最期の時まで、君のそばにいたいから

雨ノ川からもも

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💧Life2 蒼きジレンマ

女になんか

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 *

 当たり前の日常ほど、脆く壊れやすいものはないと思う。
 あまねは、教室のドアの前で深く息を吸った。吐くことはしない。自分の中に、少しでもきれいな空気をため込んでおきたくて。
 意を決し、引き戸に手をかけて開ける。
 と、騒がしかった室内が一瞬静まり、空気がとどまった。そして淀む。淀んだまま、再び動き始める。
 もともと、挨拶を交わすような友だちもいなかった。時折、とっつきにくいやつの代表格として、女子の陰口大会の種にされていることも知っている。
 でも、最近はまるでわけが違う。以前のそれを「敬遠」と呼ぶなら、今向けられているのは、明らかな「敵意」なのだ。
 なんだ、なんだ? 私はどこで何を間違えた?
 己のポリシーを守り、必要以上に好かれることもなければ、非難もまた最小限で済むよう、それなりにうまく立ち回ってきたつもりだったのに。
 頭の中でぐるぐる考えながら自分の席につき、肩にかけていたスクールバッグを机におろす。
 右隣は――空っぽ。
 あらためて気づいた瞬間、無意識に荒くなっていた動作が、とたんに勢いを失った。
 いない。とうとう、いなくなってしまった。
 いつかはこんな日がやってくる。そう分かっていたはずなのに、もう何度も目の当たりにしているはずなのに、いざ事実を再認識すると、寂寥感が心にしみを作り、じわりと広がっていく。しみ込みすぎて、じきに穴が空くんじゃないかと思う。
 そろそろ一週間――いや、二週間くらい経っただろうか。それすらも、よく覚えていない。
 きっかけとなったのは、最後のあの日にベッドの傍らで交わした会話だろうが、あんなに意固地になって通い続けていた彼が、ぱったり来なくなったのだ。そのことが示す事実など、考える余地もない。考えたくもない。
 彼がいなくなって以来、自分の置かれた環境、そして立場にまで大きな変化が訪れた。
 だからといって別に、彼に守られていただとか、彼のせいでこうなっただとか、そういう押しつけがましいことを言いたいわけではないけれど。
 あまねは、やり場のない思いを抱えたまま、重く痛む下腹部をさすった。

 女子トイレの個室から出て、閉めたドアに額を預けると、たまらず「うぅ……」と小さく呻いた。狭苦しく、悪臭と消臭剤のにおいが混ざり合った空間は、しんと冷えきっている。
 痛い、痛い。気持ち悪い。
「なんで……」
 こんなに重いのだろう。年齢的に体が未発達なので、なかなか予定日通りとはいかないものの、今までは二、三日前後する程度だった。十日も早いなんて初めてだ。
 毎度億劫だと思うことはあっても、苦痛を感じることはめったになかったのに、なんだこれは。本当に月のものなのか。
 痛みはずしりとしていて激しく、量も多い。おかげで貧血を起こしているようで、頭はくらくらするし、軽い吐き気まである。
 特に今日は二日目だからか、ちょっと身じろぎしただけでも、不快な大洪水が起きているのが分かった。
 三時限目が自習になったのをこれ幸いと抜け出し、トイレで処理にあたっていたのだ。念のために着替えを持ってきていてよかった。
 カイロも頭痛薬も効果はナシ。額からは脂汗が滲み、もうこのままへたり込んでしまいたいくらいには辛いけれど、そんなことをしたって誰も助けにきてはくれない。助けてくれる人なんて、いない。何より――ここで折れたら最後な気がした。
 食いしばれ、私。
 鉛を詰め込んだような腹痛、何かに憑かれたようなだるさと不快感がまとわりつく体にむちを打ち、教室へ戻る。

 席について、気づいた。
 開きっぱなしのノートが、消しカスだらけだ。シャープペンに付属しているちゃちな消しゴムで無造作にこすったのか、文字はかすれ、汚らしい跡としわが残っている。
 さらに、机に転がしておいたシャープペンを走らせるが、書けない。
 よく見ると、ページの上に折れた芯が落ちている。
 教室を出るとき、芯はちゃんとあった。いくら脆いとはいえ、外部から衝撃が加わらなければ、折れないはず。
 それに、この散らかり様。付属の消しゴムは綺麗に消せないので使わない主義だし、あまねの性格上、こんな有様は許せない。そもそも、トイレに立つ前、消しゴムを使った記憶もない。
 となれば、席を外している間に、誰かが故意に荒らしたと考えるのが自然だ。
 ――はぁーぁ。
 実は、近頃はこんなことも続いていた。
 あるときは、今日のように少し目を離した隙に教科書のページをしわくちゃにされ、またあるときは、下駄箱の中の上履きを砂まみれにされ。
 やっていることが幼稚すぎる。いっそ、机に悪口を落書きするなり、上履きに画びょうを複数刺すなりしてくれたら、証拠を押さえて生徒指導にでも突き出してやるのに。
 きっと、相手もそれを恐れているのだろう。あいつならやりかねない、と。
 けっして派手ではないけれど、確実にストレスを蓄積させ、自分でやったんだろうと言われればそれで終わってしまうような、ちっぽけで狡猾こうかつな嫌がらせ。
 陰湿な手口とタイミングからして、おそらく犯人はクラス内の女子だ。ここまで絞り込めているのに、割り出せない。
 一匹狼を貫いてきたツケが、こんなところで回ってくるとは笑ってしまう。
 脱力感から机に突っ伏したとき、つい先ほど綺麗にしたばかりのものが、ドロリ、と液体に侵されるのが分かった。苦労して取りかえたのに、一瞬にして水の泡だ。
 女になんか、生まれたくなかった。
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