋭く光る血晶の短剣群が一直線に空を飛ぶ。
次の瞬間、白衣を纏った吸血鬼の胴体が真っ二つに断ち切られ、後ろにいた屍典を残らず血晶の短剣が貫通する。しかし、カーソルによると屍典のHPはまだ尽きていない。床に倒れ、体の各所に風穴を開けられても這いずって迫ってこようとする。
「もー、しぶといですね」
カイが【闇王剣】を構えて前に出る。今まであまり戦えずに溜まっていた鬱憤を晴らすように、刀身に最大まで込められた魔力を使い切る勢いで剣を振り下ろす。断魔剣者の十八番たる一撃滅殺チャージショット攻撃は屍典を残さず消し飛ばし、勢い余って入り口に張られたダンジョン結界に衝突してそれを大きく揺らがせてからようやく止まった。
「さて、行きましょうか」
多少すっきりした顔でカイが身を翻す。
…邪魔なモンスターは氷だろうがモンスターだろうが斬り飛ばしながら先へ進む。暫く進むと、妙な場所に行き当たった。中ぐらいの広さの部屋なのだが、人を象った氷の像がいくつも脇に並んでいる。
「………………??」
【危機感知】や【解析】も氷の像には反応していない。だがヒビキはその像のうちの一つを穴が開くほどじっと観察している。何故観察しているのかというと、一つ気にかかることがあったからだ。
「カイ」
「はい?」
「この像、炎で溶かせるか?」
「…………………成程です」
『……そういうことか』
「……………………??」
「そういうことだ」
ヒビキはこれらの氷像が、プレイヤーを含めた冒険者が固められたモノではないかと危惧しているのだ。単なる気のせいで済めばそれでいいが、そうでなければ大変なことになる。カイが炎の精霊を呼んで至極小さな火種を貰い、部屋の中央で盛大に魔力と炎精石で強化された焚火を始めた。大きな炎の熱に負け、氷像の氷が融け始める。そして数分経つとヒビキが危惧したとおり、中からプレイヤーが転がり出てきた。
「けほっ、げほっ、酷い目に遭った…助けてくれてありがとう」
彼らの顔色はかなり悪い。HPもMPも半分を割り込んでいた。
…焚火の横で、カイがアイテムボックスから調理器具を取り出し簡単なスープを作り始めた。【蒼穹】内で最も【調理】スキルが高いのはユリィだが、他のメンバーも手が込んでいないものなら作ることができる。
「何であんなところで氷の像にされていたんだ?」
「それはな…」
プレイヤーの一人が話し始めた。何でもこの部屋に辿り着いて数体の氷モンスターとエンカウントして戦っていたが、モンスターをあらかた片付けたところに妙なモンスターが乱入してきた。氷でできた体に雪飾りを纏ったゴーレムで、普通のゴーレムにはない紅い氷の篭手をつけていた。明らかにレアモンスターなのは見て取れたが、まだ余裕があったのでそのゴーレムとも戦い始めた。
暫くして段々と部屋の温度が下がり始め、それに気づかず戦っていたところ突如天井から大量の雪が降り注いで生き埋め状態になってしまいそこから何とかして脱出しようとしたがその前にそのゴーレムに掴まれたかと思うとゴーレムは氷の息で自分たちの体を凍らせ、のみを取り出し器用に削って像にしたかと思うと隅にそれを置き、残りのモンスターを引き連れ去って行った。
…で、今の今まで視界以外全てを縛られたまま寒さと冷たさで二重の拷問を受けていた状態だったそう。
氷の束縛から解放されても、状態異常【凍傷(大)】とそれによるスリップダメージが消えていないらしい。
「(何でこのゲームは悪辣罠も然り、変なところでSなんだよ!?)…温かい料理とかは持ってきていないのか?」
「持ってきていたんだけど、さっき確認してみたら「温かい○○」が「冷めた○○」とか「傷んだ○○」とかに変わってしまったんだよ!」
