14 / 35
💧Life2 蒼きジレンマ
「エゴかもしれないけど、普通のことよ」
しおりを挟む*
「顔色悪っ! 大丈夫!?」
出入り口から顔を覗かせた瞬間、里見が発した第一声は、養護教諭らしからぬものだった。
「大丈夫だったらこんなとこ来ません」
投げやりに返しながら入室し、髪もほどかず一直線に奥のベッドへダイブする。いつも彼が寝ていたところ。
「どうしたのよ。風邪?」
「違います。月一のアレですよ」
下腹部をさすりながら答えると、里見は納得したように「ふうん」と呟いて、布団をかけてくれた。
「いつもこんな感じなの?」
「いいえ? 予定日より一週間以上早いし、バカみたいに痛いし気持ち悪いし、こんなに重いの初めてで……」
あの後、やけになりながらどうにか四時限目までは乗りきったが、昼休みに弁当の蓋を開けたら、匂いだけで吐きそうになったので、ギブアップを認めて保健室へ駆け込んだのだ。つわりじゃあるまいし、勘弁してほしい。
「あらまあ、ストレスかしらねぇ」
不意打ちの一言にギクリとしたことは、バレていないと思う。
すると里見は突然「あっ、分かったぁ」と物言いたげににやついた。
「カレシがいなくて寂しいんでしょ?」
……もはやため息も出ない。
「だから、付き合ってないんで」
つれなく言って背を向ける。
てっきり「またまたぁ」なんて具合でいじられるかと思ったが、里見は何も言わない。
なんなんだ、まったく。調子が狂う。
「……寂しいですよ」
ふて腐れたようにぼやく。
「学級委員だからって担任にこき使われて、毎日のように次の日の予定届けに家まで行ってるけど、全然顔合わせてないし」
学校に行くことは諦めても、相変わらず入院は拒んでいるらしかった。
会いたいけれど会いたくない。怖いのだ。衰弱した彼を見るのが。
だから毎回、玄関先で純に渡すものだけ渡して、あの時間帯にはまだ仕事に行っているはずの純が出てくる意味にも気づかないふりをして、逃げるように自宅へ帰る。
「こんなふうになるまで考えたことなかったけど、カップルに間違われるくらいずっと、ずっと一緒にいたんだから、やっぱり寂しいですよ。悪いですか?」
私はこの寂しさに、慣れなければいけないのかもしれないけれど。
背後で優しい吐息が聞こえた。足音が遠ざかり、軽く乾いたタイヤ音に混じって何かが軋む。回転椅子に腰かけたのだろう。
「自殺がいけないのは、本人にそれだけの覚悟がないからよ」
「なんですか急に」
茶化そうとしたが、里見は取り合わず続ける。
「広い目で見て深く考えず、一時の感情に流されて衝動的になってしまうから、たいていは後悔するのよ。きっと」
でも……と呟いた里見の声は、遠い昔に思いを馳せるように、どこかぼんやりとしていた。
「あの子は違う」
とたん、下腹部の痛みが強くなった気がして、あまねはぎゅっと顔をしかめる。
「命を粗末にしちゃいけないとか、遺される人の気持ちを考えなさいとか、そんな綺麗事よりも強くて確かな、意志がある。事情もある。だから、何も言えなくなっちゃうのよね」
離れてみて、分かったことがある。
最後に家まで送り届けたあの日、「百パーセントじゃない限り、誰かが地獄を見る」と彼は言った。
――今すぐに死にたいって言ってるわけじゃ、ありませんから。
出会ったばかりの頃、純も言っていた。
そう。自殺願望を抱いているわけじゃない。単に明るみに出ることを恐れたわけでも、逃げたわけでもない。
彼はただ、死と向き合っているだけだ。
勝つか負けるか分からない闘いに命を懸けるよりも、潔く受け入れた。
残された時間を少しでも有意義に生きるための、選択。
近いうちに終わりがくると分かっているからこそ、頑なに、今までと同じ環境で、同じ生活を送ることを望んだのだ。
「……それでも生きてほしいって思っちゃうのは、遺される側のエゴなんですかね?」
また、立ち上がる音がして、近づいた。
「エゴかもしれないけど、普通のことよ」
背後から、頭をわしわし撫でられる。
「あなた、今日はもう早退しなさいな」
「嫌です。帰ってもどうせひとりだし」
「なに言ってるのよ。お父さん、夜勤しかやってないんでしょ? この時間帯ならまだ出勤前じゃない」
そんなこと、教えただろうか。もしかして丈? 彼にも話した記憶はないけれど。
「ひどーい。丈のことはなんだかんだ言って目こぼししてたのに」
不服だが、誰かさんのように幼稚な食い下がり方はしたくないので、正当な抗議を申し立てる。
「だからよ。私をクビにするつもり?」
むくれて掛布団に顔をうずめると、ほんの少しだけ、彼のにおいがする気がした。
意識のどこかでかすかに感じていた振動がやみ、目を開けると、自宅の前だった。
あぁ、そうか。父に車で迎えにきてもらったのだ。
記憶と感覚がはっきりしてくるにつれ、つかの間忘れていた痛みが戻ってくる。
眠気も強く、シートベルトを外す気力すら湧かずにただぐったりしていると、父が降り、後部座席までやってきて、ドアを開けた。背中と脚に手を回され、そのまま抱き上げられる。
普段なら問答無用で拒絶するところだが、今はそんな余裕もない。
連れていかれたのは、二階にある自室――ではなく、玄関を上がってすぐのリビングだった。
「えっ……?」
驚いて床を見ると、一枚の布団が敷いてあることに気づき、さらに驚く。
「階段、きついだろ」
ぶっきらぼうな一言に戸惑いながらうなずくと、その上に寝かされた。
たしかにその通りだし、状況的にトイレとの距離もなるべく近いほうがありがたいのだが……妙なところで気が利くものだ。
「お前の母さん、生理んなるとぎゃあぎゃあうるさくてよ。痛すぎて動けなーい。階段のぼっておりるのもつらーいって」
と思ったら自分から答えを言ってくれた。
そういうことか。たしかに、あの母ならありえない話ではない。
「ま、今のお前のほうがよっぽど重症そうだが」
「……ごめん、なんか」
今度はちゃんと髪をほどきながら、なんとなく気後れして謝る。
「なんだよ気持ちわりぃ。別に寝溜めしてただけだし。結局サボるけどな」
