最期の時まで、君のそばにいたいから

雨ノ川からもも

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💧Life2 蒼きジレンマ

隣にいた彼

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 *

 あまねは、明日の予定を書いた紙を折り畳んで茶封筒に入れ、スクールバッグのポケットにしまった。もう毎日の日課も同然なので、手慣れたものだ。
 昨日はあれから昏々と眠り続けた。そのおかげもあってか、例のモノは一日経って無事ピークを過ぎたようで、ずいぶんと楽になっている。
 それはそうと、昨日は唯一の配達係である私が早退したわけだが、代わりに誰が届けたのだろう。
 学級委員は、各クラスにひとりしかいない。だから余計に誰もやりたがらないのだ。
 あのテキトーな担任のことだから「いいじゃん、友だちなんだし」なんて言って、丈と仲のよさそうなクラスメイト――いつもつるんでいる男子集団あたりに流しそうなものだが。
 そんなことを考えながらスクールバッグを肩にかけ、教室を出る。
 部活や校門へ向かう生徒たちの波に紛れて、隣のクラスまで歩みを進めたところで、
「あー! 笹川さんだぁ!」
 聞き慣れない不快なハイトーンボイスに呼び止められた。
 あまりに大声だったので無視するわけにもいかず、立ち止まって振り返る。すると、あっという間に四、五人の女子に取り囲まれた。
「ねえねえ、昨日大丈夫だった?」
「早退したでしょ?」
「もぉ、急にいなくなるからびっくりしちゃったぁ」
 こちらの反応も待たず、好き勝手に喋り始める女子たち。
 ――はっ? こいつら何? っていうか誰?
 早退の事実を知っているということは、おそらくクラスメイトなのだろうが、名前も分からない。
 けばけばしいアクセサリーを腕や脚にいくつもつけ、スカートはひざ上まで短く切り、よく見ると化粧までしている。あまねが最も苦手とするタイプだ。
 しかし、そんな中に、ひとりだけ記憶の片隅をつつく人物がいた。
 化粧っ気もなく、スカートも本来の長さのまま。きらびやかな空気の中でどこか冷めたオーラを放っているのに、不釣り合いだとか場違いだとか、そんな感情を抱かせない存在。
 夏休み前のあの日、丈に色紙を渡すよう任命してきた、黒髪ボブの彼女だった。
「あれだよね。女子の――」
「ちょっと、やめなってこんなとこで。男子もいるんだから」
 それまで一言も発さなかった黒髪ボブが、あわてて失言した女子の口を塞ぐ。
「でも、ほんと大丈夫だった? 無理しないでね?」
 夏の日と同じ、わざとらしい微笑みを向けられ「はぁ……」と曖昧な返答をしたとき、
「そういえばさ、笹川さんって志賀くんと付き合ってるんでしょ?」
 また別の女子が、唐突にあらぬことを言い出した。
「えっ……?」
「あっ、そうそう。みんな噂してるよ? 仲いいよねって」
 黒髪ボブが、落ち着いた口調で重ねる。
 どうして誰も彼もこう短絡的なのか。
「丈とは別に、そんなんじゃ……」
 面食らいながら答えると、涼やかな仮面が、一瞬にして剥がれた。
「へぇ、『丈』って呼ぶんだ? ますます仲よさそー」
 悪意と憎悪に満ちた声、瞳。
 目の前にいる女子たちを、順に見回した。皆、同じものを宿している。
 それで確信した。
 間違いない。こいつだ。こいつらだ。
 黒髪ボブは、権力のある群れに身を置いて自らを護衛させ、従えてすらいるのだ。
「そんな隠さなくたってぇ。いつも一緒に帰ってたじゃーん」
「志賀くんが休んだときに予定届けるのも、絶対笹川さんだしぃ」
 黒髪ボブのひと声を合図とするように、周囲の女子たちも一層騒ぎ立てる。
 すれ違う生徒たちが、何事かと横目で見ては、そらして去っていく。
 なんだろう。この、少女漫画にありそうな、でもときめきのかけらもない展開は。
「お互い帰宅部で家も近いし、降りるバス停が同じだっただけよ。予定届けるのは、先生に頼まれてやってることだし」
 ため息をこらえて心をしずめ、淡々と言葉を紡ぐ。根も葉もない噂話に勝てるのは、嘘偽りのない真実だけだ。
「ふうん。じゃあ……」
 黒髪ボブは挑発的な笑みを浮かべ、スカートのポケットからスマホを取り出した。何やら操作したのち、画面を突きつけてくる。
「これは?」
 そこには、手をつないで歩く丈と自分がいた。丈の具合がよくなかったのだろうか。よりによって、ぴったり寄り添い合っている。
 こんなの、いつ撮られたのだろう。まるで週刊誌の記者に脅された気分だ。
「どういうことか説明してくれる?」
 動揺を押し隠しながら、考える。
 自分と丈が交際関係にあるというのは、事実無根だ。けれどありのままを話せば、彼の秘密を打ち明けることになってしまう。
 たとえ周囲が何かしら勘づいていたとしても、それだけはあってはならない。いったい、どうすれば……
「なんとか言いなさいよっ!」
 黒髪ボブが声を荒らげる。
 もうこの際、嫌がらせがひどくなるのを覚悟で逃走してしまおうか。
 そう思ったとき、
「ったく、穏やかじゃねぇなぁ。そのへんにしとけよ、武中たけなか
 背後で気だるげな男子の声がした。全員がそちらを振り返り、
「菊池……」
 黒髪ボブが息を呑む。
 視線の先に立っていたのは、いつも丈の隣にいた彼だった。
「プライバシーに肖像権の侵害、恐喝、今お前らが笹川にやってることって、立派な犯罪だぜ? 訴えられたら即アウト」
 小馬鹿にするように言ったかと思えば、大袈裟に嘆息し「武中、お前さぁ……」とこぼしながら歩み寄ってくる。
 そして、黒髪ボブ――武中の顔を覗き込んで、言った。
なんてかわいい名前なのに、相変わらず性格ブスなのな。――そんなんだから振られんだよ」
「なっ……! 下の名前で呼ぶなっつってんでしょ!」
 瞬間、彼女の顔が怒りと屈辱でカッと真っ赤に染まった。しかし、
「別に呼んだわけじゃねぇし」
 菊池は気にするふうもなく返して歩を進めると、
「いくぞ」
 どういうわけか、あまねの手を取った。
「えっ、あっ、あのっ」
 状況が呑み込めないまま、半ば引きずられるようにしてついていく。
 丈の保健室事件のときといい、彼は何かと強引だ。
「っ! なんなのよっ! なんであんたなのよっ! 同じ穴のムジナのくせにっ! あんただけは絶対ありえないと思ってたのにっ!」
 遠ざかっても、武中は何やらひたすらに怒りをぶちまけていた。