(うぉわ…)
「冷めた○○」や「傷んだ○○」などの料理は、説明欄の「製作評価」が「品質評価」に変化する。品質評価も10あるうちの1や2に変わってしまう。食材の「品質評価」の1や2といえば、『食べられなくはないけど、まずいし食べにくいからおすすめできない』レベルだ。
「今度あいつに遭ったら、真っ先に倒してやる」
同じ轍は踏むまいと、そのレアゴーレムに対して復讐心を燃やしている。
「…………はーい、出来ましたよー」
鍋の中身をかき混ぜていたカイが食器を用意し中に小さな水餃子を入れたスープをつぎ分け始めた。ほぼ等分になるように分けられたスープを真っ先に氷像にされていたプレイヤーたちに渡す。
「ぉ、やっぱり温かい料理はいいな!」
「助かった…」
カイは最後にばっちり自分たち5人の分も確保していた。
……【凍傷】もスリップダメージも消え、すっかり気力も十分のプレイヤーたちが奥へ行くのを見送った後、自分たちも更に奥、正確には第2階層のある一点を目指す。
「んな職人じみたトラップモンスターって前はいたっけな…?」
「アップデートで追加されたのかもしれませんね。しれっと」
「ゴーレムなら爆弾効くかなあ」
『恐らく効くとは思うぞ』
赤い光に満ちる回廊の奥へと進んでいく。奥へ進むほど時間の感覚は失われ、日の光からは遠ざかる。
ここが雪山の中であることを忘れそうな程に、満ちる冷気以上に生暖かい風が時折吹いてくる。何かがいる。…間違いなく、何かがいる。
警戒を怠ってはならない。
「私は創造の女神の【神器】を奉るここから離れた位置にある国の王族だった者です。国は暫く前に唐突に攻め込んできた吸血鬼どもに滅ぼされ、王―お父様から託された【神器】をもって一人逃げてきました。ある街の近くでこの人と会ったのです」
そういって少女はその手に持っていた【神器】を静かに机に置く。蒼いキューブを抱くように施された美しい翼の装飾は、見る者を引き込むある種の魔的な美しさがある。
「彼もまた【神器】を持つ―それも3つも持っていました。そのうちの一つが先ほどお話しした「黄昏の神眼」です。何故3つも【神器】を持っているのか聞いても、記憶を失っているみたいで何もわかりませんでした」
「……おいちょっと待て、記憶喪失だと?」
しれっと結構とんでもないことーそれも少女自身のことではなく横の青年の事―を暴露した彼女を唖然として見る。
「…本当です。ここまで短い逃避行でしたがほとんど何も覚えていないようです」
「…それは本人が起きたら聞いてみるか」
取りあえず脱線しかけた話を軌道修正する。
「で、俺らに何をしてほしい?」
「…何を、ですか?」
「……何か手伝ってもらいてぇんだろ?手伝うかどうかは内容によるが」
「…………」
少女は暫く黙っていたが、やがて話し始めた。
「実は私の国の他にも奴らに滅ぼされた【神器】を奉る国はあって、ほとんどが奴らに奪われてしまいました。創造の女神ミューズの神器はここにありますから、また奴らはこれも狙いに来ると思います。
……奪われた神器を取り返すのを手伝ってほしいのです」
「こりゃまた、そんな重要な事を頼んできていいのか?俺はお前からみりゃあ、素性の知れない冒険者だぜ?」
「いや、理由はいくつかあるんです」
「ほお?」
「まず【神器】内で力の強弱はあれどそのどれもこれもが普通の魔導具とは段違いの魔力を宿していて、未熟者がうっかり触りでもしたら大変な事にー最悪死亡します。
次に【神器】は奴らの本拠地にまとめて置かれているらしいのです。
最後に、貴方の種族を見て私は腹を決めました。―……【魔導機人族】さん」
