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らぶ・TEA・ぱーてぃー その一 改訂版
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献辞
この物語を、この物語の基本的アイデアが閃く『きっかけ』を下さった伽羅さんに捧げます。
感謝と愛を込めて
倉智せーぢ
その日、上桐御世はルンルン気分二十%増しの様子で、親友の鬼木縁にたずねた。
「ね、縁ちゃあん、今度の日曜日ぃ空いてるよね?」
「そりゃ空いてるけど」
親友の御世に比べれば憮然、かつ泰然、と見える態度で、キャピキャピ娘の斜め横顔を怪訝そうに見る鬼木縁。
チェアに座り直すとカップに口をつけて、こくん、と飲んでから
「なによ?」
と問い質した。
「留美ちゃんをお茶会に誘ったのお。 美久ちゃんもお手製スペシャルスイーツ持参してくれるって」
それを聞いた縁の顔色が変わった。
「え?」
立ち上がり、血相を変えて御世に詰問する。
「る、留美ちゃんを誘ったって……あ、あんた! あたしに相談も無しに」
「いま相談してるでしょ?」
あっけないほどあっさり答える御世にかなりの頭痛を感じ、おのれの額を押さえつつ、声も抑えつつ
「事前に相談しなさいよ……まったく……」
と抗議した。
そして別なことに思い至り
「美久さんの……スペシャルスイーツ?」
思わずゴクリと縁の喉が鳴る。
彼女はカラ党の方で、つまりはお酒のほうが好きなのだ。
甘いものは苦手なのだが、美久のそれは別ワクであり、別格でもあった。
あきらめ顔をつくり、内心ウキウキしながら腰を下ろして
「し、仕方ないわね……何時から?」
と尋ねるのであった。
木曜日。
育嶋佑は2時限目の休み時間に、珍しくニコニコしつつ
(今度の日曜日、久しぶりに忙しくないな……部屋の模様替えでもしようかな?)
などと思っていた。 かなり能天気である。 まあ無理もないが。
近頃あまりトラブルがないのと、トラブルへの免疫が少しは出来てきたから、……かもしれない。
そして、唐突に目の前に現れた留美の可愛らしい顔。
「ね、今度の日曜日空いてる?」
と恋人の顔を覗き込んだのである。
最近、更に可愛らしさに磨きがかかり、綺麗になった留美であった。
何が原因なのかは分からないながら、佑としてもその眩しさにドギマギしつつ目をそらし気味になってしまうのだ。
留美の彼氏であるという自覚がまだ足りないのであろう。
「こ、今度の日曜日っていうと……しあさって?」
にこっ、と笑った留美に
「ん」
と嬉しそうにうなずかれた佑は、苦笑しながらも己の部屋の模様替えを中止することにした。
(僕って、もうプライベートは無いのかな……?)
苦笑するどころではなかった今までの場合から、進歩は、している。
しかし、微々たる進歩である。
自己嫌悪と自分への疑問でイッパイイッパイな彼の悩みに留美は気付かずに続けた。
「そうなの。 お姉さまがね……」
瞬間、佑の頭に
『留美は一人っ子……じゃなかったっけ?』
という思いが浮かび、そして反射的に
「え、お姉さまって?」
と、多少声を裏返しかけながら聞き返した。
念のため申し添えるが、もちろん、水瀬留美は一人っ子であることは間違いない。 父の水瀬恒太郎にも、母の水瀬留加にも、隠し子などは断じていないのだ。
佑の不審げな問い返しに、やっと留美は思い出した。
「あ、そういえば、まだ佑にはお姉さまのこと、話してなかった!」
そのことを今まですっかり忘れていたのである。
「えへ、ごめんね?」
と照れた時によくやる舌のちょこっとペロ出しをした留美。 そして話し始めた。
「最初から話すね? あたし、この間一人で下校したでしょ……?」
留美によると、つい最近のこと。
ある出来事が元となり、上桐御世さんという素敵なお姉さまと知り合い、なんと『お茶会』に招かれたという。