 校門までたどり着くと、菊池はそっと、つないでいた手を離した。
「……悪いな」
「ううん。ありがと。助けてくれて」
「感謝されるほどのことでもねぇよ。見てて気持ちいいもんじゃないし。ああいうの」
 存在はやたら認識していたが、まともに話すのはこれが初めてのような気がする。どうにも互いにぎこちない。
「あの、さっき言ってたのってほんと? プライバシーとか恐喝とか……」
 凝り固まった空気をほぐすため、とっさに思いついた話題を振ってみた。
 すると、菊池はフッと短く笑う。
「あぁ、あれ? デタラメに決まってんじゃん」
 呆れたように答え「うち、親父が弁護士なんだわ」と言い添えた。
「だから、他のやつらがホラ吹くよりは、多少は効果あったと思う」
 弁護士。そんなお堅い家庭の息子には見えないが。
 失礼極まりない感想を呑み込んだとき、菊池が「あいつ――武中さ」とおもむろに切り出す。
「付き合ってたんだ。ジョーと」
 なぜか、心に冷たい風が吹いた気がした。
「でも、半年もしないうちに振られたらしくて。他に好きな人ができたからって」
 先ほど菊池が武中に放った言葉と、彼女の屈辱的な顔が、脳裏によみがえる。
「そう、なんだ……」
 何を動揺しているのだろう。
「ジョーのやつもバカだよなぁ。そんなん適当にごまかしゃあいいのに」
 菊池は困ったように人差し指で頬を引っ掻き、
「お前ら仲よかったからさ、要するに……逆恨みってやつ?」
 歯切れ悪くそう言った後、何かためらうように黙り込む。
 そして、急に真面目腐った様子で「笹川」と呼んだ。
「お前、やっぱなんか知ってんの? ジョーのこと」
 覚悟を決めた、凛々しい顔つき。下手にはぐらかすのは、彼の誠意を踏みにじることになる。
「……知ってる」
 彼は表情を変えない。
「けど、私の口からは言えない。それは丈が自分で言わないと、意味がないと思うから」
 きっぱりと答えると、菊池は何も言わず、くしゃっと微笑んだ。
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