唐突に言われ、ヒビキの目が警戒の色を帯びる。この世界の住人たちは【魔導機人族】の名前は知れどもその詳しい種族特徴まで知っている者はいままでほぼ皆無だったのだ。
「神の魔力と親和性の高い種族なら、もしかしたらと思ったまでです」
「何故俺らが【魔導機人族】だと分かった?」
「昔、城の禁書庫で見つけた古代の古文書にありました。非常に記述が少なく、苦労しましたが」
「……………そうか。どうせ欲深な吸血鬼どもだけは狩りつくすつもりだし、根絶やしにしてやる」
ユリィがギルドに出した「(今現在活発に陰謀事に動いている)吸血鬼の討伐依頼」は見事に功を奏しているが、本拠地までは分かっていない。もしかすれば「匣」の件が片付くまでに済むかもしれない。
その後も暫く話し合った後、24時間営業の宿屋のカウンターで2人部屋を取り、青年と少女を部屋に送ってからヒビキも部屋に戻ってまた寝た。
…
――古代に機械の国有れり。
一つ、炎、水、氷、風、大地、光、闇の7大精霊に愛され、
一つ、他の国に誇りえる程の技巧を有し、
一つ、民は長の元に固く団結せり。
彼の国、死人を人形として神を其の人形に宿せり。
その後、彼の国は滅ぼされん。
しかしして其の人形らは姿眩ませる。
其が彼らの意思か否か、真実は闇の中。
神の欠片たる神器は大陸に散らばれり。
物質に宿れるものありけり。又、人身に宿れるものもあり。
人身に宿りし神器、彼の宿主に尋常ならぬ力を与えん。
黄昏の眼持つ者、永遠の旅人なり。
彼の者、記憶を失い、永遠を生きる者。
…………
――出典:『古代神世記』第2章「機械の国エクスマキナ」冒頭
…
――次の日の朝。5人を集め、ヒビキは昨夜起きたことの一部始終をかいつまんで話す。
「神の魔力を宿す魔導具【神器】…これはまた強烈なものが出てきましたね」
「…そいつはまだ目を覚まさないのか?」
「……ああ」
「ならオレがここに残っとくわ」
「…構わないのか?」
「どうせ残る奴は必要だし、護りに長けたのを残した方がいいだろ」
ルキの表情に不満はなさそうだ。
「…ならいいが」
ヒビキは今度はカイとスコール、レイヴン&ヴィントに向き直る。
「じゃ、行くか」
『……ああ』
「ですね」
「了解だよー」
「だな」
武装万端の彼らと共に、ルミノ村を出発する。向かうはとある山に内包されたダンジョン【融雪の紅珠殿】。
乾いた風を切りながら、残雪の道を疾走する。
―あまり時間もかかることなく、山の中腹あたりにぽっかりと口を開ける石造りの入り口の前に辿り着いた。この時間にもかかわらず、冒険者とみられる幾つかのパーティの姿がある。
暗闇に包まれた石造りの入り口の向こう側を一瞥し、右の傍に設置されたダンジョンである事を示す複雑な幾何学模様の刻まれた青い石の柱をコンと叩く。するとダンジョン詳細を示すウィンドウが音も無く開いた。
【ダンジョン詳細】融雪の紅珠殿
『ダンジョン属性』
メイン属性:氷、サブ属性:聖、大地
『難易度』
☆9
『階層』
全2階層
『出現モンスター系統&レベル帯』
・氷製モンスター全般【500~610】
・ゴーレム系統【400~700】
『他備考』
・***を所持するNPCをパーティに入れている場合、イベント発生
・氷耐性が一定以下の場合、ダンジョン内で一秒ごとに一定ダメージ(防御力無視)
「ああそうか、氷冷があった…といっても、問題はないみたいだが」
一瞬硬直した後、メンバーのステータスを思い出して復活するヒビキ。ここにいる5人は大丈夫だが、雪山や火山などの極端な気候の中にあるダンジョンは油断ならないのだ。
ウィンドウを消し、薄暗い回廊へと5人連れだって歩を進ませる。