まさか。仕事を休む気なのか。
「心配ご無用ですけど」
「サボりだっつってんだろ。てか、そんな死にそうなくらい蒼い顔して言われても説得力ねぇっての」
言いたいことだけ言って去っていくのかと思ったら、数歩進んで立ち止まった。
「あまね」
いかつい背中は、振り返らない。
「……大丈夫か? 最近」
瞬間、息を呑む音が聞こえないことを願った。
「なんつーか、その……こういうのあんまないじゃん、お前」
なんで。ほとんど顔も合わせないのに。男のくせに。
しらを切るのは無理だと思った。
「……大したことじゃないから」
これでも頑張ったほうだ。誰かに褒めてほしいくらい。
父は「そうか」とだけ呟いて、ひっそりとリビングを出ていった。
10
あなたにおすすめの小説
🥕おしどり夫婦として12年間の結婚生活を過ごしてきたが一波乱あり、妻は夫を誰かに譲りたくなるのだった。
設楽理沙
ライト文芸
2026.1.4 73話見直した際、瑛士の台詞《本音/懺悔》を加筆しました。😇
☘ 累計ポイント/ 200万pt 超えました。ありがとうございます。
―― 備忘録 ――
第8回ライト文芸大賞では大賞2位ではじまり2位で終了。 最高 57,392 pt
〃 24h/pt-1位ではじまり2位で終了。 最高 89,034 pt
◇ ◇ ◇ ◇
紳士的でいつだって私や私の両親にやさしくしてくれる
素敵な旦那さま・・だと思ってきたのに。
隠された夫の一面を知った日から、眞奈の苦悩が
始まる。
苦しくて、悲しくてもののすごく惨めで・・
消えてしまいたいと思う眞奈は小さな子供のように
大きな声で泣いた。
泣きながらも、よろけながらも、気がつけば
大地をしっかりと踏みしめていた。
そう、立ち止まってなんていられない。
☆-★-☆-★+☆-★-☆-★+☆-★-☆-★
2025.4.19☑~
サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします
二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位!
※この物語はフィクションです
流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。
当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。
「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある
柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった
王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。
リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。
「わかりました。あなたには、がっかりです」
微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。
バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました
美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?
【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない
くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、
軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。
言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。
――そして初めて、夫は気づく。
自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。
一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、
「必要とされる存在」として歩き始めていた。
去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。
これは、失ってから愛に気づいた男と、
二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。
――今さら、遅いのです。
後宮なりきり夫婦録
石田空
キャラ文芸
「月鈴、ちょっと嫁に来るか?」
「はあ……?」
雲仙国では、皇帝が三代続いて謎の昏睡状態に陥る事態が続いていた。
あまりにも不可解なために、新しい皇帝を立てる訳にもいかない国は、急遽皇帝の「影武者」として跡継ぎ騒動を防ぐために寺院に入れられていた皇子の空燕を呼び戻すことに決める。
空燕の国の声に応える条件は、同じく寺院で方士修行をしていた方士の月鈴を妃として後宮に入れること。
かくしてふたりは片や皇帝の影武者として、片や皇帝の偽りの愛妃として、後宮と言う名の魔窟に潜入捜査をすることとなった。
影武者夫婦は、後宮内で起こる事件の謎を解けるのか。そしてふたりの想いの行方はいったい。
サイトより転載になります。
白椿の咲く日~ひそかな恋、遠い日の思いは
紫さゆり
恋愛
結婚を控えた真由子は、久しぶりに異母姉の稚子(わかこ)と会う。
真由子の母の雪江は、大学教授であり著名な歌人の水上実之(みなかみさねゆき)の後添いとして水上家に嫁いだ。
婚約者の諒人(りょうと)のことなど、真由子は稚子と色々語り合ううち、庭の白椿の木は真由子がなついていた異母兄、靖之が植えたものだと知る。
白椿の木をめぐっての、ひそかな大人の恋物語です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる