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17話 竜の祠
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霊峰を駆けるフレットは驚異的なスピードだ。
人間というのは環境に適応するものなのだろう。
霊峰育ちのフレットと王都育ちの俺とヒルダでは、差が開くばかりだ。
そもそも王都に住んでいれば、こんな斜面を駆け登ることなんてないからな。
騎士団に居たころはこれでも体力はある方だと思ってたけど、まだまだ鍛え方が足りないみたいだ。
今後、冒険者として各地で活躍するにはもっと体力をつけて、様々な地形に慣れることが優先だな。
俺とヒルダは、息を切らしながらも先行するフレットの後を追う。
幸いなことに、現在俺たちが駆け登っているところは、ほとんどが岩肌で覆われた山道なのでフレットと距離が開いてもなんとか姿を認識することができている。
「何か見えてきたわ!」
ヒルダが前方を見ながら声をかけてくる。
俺たちより前を走っていたフレットが足を緩めて、祠のようなところへと入っていくのが見えたからだ。
祠といっても、山肌にできた横穴に申し訳程度の装飾が施されているものである。
かなり大きな横穴は、中に巨大な何かを祀っていることが窺える。
いや、その信仰の対象こそが竜であり、中に竜がいるのだろう。
簡素な祠からは、今までに感じたことのない威圧感や、引き寄せられるような魅力が放たれている。
これが、竜の存在感なのだろう。
姿は見えずとも存在を感じさせる。
それほどまでに竜が強大な力を内包しているであろうことが、祠の入り口から窺い知ることができる。
「凄いな。これが伝説の存在ってやつか」
「まだ姿も見えてないでしょ?」
「それでも感じるんだ。ヒルダも竜の力を感じてるだろ?」
「もちろん。この空間にいるだけでご利益がありそうだもの」
「竜が信仰の対象になってたのも納得がいくな。訳の分からない宗教よりも、実感できる力があるというのは魅力的だ」
「そうね。でもそれは、竜が私たちの味方であればの話しでしょ? フレットの話しでは利害関係が一致していたというだけで、人間の味方とは言い切れないはずよ。現に、フレットのご家族は……」
「確かにそうだな。それでも、この空間に満ちている力からは敵意を感じない。現時点では、少なくとも敵ではないということさ」
「楽観的ね」
「ポジティブだと言ってくれよ。それより、俺たちも奥に進んでみよう。ここで話していても何も進展しないからさ」
話しに一区切りをつけて、祠を奥へと進んで行く。
フレットはすでに奥に進んでおり、姿は見えなくなってしまった。
ただ、道のりは一本道なので、迷うことはなさそうだ。
その点は良かったと言えるだろう。
それにしても、大きな祠だ。
王都上空を飛んでいる竜を見たときは、大きさの実感なんて湧かなかったけど、これほどまでに巨大な横穴が必要ということはかなり大きいのだろう。
穴の大きさは、直径二十メートルはあるはずだ。
こんなに大きな生物がいるなんて、世界は広いな。
横穴のサイズに感心しながらフレットと竜を目指して奥へと歩いていく。
そして、ようやく最奥が見えてきた。
そこは、今までの穴よりも一回り大きい空間である。
祭壇のようなものが設置されており、中央には竜が鎮座していた。
純白の鱗に覆われた体に、黄金色の目をしている。
とても美しく神秘的な光景だ。
「今更になって戻ってきやがって! いったい何をしてたんだよ!」
そんな竜に対して、フレットが声を荒げながらも話しかけている。
いや、一方的に怒鳴っているという表現の方が正しいかもしれない。
家族を失ったのだ。
溢れる思いというのもあるだろう。
そんなフレットの気持ちを知ってか知らずか、竜は何の反応も示さずに静かにしている。
フレットの話しに耳を傾けているのか、それとも声は届いていないのか、それは俺には分からない。
しかし、フレットの思いは届いているはずだ。
何となく、そんな気がする。
俺は目の前にいる竜から優しさが滲み出ていると感じるからだ。
「何とか言えよ! それとも俺の声なんか耳に入らないってのか!」
反応を示さない竜に激昂するフレット。
そして、ついに武器を構えたのだ。
きっとこれ以上の対話は無駄だと思ったのだろう。
フレットは竜を殺すつもりでいる。