――まともな光源は壁に等間隔に埋め込まれた紅い光精石のみ。光源自体が赤い所為で全体的に赤い光に満ちている回廊を黙りこくったまま、足音だけを響かせ歩く。
足元に散乱する骨は過去にこの神殿に挑戦した者たちの残骸であろうか。見知らぬ過去の他人の残骸に感慨を抱くことも無く。ただ奥を目指…………そうとするが、スコールが後ろから追いすがってくる多数の存在を察知した。ほぼ同時に、レイヴンの共感覚もその存在を感知した。
『…………敵だ。これは…アンデッドの気配だな』
「ヴィント、D182935」
「だね~、どうする?」
「【解析】してみます」
カイがそう言って入り口の方からひたひたと迫ってくる多数の影に向けて【解析】をかける。
それとほぼ同時に、影の先頭にいた者がやかましい音量で叫んだ。
「あー、見つけましたよぉぉぉおおおおおお!!」
『なんだあの喧しい奴は』
「…確か、吸血鬼の長についている科学者だという噂だよ」
「…………ッ!?」
ヴィントは、げっ、と言いたげな顔をしている。レイヴンは一瞬ふらりとよろけたがすぐ立ち直った。だが顔色が若干悪い。影はカイの【解析】曰く、屍典と呼ばれる魔法をかけられ無理矢理動かされている死体らしい。
当のマッドサイエンティストこと吸血鬼科学者が、また叫ぶ。
「何だか余計な人間が数人増えているようですが、関係ないでしょう。やっておしまいなさい!」
「…………うるせぇな。殺っていいか?」
小声でヒビキが隣にいたヴィントに訊く。
「うるさいし、いいよ。何よりレイヴンがきつそうだし。正直俺もきついけど…」
曰く、聴覚が鋭い故に不快騒音がとても嫌いらしい。レイヴンは共感覚が強いため、ヴィントより影響を受けやすいそうだ。狼耳もぺたんと伏せているところを見て、相当らしい。
『後ろの屍典は俺がやろうか?』
「ああ、頼む」
漆黒に紅い竜鱗模様のコートを翻し、ヒビキの姿が掻き消えた。同時に、パキパキと音を立てて生成された鋭く光る血晶の短剣群が一直線に空を飛ぶ。
次の瞬間、白衣を纏った吸血鬼の胴体が真っ二つに断ち切られ、後ろにいた屍典を残らず血晶の短剣が貫通する。しかし、カーソルによると屍典のHPはまだ尽きていない。床に倒れ、体の各所に風穴を開けられても這いずって迫ってこようとする。
「もー、しぶといですね」
カイが【闇王剣】を構えて前に出る。今まであまり戦えずに溜まっていた鬱憤を晴らすように、刀身に最大まで込められた魔力を使い切る勢いで剣を振り下ろす。断魔剣者の十八番たる一撃滅殺チャージショット攻撃は屍典を残さず消し飛ばし、勢い余って入り口に張られたダンジョン結界に衝突してそれを大きく揺らがせてからようやく止まった。
「さて、行きましょうか」
多少すっきりした顔でカイが身を翻す。
…邪魔なモンスターは氷だろうがモンスターだろうが斬り飛ばしながら先へ進む。暫く進むと、妙な場所に行き当たった。中ぐらいの広さの部屋なのだが、人を象った氷の像がいくつも脇に並んでいる。
「………………??」
【危機感知】や【解析】も氷の像には反応していない。だがヒビキはその像のうちの一つを穴が開くほどじっと観察している。何故観察しているのかというと、一つ気にかかることがあったからだ。
「カイ」
「はい?」
「この像、炎で溶かせるか?」
「…………………成程です」
『……そういうことか』
「……………………??」
「そういうことだ」
ヒビキはこれらの氷像が、プレイヤーを含めた冒険者が固められたモノではないかと危惧しているのだ。単なる気のせいで済めばそれでいいが、そうでなければ大変なことになる。カイが炎の精霊を呼んで至極小さな火種を貰い、部屋の中央で盛大に魔力と炎精石で強化された焚火を始めた。大きな炎の熱に負け、氷像の氷が融け始める。そして数分経つとヒビキが危惧したとおり、中からプレイヤーが転がり出てきた。
