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💧Life2 蒼きジレンマ
赤信号点滅
しおりを挟む冬の初めの教室は、やけに底冷えして感じた。
こちらの気分的なものが大きいかもしれないが。
あまねはノートを取りながらも、ひたすら右隣を気にかけていた。おかげで、教師が説明する英文法は、ちっとも頭に入ってこない。
――今日、めちゃくちゃ具合悪そうなんだよなぁ。
あまねが丈の秘密を知ってから、およそ二ヶ月。
秋口に最初の兆候が見られてからというもの、彼の体調は悪化と回復を繰り返しながらも徐々に坂道をくだり、気づけばこんな日々が当たり前のようになってしまった。
中でも、今日は赤信号点滅レベル。
これまでにないくらい顔色が悪いし、今だって辛そうにこめかみを押さえている。どうして学校に来たのだと問いただしたいほどだ。
朝からずっと保健室に連れていくタイミングを見計らっているのだが、ひとつ問題があった。
悪友たちだ。
なぜだか今日は、合間のちょっとした休憩時間も含め、いつも以上にべったりくっついている。リーダー的存在の菊池に至っては、わざとあまねと接触させないように立ち回っているようにさえ見える。
昼前のこの時間になっても何も気づいていない時点で、教師たちは当てにできない。
こうなったら授業中に強硬手段に出ようかとも思ったけれど、丈は嫌がるだろうし、面倒な噂を立てられても困る。
どうしたものかと悶々としていると、救済のようにチャイムが鳴った。
よしっ、今度こそ。
教師が退室したのを見届けてから、丈の腕を引こうとした、そのとき、
「なぁ丈。お前、今日ずっと顔色悪くね?」
そう言いながら、ひとりの男子が丈の席の前に立った。――菊池だ。
「気のせいだよ……」
丈はこめかみから手を離し、精いっぱい平然を装う。
だが、今ばかりは何をやっても逆効果だろう。
「んなわけねーだろ。体も熱い気がするし」
菊池の色黒で骨ばった手が、丈の白い額に触れる。彼は見た目も中身も、丈とは正反対の人間だ。
「トイレ……」
丈は菊池の手をそっと払いのけ、ふらつきながら立ち上がった。しかし、彼はその腕を容赦なく掴む。
これは、まずい。
「まーたそうやって逃げようとするぅ。ほれ、保健室行くぞ」
「ちょっ……ほんとに大丈夫だって!」
あからさまに動揺しつつ、なんとか切り抜けようとする丈を、
「いーからいーから」
軽く受け流しながら連れ去っていく。
なんだかデジャヴだけれど、私はここまで大胆じゃなかった。
頭の片隅のどこか冷静な部分で、そんなことを考えながら呆然とふたりを見つめていると、丈は後ろを振り返り、必死にSOSの視線を送ってくる。
まぶたをゆっくりと伏せて、諦めろと伝えた。
もちろんできることなら助けてやりたいが、ここで間に割って入るのは、明らかに不自然だ。
胸が、ざわざわする。焦っているのに何もできない。気づかれてしまう――いや、もう手遅れかもしれないのに。
あの日、私にアルミ箔を突きつけられたとき、丈もこんな気持ちだったのだろうか。
「丈」
そっと名前を呼ぶと、彼はゆっくりと目を開ける。たったそれだけのことで、あまねの胸に絡みついていた一抹の不安や緊張が、すっとほどけた。
けれど、この程度で目覚めるくらいだ。眠りは相当浅いのだろう。
「帰るよ」
そう声をかけると、彼は状況を確認するようにきょろきょろと辺りを見回した。そして、なるべく体に負担をかけまいとしているのだろう――恐る恐るベッドから起き上がる。
それでも、
「……っ!」
声にならない悲鳴を上げて、苦痛に顔を歪めた。頭痛がしたのだろうか。病の影響なのか、この頃は関節痛もひどいと言っていた。
「立てる?」
いたたまれなくなって手を差し伸べる。彼がそれに応え、どうにかこうにか立ち上がったとき、
「あのねぇ、保健室は君たちがいちゃつくための場所じゃないのよぉ?」
ふと、サーモンピンクのカーテンの向こうから、間延びした声が聞こえてきた。
「いちゃついてませんから」
あまねは即座に、そして極めて冷静に、訂正する。
危うく声を張り上げて噛みつくところだったが、丈の頭痛を誘発させないよう、ぐっとこらえた。
彼を半ば抱きかかえるようにしながら、カーテンの外へ出る。
支えた体は、初めてここへ連行した日とは比べものにならないほど、はっきりと熱を持っていた。
午後から安静にしていたとはいえ、よく下校時間まで耐え忍んだものだ。
「あんまり黙認してると、私が怒られちゃうんだけどな~。ほんとは三十七度五分超えた時点で強制送還しなきゃいけないんだからぁ」
回転椅子に座り、長い茶髪の毛先を気だるげにいじっている女性に、丈は「すみません……」と小さく頭を下げた。
彼女は里見加代。この学校の養護教諭で、丈の現状を知る数少ない人物のひとりだ。
以前、丈に詰め寄ったときはたまたまその場に居合わせなかったが、いつもはたいていこうして、退屈そうに保健室の番をしている。
「内密にしておくのはともかく、体調不良を見逃すだなんて。そんなことを了承した覚えはないわよ?」
里見の言葉に、丈は分かりやすく鼻白んだ。ただでさえ蒼白い顔に、影が落ちる。
そこをつかれると痛いのだろう。何せ、ここ一週間ほどは毎日のように世話になっている状態だ。
つい里見に同調したくなるが、寄って集ってせめてはかわいそうだろうと、自分の中のかすかな良心が囁く。
「先生もそう言ってるし、今日は純さんに迎えに来てもらう?」
代わりにそう提案するが、彼は頑なに首を横に振る。
「もう。強情っぱり」
どうしてそこまでこだわるのだろう。
自身をごまかしながら教室に居続けることも難しくなった今、早退しようがしまいが同じようなもの。現状が続く以上、多少なりともクラスメイトに訝しがられることは避けられないのだ。
それに、もはや立っていることもままならない。バス停から十五分の道のりだって辛いだろうに。
彼の気持ちが分からず、ただため息をつくことしかできなかった。
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