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そのろくじゅうなな

類似の変態

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 調べたい物があった為に、オーギュスティンは図書室で該当する本を探し当てひたすら読み漁っては自分のノートに記入し、参考資料に目を通していた。
 彼の趣味は解読不明の史書を片っ端から自分流に調べ上げ、今の言葉に直す事だ。色々な文献を読み漁るのがとにかく好きで、現代の言葉で上げていくのが楽しくて堪らないらしい。
 メモ程度にノートに書いた後で、パソコンを開いて訂正、更に書き足していく。最初は図書室に持って行って没頭していたが、妙に効率の悪さを感じて持ちだすのをやめた。
 直接メモして後で打ち込んだ方が楽な事が分かったのだ。
 ただデスクワークと同じく肩こりが酷くなるのが難点。
 肩回しをしながら時折休みを入れていると、背後から「やあ」と穏やかな声が聞こえてきた。
「授業が終わったというのにまた勉強中かい?頑張るねぇ」
 それが分かるならば邪魔をしないで欲しい。
 オーギュスティンは相手を見上げながら思ったが、ええとだけ返した。
「勉強というか、趣味の調べ物をしているだけなので。あなたは何をしにこちらに来たんです、カティル先生」
「ん?私かい?ふらふらしてみたかっただけだよ。たまたま立ち寄ってみたら君が居たからね」
「そうなんですか」
 要は暇だったようだ。
 出来るなら邪魔をしないで貰いたかったオーギュスティンは、私は忙しいので構わないでくれますかとカティルに頼む。暇な人間に構う時間も勿体無い。
 しかしカティルはニコニコしながらオーギュスティンと向かい合わせる形で席に着いた。
 はあ?とオーギュスティンは眉を寄せると、「何なんです?」と問う。明らかに邪魔をしたくてたまらない様子ではないか、と。
 警戒するオーギュスティンとは逆に、カティルは笑顔のままこちらを見て「そういえば」と話を切り出した。
「君が勧めてくれたアロエ、なかなかの成長をしているよ」
「そうですか。良かったですね」
 仕方無くそのまま作業を開始するオーギュスティンは、カティルの話に適当な相槌を打った。
「ただアロエを見ていると、君の顔を思い出してねぇ」
「私は植物ではありません」
 何故思い出してしまうのか。自分は単に軽い気持ちで勧めただけなのに。
「これはきっと恋ではないかと思うんだよ、オーギュスティン先生」
「アロエに恋ですか。随分報われない恋をするもんですね。成就出来るように祈りますよ」
 書物のページをめくりながら、心にも無い事を言うオーギュスティンに対し、カティルはノーダメージの笑顔で「はっはっは」と笑った。
 カティルはメモを書いている最中のオーギュスティンの手をそっと押さえると、優しい声音で続ける。
「どうやら君が気になってしまったようだ」
 一応愛の告白である事には違いない。カティルは分かりやすくアプローチをしたつもりだった。
 伝わらないはずはない。
 一方で作業の邪魔をされ、趣味に没頭したかったオーギュスティンは胡散臭そうな表情で顔を上げる。
「急な求愛で驚いたのかい?オーギュスティン先生」
 いかにも不機嫌な顔を剥き出しにしているのに、カティルは勝手に愛の告白に感動しているのだろうと違う捉え方をしてしまう。
「…そんな訳無いでしょう。私の表情で理解出来ませんか?」
 そう言う彼の顔は、普段冷静なイメージから相当かけ離れ、酷く苛ついた表情だった。
 カティルは「おやおや」と苦笑する。
「嬉しくて仕方無いのかい」
「これが嬉しくて仕方無いと見えるなら、眼鏡を変えた方がいいですよ」
 どう見たらそんな風に思えるのだろう。
「そんなに照れなくてもいいのに」
 誰かこの馬鹿をどうにかして欲しい。
 これでは全然好きな事に没頭出来ないではないか。
「全く照れてもいませんしむしろ邪魔です」
「照れ隠ししなくてもいいのに」
「隠すものなんかありゃしませんよ」
 話が全く噛み合わない。オーギュスティンは仕方無く、自分の道具を回収し始める。
「おや?帰るのかい?」
「あなたが邪魔すぎて集中出来ないから引き上げるんです」
「それは大変だ。君がリラックス出来るようにマッサージを施してあげよう。まずは臀部の疲れから始めようか」
 完全にセクハラな発言だった。そそ、と隣に近付いてきたカティルを睨むと、手を出そうとした彼の手を掴み甲の柔らかな部分を引きちぎらんばかりに抓り上げる。
 んぎゃああ!!と静かな図書館にカティルの変な悲鳴が響いた。
「では私はこれで」
 激しい痛みに顔を歪め、カティルは「君は私に尻すら触らせてくれないのかい?」と理解し難い事を言い出した。
 やはり感覚がおかしい。オーギュスティンはそんな同僚を睨みながら、「捕まりたく無かったらいらない行動は控えて下さい」と捨て台詞を吐いた。
 何故変な行動を好んでしたがるのだろう。
 苛立つオーギュスティンに、カティルは痛みに少し涙目になりながら切実に言い返した。
「そ、そんな。ヴェスカ先生を踏んでたらしいじゃないですか。せめて私もあやかりたかったのに…!!」
 どこから流れたのだろうか。聞いた瞬間、オーギュスティンはかあっと顔を真っ赤にした。それは全くの誤解なのだ。単にマッサージのつもりだったのに。
「それなら私も踏んで欲しい!オーギュスティン先生、私も踏んで下さいよ!!」
「ばっ…馬鹿を言わないで下さいよ!あれは肩こりが激しいから踏んでくれと言われただけで!!ああもう、嫌だ、嫌すぎる!!」
 説明するのも面倒になり、オーギュスティンは迫るカティルにビンタしてしまう。
 あふ!と変な声を上げてなよなよと崩れ落ちる彼を無視し、自分の道具を掻っ攫うと逃げるように図書室を後にする。
「ああ、オーギュスティン先生…たまら…な…」
 よく分からない性癖に目覚めたカティルは、全身の力を失うと床に膝を突いて顔を紅潮させていた。
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