だが、フレットに倒せる相手ではない。
もちろん俺やヒルダが手を貸しても到底かなわないだろう。
それはフレットにも分かっているはずだ。
それでも立ち向かおうとするのは、心のどこかで自分が死ぬことを許容しているのではないだろうか。
むしろ、死んで家族の下に行きたいと思っているのではないだろうか。
そう感じさせるほど、フレットからは怒り以外に悲壮感のようなものが漂っているのだ。
こんなところで死んではダメだ。
フレットのことを止めなければ。
俺が声をかけようとしたとき、頭の中に声が響いてきた。
『人間の子よ。申し訳ないことをした。そなたの愛する者を救えなかったこと、心の底から謝罪しよう。こんな言葉でそなたが満たされないことは理解しているが、もはや過ぎてしまったこと。我の力では死者を蘇らせることはしてやれないのだ』
美しい声だ。
いや、頭に直接響いてくるということは声ではないのかもしれないが、とても心地良く感じる。
これは竜の意思、そして気持ちなのだろう。
竜はテレパシーで交流するものなんだな。
新しい知識と経験が増えた。
「俺が聞きたいのは謝罪の言葉なんかじゃねぇ! 救ってくれなかった理由が聞きたいんだよ!」
『現在この世界には魔物が溢れている』
「知ってるよ、そんなことは!」
『それは、人間たちが魔王と呼称する者の影響だ。魔王の力は凄まじい。我ら竜からしてもな』
「それじゃ、魔王に怯えて逃げていたってのか!?」
『話は最後まで聞くものだ。魔物の体を構築するのは魔瘴と呼ばれる悪しきもの。そして、その魔瘴は他の生物にも蓄積されていく。それは人間であっても竜であってもだ』
竜が言っているのは、おそらく魔瘴病のことだろう。
ここ数年で発症する人が増えた病気だ。
魔界の瘴気を取り込み過ぎたものが発症すると考えられている病気で、いずれ死に至る。
とても恐ろしいものだ。
だが、その病気がどうしたというのだろうか。
『魔瘴が蓄積した生物は多くの場合死に至る。しかし、中には特殊なケースもあるのだ』
そう言うと、純白の竜はバサッと翼を広げて、雄大な翼を俺たちへと見せつけた。
純白の体とは対照的な漆黒の翼。
白と黒のコントラストは美しくもある。
『我は魔物に身を堕すことになるだろう』
それは耳を疑う言葉だった。
人間というのは環境に適応するものなのだろう。
霊峰育ちのフレットと王都育ちの俺とヒルダでは、差が開くばかりだ。
そもそも王都に住んでいれば、こんな斜面を駆け登ることなんてないからな。
騎士団に居たころはこれでも体力はある方だと思ってたけど、まだまだ鍛え方が足りないみたいだ。
今後、冒険者として各地で活躍するにはもっと体力をつけて、様々な地形に慣れることが優先だな。
俺とヒルダは、息を切らしながらも先行するフレットの後を追う。
幸いなことに、現在俺たちが駆け登っているところは、ほとんどが岩肌で覆われた山道なのでフレットと距離が開いてもなんとか姿を認識することができている。
「何か見えてきたわ!」
ヒルダが前方を見ながら声をかけてくる。
俺たちより前を走っていたフレットが足を緩めて、祠のようなところへと入っていくのが見えたからだ。
祠といっても、山肌にできた横穴に申し訳程度の装飾が施されているものである。
かなり大きな横穴は、中に巨大な何かを祀っていることが窺える。
いや、その信仰の対象こそが竜であり、中に竜がいるのだろう。
簡素な祠からは、今までに感じたことのない威圧感や、引き寄せられるような魅力が放たれている。
これが、竜の存在感なのだろう。
姿は見えずとも存在を感じさせる。
それほどまでに竜が強大な力を内包しているであろうことが、祠の入り口から窺い知ることができる。
「凄いな。これが伝説の存在ってやつか」
「まだ姿も見えてないでしょ?」
「それでも感じるんだ。ヒルダも竜の力を感じてるだろ?」
「もちろん。この空間にいるだけでご利益がありそうだもの」
「竜が信仰の対象になってたのも納得がいくな。訳の分からない宗教よりも、実感できる力があるというのは魅力的だ」
「そうね。でもそれは、竜が私たちの味方であればの話しでしょ? フレットの話しでは利害関係が一致していたというだけで、人間の味方とは言い切れないはずよ。現に、フレットのご家族は……」
「確かにそうだな。それでも、この空間に満ちている力からは敵意を感じない。現時点では、少なくとも敵ではないということさ」
