最強者のVRMMO活動記 ~トラブルに愛されるとあるプレイヤーのトラブルシューティング記~

火の無い灰

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7章「叡智神の匣と天狼族」

紅珠神殿【深層】

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―紅珠神殿、深層。
回廊に満ちる冷気に混じって、時折吹いてくる生暖かい風。その風が吹くたびに、ヒビキの【危機感知】と感覚の両方が、ひりひりと危険を伝えてくる。

「何かがいる」
「……?」
「全員、警戒は怠るなよ。多分、ここの大ボスだと思う」
「おっけー」

危険は感じつつも、引き返すという選択肢はない。歩を止めることはない。

――暫く歩いた後、その原因とご対面することになった。
部屋の中央に陣取る巨大で醜悪なキメラ姿のそれは、ちょっと普通ではなかった。

―【・あNg兪e@ギYの呪い Lv891  二重の影族ドッペルゲンガー

二重の影族ドッペルゲンガー】という呼称は、以前遭遇した【悪夢の鏡像 ミラ】のような対峙した相手の精神を読み取りそれに応じて姿形を変えるという性質のモンスターだけでなく、誰かが意図的にかけた呪術や罠の役割をもつモンスターにも与えられる分類である。

「は?文字化け?バグか?」

意味不明さに間抜けな声が漏れる。バグなのか、それとも運営がわざとこうしているのかは判断しようがない。

『来るぞ!』

キメラはそのカマキリのような鎌の両腕をそれぞれレイヴンとヴィントに向かって勢いよく振り下ろそうとする。がヒビキの双刀とスコールの血晶剣に止められた。
その後も何故か執拗にレイヴンとヴィントを狙うキメラ。

「俺らが見えてねぇのか?」
「いや、そのはずはありませんが…名前が関係しているのでしょうか?レベルも高いですし」
「にしろ、俺たちを無視するとはいい度胸だな」
『………………そうか』
「おいスコール、そうかって何だよ」
『これはある種の仮説にすぎないが、あのキメラは吸血鬼がかけた呪いかと思ってな。【天狼星の獣人族】を再び「匣」に近寄らせないための呪術だとすれば』
「ああ…成程な」
「なら倒すのみですね」

すると、キメラがその大きな口を開けた。次の瞬間、吸い込もうとしているのかその口に猛烈な強風がふきこむ。

「ちょっと皆避けてー」

何かを思いついたのか、ヴィントが声を上げる。そして手に持った手榴弾をそっと放した。その手榴弾を吸い込んだキメラは…………案の定内側から大爆発を起こし、一発で絶命した。
余波を受けた5人は靴底で床を大きく削る羽目になったが、何とか持ちこたえる。

「…………爆弾怖ぇ」
「さっきのは特別製だよー」
「一発でレベル900近いボスを絶命させられるとか、笑えませんって」
「そうか?」
『流石だな…』

吸い込ませて内側から倒す。確かに倒し方としては至極普通ではある。が、カイが言うようにレベル900近いボスモンスターを一発で絶命に追い込める程の威力を持った爆弾を作れるということ自体が既に笑えない。

そもそも爆弾系アイテムの制作には補助してくれる対応スキルが今のところなく、言うなら【調合】を始めとした錬金術系のスキルのいくつかが少し有効かなー?という程度である。そのため生産者たちの研究はなかなか進まず、今現在の爆弾アイテムのバリエーションは非常に少なかった。

もしそこに2人が作ったアイテムを持ち込もうものならすぐさま一騒ぎ起きること請け合いだろう。

「…………そういうものがいたってことは、もうすぐですかね」
「だろうな」
『もうすぐ、だな』
「「……」」

―キメラを倒した場所から、十数分程奥に歩いたところにある大部屋。どうやら正真正銘の一番奥らしいが、仕掛けらしいものは何も見当たらない。
部屋の中央には複雑にカットされた美しい紅に輝く球形の精霊石が台座に鎮座し、さらにその奥側の壁には神話絵の一部分が描かれていた。
…………いや、精霊石の鎮座する台座をよくよく見てみると、鍵穴の様なものがひとつだけ見つかった。

