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16話 フレットという名の少年

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 俺とヒルダの前に突然姿を現したのは一人の少年だった。

 少年の身長は俺とほぼ同じくらい。
 目つきは悪いが幼さが残る顔立ちから俺やヒルダと同い年くらいだと考えられる。

「聞いてんのか? 誰だって聞いたんだ」
「あ、ああ、ゴメン。俺はシグルズ。冒険者だ」
「私はヒルダ。同じく冒険者よ」
「冒険者だぁ? なんだそれ?」
「知らないのか?」
「知らないねえ、山から外に出ることなんかねえし」
「霊峰ワーガルドに住んでるの!?」
「ああ。俺の一族はずっとこの山に住んでたらしいぜ。俺としては山の生活なんざ面白くもねえけど」
「そうなんだ……。そう言えば君の名前を聞いてなかった」
「俺か? フレットだ」
「フレット、よろしく!」
「初対面のやつとよろしくする気はねぇよ」

 フレットはくるりと踵を返すと俺たちの下から去ろうとする。
 まさかここまで興味を持たれないとは思わなかったな。
 少しショックだ。
 それにフレットにはまだまだ聞きたいことがある。
 俺とヒルダは歩いていくフレットの後を追うことにした。

 フレットは、流石は霊峰に住んでいるだけあり、道なき道をスイスイと歩いていく。
 自分のいる位置がどこなのか完璧に把握しているのだろう。
 もしフレットを見失えば間違いなく遭難だ。
 そんな恐怖もあり、フレットに食らいついていく。

「何で着いてくるんだよ! 行きたいところがあってこの山に来たんじゃねえのか!?」

 ついに痺れを切らしたフレットが声を荒げる。
 まあ、初対面のやつにストーカーされればそんな反応になるかもしれないな。

「聞きたいことがあるんだよ!」
「何だぁ?」
「この霊峰ワーガルドに竜が飛んでこなかった? 俺は王都で竜がこっちに飛んで行くのを見たんだよ!」
「竜……だと?」
「ああ、そうだ!」
「ようやく帰って来やがった……!」

 フレットはそう呟くと、先ほどまでとは比較にならないほどのスピードで山を駆ける。

「待ってくれ!」

 声をかけるがフレットは減速する気配を見せない。
 それどころか、さらに加速したかのように感じるほどのスピードだ。
 俺とヒルダは死に物狂いで追いかける。
 それでも距離は開いていくばかりだ。
 このままでは見失ってしまう。
 そう思ったとき、木々が生い茂るエリアを抜けた。
 平らな地面が広がるその場所には家が建っている。
 フレットが家の中に駆け込んでいったので、おそらく彼の生家なのだろう。

「はぁ、はぁ、どうやら追いついたみたいだ」
「そう、みたいね……」

 俺とヒルダは肩で息をしながらも、遭難と言う最悪の事態だけは避けられたことに安堵する。
 少し息を整えた後、フレットに慌てていた理由を聞こうと思い、彼の家へと近づいていく。
 ドアに手をかけようとしたとき、バタンッと勢いよくドアが開いた。
 そして中から武装したフレットが出てきたのだ。

「何だ、お前ら着いてきてたのか。まあいいや。休みたいならこの家好きに使っていいぜ」

 それだけ言うとフレットはその場を立ち去ろうとする。

「待ってくれ、フレット!」
「チッ。何だよ! こっちは急いでんだぞ!」
「竜という単語を聞いてから君の様子がおかしくなったんだ! せめて理由だけでも教えてくれないか!」
「そんなのどうでもいいだろ!」
「頼む!」
「……クソ。一度しか話さねぇからな!」
「それでいい」
「俺の一族は代々、霊峰に住まう竜を信仰の対象にしてた。竜もそのことを知ってたみたいで、俺たちの信仰に対して俺たちを護ることを約束してくれてたんだ。それなのに、魔物が世界に溢れてから、あの竜は姿を消しやがった! 護ってくれると約束したのに! 俺の父さんや母さん、爺ちゃん婆ちゃん、そして一族全員魔物に殺されたよ。俺だけを残してな。みんな死ぬ間際まで馬鹿みてぇに竜の助けを待ってたよ」
「そんなことが……」
「だから、俺はあの竜に聞かなきゃならねぇ! 見捨てた理由を! そして返答次第では俺の手で殺してやるんだ!」

 フレットの目には悲しみや怒り、憎しみや疑念、様々な感情が渦巻いているように見えた。
 竜のことを憎みながらも、心のどこかで、どうか俺たちを見捨てたわけではない、と言ってくれと願っているようにも見受けられる。
 まだ竜を信じているのだろう。
 フレットは俺たちに背を向けると、走り出そうとする。
 もう話すことは無いってことか。
 フレットの事情は分かったけど、このまま行かせたのでは後味が悪い。
 一度足を突っ込んだ以上は、最後まで成り行きを見届けたいと思ってしまう。

「フレット、俺たちもついていくぜ!」
「はあ!?」
「一人で行かせられないわ。なんか放っておけないし」
「ふざけんな!」
「何と言われてもついていくぞ?」
「……勝手にしろ。俺はもう知らん」

 それだけ言うとフレットは走り出した。
 置いて行かれないように食いつかなければな。
 俺とヒルダは目配せして、フレットの背中を追いかけるのだった。
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