「楽観的ね」
「ポジティブだと言ってくれよ。それより、俺たちも奥に進んでみよう。ここで話していても何も進展しないからさ」
話しに一区切りをつけて、祠を奥へと進んで行く。
フレットはすでに奥に進んでおり、姿は見えなくなってしまった。
ただ、道のりは一本道なので、迷うことはなさそうだ。
その点は良かったと言えるだろう。
それにしても、大きな祠だ。
王都上空を飛んでいる竜を見たときは、大きさの実感なんて湧かなかったけど、これほどまでに巨大な横穴が必要ということはかなり大きいのだろう。
穴の大きさは、直径二十メートルはあるはずだ。
こんなに大きな生物がいるなんて、世界は広いな。
横穴のサイズに感心しながらフレットと竜を目指して奥へと歩いていく。
そして、ようやく最奥が見えてきた。
そこは、今までの穴よりも一回り大きい空間である。
祭壇のようなものが設置されており、中央には竜が鎮座していた。
純白の鱗に覆われた体に、黄金色の目をしている。
とても美しく神秘的な光景だ。
「今更になって戻ってきやがって! いったい何をしてたんだよ!」
そんな竜に対して、フレットが声を荒げながらも話しかけている。
いや、一方的に怒鳴っているという表現の方が正しいかもしれない。
家族を失ったのだ。
溢れる思いというのもあるだろう。
そんなフレットの気持ちを知ってか知らずか、竜は何の反応も示さずに静かにしている。
フレットの話しに耳を傾けているのか、それとも声は届いていないのか、それは俺には分からない。
しかし、フレットの思いは届いているはずだ。
何となく、そんな気がする。
俺は目の前にいる竜から優しさが滲み出ていると感じるからだ。
「何とか言えよ! それとも俺の声なんか耳に入らないってのか!」
反応を示さない竜に激昂するフレット。
そして、ついに武器を構えたのだ。
きっとこれ以上の対話は無駄だと思ったのだろう。
フレットは竜を殺すつもりでいる。
だが、フレットに倒せる相手ではない。
もちろん俺やヒルダが手を貸しても到底かなわないだろう。
それはフレットにも分かっているはずだ。
それでも立ち向かおうとするのは、心のどこかで自分が死ぬことを許容しているのではないだろうか。
むしろ、死んで家族の下に行きたいと思っているのではないだろうか。
そう感じさせるほど、フレットからは怒り以外に悲壮感のようなものが漂っているのだ。
こんなところで死んではダメだ。
フレットのことを止めなければ。
俺が声をかけようとしたとき、頭の中に声が響いてきた。
『人間の子よ。申し訳ないことをした。そなたの愛する者を救えなかったこと、心の底から謝罪しよう。こんな言葉でそなたが満たされないことは理解しているが、もはや過ぎてしまったこと。我の力では死者を蘇らせることはしてやれないのだ』
美しい声だ。
いや、頭に直接響いてくるということは声ではないのかもしれないが、とても心地良く感じる。
これは竜の意思、そして気持ちなのだろう。
竜はテレパシーで交流するものなんだな。
新しい知識と経験が増えた。
「俺が聞きたいのは謝罪の言葉なんかじゃねぇ! 救ってくれなかった理由が聞きたいんだよ!」
『現在この世界には魔物が溢れている』
「知ってるよ、そんなことは!」
『それは、人間たちが魔王と呼称する者の影響だ。魔王の力は凄まじい。我ら竜からしてもな』
「それじゃ、魔王に怯えて逃げていたってのか!?」
『話は最後まで聞くものだ。魔物の体を構築するのは魔瘴と呼ばれる悪しきもの。そして、その魔瘴は他の生物にも蓄積されていく。それは人間であっても竜であってもだ』
竜が言っているのは、おそらく魔瘴病のことだろう。
ここ数年で発症する人が増えた病気だ。
魔界の瘴気を取り込み過ぎたものが発症すると考えられている病気で、いずれ死に至る。
とても恐ろしいものだ。
だが、その病気がどうしたというのだろうか。
『魔瘴が蓄積した生物は多くの場合死に至る。しかし、中には特殊なケースもあるのだ』
そう言うと、純白の竜はバサッと翼を広げて、雄大な翼を俺たちへと見せつけた。
純白の体とは対照的な漆黒の翼。
白と黒のコントラストは美しくもある。
『我は魔物に身を堕すことになるだろう』
それは耳を疑う言葉だった。
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