「レイヴン、その鍵」
「……わかってる」

レイヴンが精緻なレリーフが施された紅い水晶の鍵を差し込むと、ぴったりと合致した。
…途端、台座の精霊石が眩い光を放つ。その光は部屋中を照らし、全員の目を眩ませた。

各々の目が回復したころ、周りを見渡すとそこには全く別の光景が広がっていた。部屋には赤い靄が薄く満ち、丸い形の池には赤い水が湛えられている。壁に生えるのは六角柱形の紅い水晶であり、また奥側の壁の中央には白い石で作られた祈る天使の像が安置されている。

壁にもその天使の像にも蔦が這い、石は崩れかけ、永い年月がたっていることを窺わせる。
池の水は別に血で赤いワケではなく、底に紅い水を生み出す水精石が埋まっているだけのようだ。

『…………この先は、2人しか進めない、か』
「…のようだな」
「後は、見守りましょうか」

池のほとりに立つヒビキ、カイ、スコールの3人は、池の中へと入っていくレイヴンとヴィントをただじっと見守る。後は2人が行くべきであるし、そこに部外者の介入する余地はない。

…不意に2人の姿が、薄い紅靄の中に掻き消えた。同時に、天使像の目に嵌めこまれた琥珀が、微かな輝きを宿す。




―――ここはどこか、はっきりしない場所。だが、この入り口は【天狼星の獣人族】の中でも特別な者にしか入る事は許されない。部外者は以ての外。

上下左右、美しい星の宇宙うみの中を貫く古い古い石の階段。所々が綻びており、剥がれた石片が付近にふよふよと浮いている。無論手すりなどという気の利いたものは無い。
双子はその階段を一段一段、ゆっくりと上っていく。先に見えるのは、大きな古びた荘厳さ溢れる黒い石の神殿。

……階段を上りきると、黒い神殿の詳細が明らかになった。神話絵の内の「冥界」と「最後の裁き」が抜き出されてレリーフ化されており、真ん中に刻まれた紋章は細い三日月と直剣が重なった紋章。ヒビキの額にあるのと同じ【暗月神】の紋章だ。月と万物の死と復讐を司る、強大な深淵の神。

扉に近づくと、ぎぃぃぃぃいい…と重たい音をたてて扉は勝手に開いた。

中は、広い。
黒く艶めき、複雑精緻な文様が白く刻まれた床の中央には濃い灰色の炎が燃えるトーチがあり、左に視線を移せば大きな祭壇が設えられている。祭壇の奥にはこれまた大きめの黒地に銀模様の棺があり、その棺の前に半ば透き通った誰かの幻影が立っていた。

影になっていて顔の上半分は見えない。がその黒い軍服を纏い、トーチと同じ灰色の髪をしたその青年は僅かに優しい微笑みを宿し右方を指差す。

つられてそちらを見ると、さっきまで誰もいなかったはずのトーチの隣にある樹を象った大きなオブジェの傍らに2人が敬愛してきた幼い時以後、姿を眩ませていた彼らの父親の姿があった。
此処にいるということは、もう………

「「…………!?」」

彼の声は聞こえない。しかし口が、言葉を形作る。

す ま な い、あ と の こ と は た の ん だ。 
お ま え た ち は も う だ い じ ょ う ぶ だ。

言葉と同時に、思念に似たものが2人の心に去来する。血族を護るための使命感、巡り合ってきた人々に対する深い信頼、そしてそれらより遥かに広く深い、愛情。
2人の頬に、一筋の涙が伝う。
…それは一瞬のことだったのかもしれない。あるいはとても長い時間たっていたのかもしれない。
不意に、彼の姿は消えた。
樹の虚の中に嵌めこまれている二つの珠が、きらきらと輝きを放つ。半分ずつの黄金と黒の眼に似たそれぞれの珠が、突如として耐えきれないほどの閃光を発する。


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