最期の時まで、君のそばにいたいから

雨ノ川からもも

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💧 Life3 ふたりのかたち

ほんの少しだけ、前向きに

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 *

「あまねー」
 菊池と別れた後、約束通り丈の部屋を訪れると、ベッドに体を横たえた彼は、顔を合わせるなりお馴染みの甘ったるい声を出した。人影が見当たらないから、ひとりでお留守番中らしい。
「熱は?」
 ベッドの端に腰かけながら問いかける。
「さんじゅうななどきゅうぶー。朝よりちょっと上がっちゃったー」
 額に冷却シートこそ見当たらないが、微熱と言いつつ結構あるではないか。そんな、幼稚園児みたいな振る舞いでのん気に構えている場合ではない。
 勘弁してくれよと顔をしかめていると、
「ねー」
 相変わらず幼稚な声で呼びかけられて、「……何」と呆れ気味に振り返る。
 すると、丈は寝ころんだまま体を奥のほうへとずらし、空いたスペースを手で叩いた。
「ここ! となり!」
 それは、要するに――
「はっ? なに言ってんの? やだよ。そもそもそれ、シングルベッドだし」
 つれなく却下すると、彼はわざとらしくむくれた。
「だって、僕たち結婚するんだよね? 結婚したら当然一緒に寝るよね? もうダブルベッドも買っちゃったしぃ。練習だよ。れ、ん、しゅ、う!」
 ――めんどくさい彼女かお前は。
 たしかに、引っ越しにあたっては出費を抑えるため、生活用品はできる限り各家庭から持参する予定だが、ベッドだけは自分たちで購入した。まだ誰の手垢も汗も染みついていない、まっさらなものが欲しくて。
「……まったくもう」
 あまねはため息をつきながら、「大サービスだからね」と髪をほどかず丈の隣に横たわる。
 この甘えっぷりは、旦那になったら手に負えないかもしれない。
 かく言う私も応じている時点で相当甘いが、まだ純も帰ってきていないようだし、特別に許してやろう。
「わーい」
 いまだ幼児化が抜けきらず嬉しそうに距離を詰めてくる彼を片手で制し、あまねは説得じみた口調で言う。
「甘えん坊丈くん。私の添い寝は高いわよ? 明日までに絶対回復すること。分かった?」
「うん。がんばるー」
 言葉のわりにまったくもって気合いが感じられないし、寄せた体は思ったより熱い気がするが、これだけ甘えられる元気があれば、まあ大丈夫だろう。

 *

「また僕より先に寝ちゃった……」
 丈は、薄いまぶたを閉じて穏やかな呼吸を繰り返すあまねの寝顔を見つめながら、ぽつりとこぼした。
 人は見かけによらない、とはこのこと。神経質そうに見えて、案外どこでもすぐに寝られるタイプなのかもしれない。
 ……かわいいなぁ。
 彼女はこのクールな顔立ちとサバサバした性格のせいで周囲から恐れられ、「かわいい女子」の枠から漏れがちだけれど、こうしてあらためて観察してみると、かなり整っていてきれいだと思う。
 それに、内面だって意外と繊細なのだ。自分の力で立つために、強さで身を固めてしまっただけで。
 彼女の魅力に気づく男子が、他にいなくてよかった。
 って、ところでなんだこの図。なんだあの喋り方。
 冷静に考えるとめちゃくちゃ恥ずかしい。熱に酔うといつも理性が利かなくなる。
 加えて、現状にどこか夢見心地であることも事実で。
 彼女の存在の大きさを自覚して、惰性の恋愛にも終わりを告げて。
 でも、どれだけ親しい間柄になっても、この想いは伝えないと決めていた。
 彼女に拒絶されるのが、彼女を苦しめるのが、一番怖かった。どうせじきに死ぬのだし、高望みはしない。
 与えられた運命に抗うことなくさっさと死んで、自分を置いていった家族に文句を言ってやるんだ。
 そうやって延々と、言い訳をしながら隠し通していくつもりだったけれど――
「もう、いいよね」
 ありがとう。君が隣にいて、生きる理由になってくれるのなら、僕もほんの少しだけ、前向きになれそうだ。
「――これから、よろしくお願いします」
 小声で呟いて、そっと顔を近づける。
 唇――はさすがに起こすか。
 そう思い、額にそっと口づけようとした、そのとき、
「ちょっと待て」
 彼女がぱっと目を開けた。
「無防備にしたらどうなるのかと思って観察してたら、なにフライングしようとしてんの。それは許可してない」
 まさか、試されていたとは。
「え~、いいじゃん婚約者なんだからぁ」
 恥ずかしさをごまかすため、また駄々をこねる。
「婚約者だけど、恋人でも夫婦でもないんだからダメ」
「なにそのよく分かんない理屈。婚約中は付き合ってるみたいなもんでしょ? 僕のこと好きじゃないのぉ?」
 思わず尋ねると、彼女は「ん~」と考えるように天井のほうを見上げた。
「まぁ恋はしてないかもね。あんたの言動にキュンとしたことなんか、一度もないもん。大切だし愛はあるけど」
 ――予想外の返答に、なんと返せばいいか分からなくて、でも愛おしくて、とりあえず黙って抱きついておく。感情があふれだして止まらない。
 ずるい。やっぱりずるい。
 いつも素直じゃないくせに、変なところ直球でくるから参ってしまう。完全にノックアウトだ。
 抱きつくだけでは飽き足らず、胸に顔を押しつけて「う~う~」とうなると、あまねは「んな~もうなによ急に! ベタベタひっつくなぁ~」なんて騒いでいたけれど、声色はまんざらでもなさそうだった。
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