「けほっ、げほっ、酷い目に遭った…助けてくれてありがとう」
彼らの顔色はかなり悪い。HPもMPも半分を割り込んでいた。
…焚火の横で、カイがアイテムボックスから調理器具を取り出し簡単なスープを作り始めた。【蒼穹】内で最も【調理】スキルが高いのはユリィだが、他のメンバーも手が込んでいないものなら作ることができる。
「何であんなところで氷の像にされていたんだ?」
「それはな…」
プレイヤーの一人が話し始めた。何でもこの部屋に辿り着いて数体の氷モンスターとエンカウントして戦っていたが、モンスターをあらかた片付けたところに妙なモンスターが乱入してきた。氷でできた体に雪飾りを纏ったゴーレムで、普通のゴーレムにはない紅い氷の篭手をつけていた。明らかにレアモンスターなのは見て取れたが、まだ余裕があったのでそのゴーレムとも戦い始めた。
暫くして段々と部屋の温度が下がり始め、それに気づかず戦っていたところ突如天井から大量の雪が降り注いで生き埋め状態になってしまいそこから何とかして脱出しようとしたがその前にそのゴーレムに掴まれたかと思うとゴーレムは氷の息で自分たちの体を凍らせ、のみを取り出し器用に削って像にしたかと思うと隅にそれを置き、残りのモンスターを引き連れ去って行った。
…で、今の今まで視界以外全てを縛られたまま寒さと冷たさで二重の拷問を受けていた状態だったそう。
氷の束縛から解放されても、状態異常【凍傷(大)】とそれによるスリップダメージが消えていないらしい。
「(何でこのゲームは悪辣罠も然り、変なところでSなんだよ!?)…温かい料理とかは持ってきていないのか?」
「持ってきていたんだけど、さっき確認してみたら「温かい○○」が「冷めた○○」とか「傷んだ○○」とかに変わってしまったんだよ!」
(うぉわ…)
「冷めた○○」や「傷んだ○○」などの料理は、説明欄の「製作評価」が「品質評価」に変化する。品質評価も10あるうちの1や2に変わってしまう。食材の「品質評価」の1や2といえば、『食べられなくはないけど、まずいし食べにくいからおすすめできない』レベルだ。
「今度あいつに遭ったら、真っ先に倒してやる」
同じ轍は踏むまいと、そのレアゴーレムに対して復讐心を燃やしている。
「…………はーい、出来ましたよー」
鍋の中身をかき混ぜていたカイが食器を用意し中に小さな水餃子を入れたスープをつぎ分け始めた。ほぼ等分になるように分けられたスープを真っ先に氷像にされていたプレイヤーたちに渡す。
「ぉ、やっぱり温かい料理はいいな!」
「助かった…」
カイは最後にばっちり自分たち5人の分も確保していた。
……【凍傷】もスリップダメージも消え、すっかり気力も十分のプレイヤーたちが奥へ行くのを見送った後、自分たちも更に奥、正確には第2階層のある一点を目指す。
「んな職人じみたトラップモンスターって前はいたっけな…?」
「アップデートで追加されたのかもしれませんね。しれっと」
「ゴーレムなら爆弾効くかなあ」
『恐らく効くとは思うぞ』
赤い光に満ちる回廊の奥へと進んでいく。奥へ進むほど時間の感覚は失われ、日の光からは遠ざかる。
ここが雪山の中であることを忘れそうな程に、満ちる冷気以上に生暖かい風が時折吹いてくる。何かがいる。…間違いなく、何かがいる。
警戒を怠ってはならない。
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