(ははあ、『お姉さま』っていうのは血縁の……ってことじゃなく)
普遍的な『お姉さん』てことだ、と合点がいった佑は、しかしその『上桐』という姓に引っかかった。
「どこかで聞いたような……」
佑の怪訝な顔を意に介さず、留美は続けて
「で、ね? お茶会には佑や由香、治クンも、って」
それを聞いた佑は、すぐさま留美がその人選をしたのだろうと悟った。 招待主の御世が自分たちを知っている、とは、とても思えないのである。
つまり、招待されたのは基本的に留美だけではないかと、ネガティブに考えたのだった。
ネガティブ癖がまだまだ矯正されていないのは問題だが、この場合は正解である。
そうこうするうちに治が来て、いつもの顔ぶれが揃った。
「今度の日曜日にね、お茶会に行くんだけど」
と、切り出した留美。
にこ、と微笑み一拍おいて
「ね、一緒に行かない?」
立村由香は
「あ~、あたしその日、駄目だわ。 部活なのよね。 茗が外国行っちゃってから、責任重くなっちゃってさ」
(……本当いうと、茗がいなくなってから、かなりやる気がなくなってんだけど……放り出すのも無責任すぎるしなー)
と心の中でぼやいて首かしげ
「残念だけど、また今度、ね」
明るくウインクする。
その笑みが微妙に引きつっているのは、留美がことあるごとに『お姉さま』を連呼&称賛しまくっているからかもしれない。
つまり、佑には知らせていなかった『お姉さま』の話を、クドいほど、由香相手にはしていたのだ。
元・親友の気安さだと考えられる。
で、治はというと
「ごめんなさい」
と、深々と最敬礼した。 そして
「その日ぼく、定期検診で……せっかく誘って下さったのに……本当にごめんなさい」
と可愛らしく、縮こまりながら辞退した。
その可愛さについつい留美も抱きしめたくなったが
「ううん!」
と頭を振り
「いいのいいの!」
と手振りであわてて打ち消してから横を向いて
「ふうん、そっかー、定期検診かー。 それじゃ無理強い出来ないね」
と優しく微笑んだ。
佑は
『無理強いするつもりだったの?』と声には出さず、びっくりして振り向いたが、治は気にしていないようで
「ごめんなさい……」
と申しわけなさそうに沈んだ。
彼だって、本当は行きたいのである。
愛しの留美先輩にドキドキ恋愛中なのだ。
せっかくの機会は活かしたいのだが、しかし逃す結果になって涙目なのであった。
「いいのいいの治クン? 謝らなくてもいいのよ?」
抱き寄せて、頭をなでなでする留美。
名画のごときその光景に頬を赤くした佑。 そしてほんのり頬を火照らせる由香。
当事者の治はもう紅玉リンゴである。
ややあって治から体を離した留美は、妙にきらきらした目で佑を見た。
「佑は来てくれるよね?」
「う……うん」
それは当然、断るわけにはいかない。
そんな状況に追い込まれてしまった佑なのだった。
例によって、例のごとく……なのである。
まだまだ修行は足りないのであった。
育嶋佑。 特に修行はしていないが、毎日の生活が修行のようなものなのだ。
さて、それから。
最愛の佑と一緒に『愛しのお姉さまたちのお茶会』へ行ける留美は、ウキウキ気分なのである。
だがその『お姉さま』の素性を知った佑はそれどころではなかった。
『上桐』という名前について思い出したのだ。
「上桐御世? う、上桐っていうことは、つまり上桐グループのひとってことじゃ……」
といって絶句する。 顔面蒼白である。
留美は屈託なく
「うん、お姉さまは社長令嬢なんだって」
「……」
完璧に絶句し、硬直した佑。
なんせ、上桐グループといえば――地元に本社ビルを持っているから割合いなじみとはいえ――かなりの巨大複合企業・産業組織なのである。
悪い評判をまったくと言っていいほど聞かないその清廉潔白さは、間違いなく賞賛に値する。
TVカメラが抜き打ちで入ったときの記録テープは、辛口テレビキャスターすら
「まるで企業イメージ戦略のお手本で、我々の報道がそのままCMになってしまう」
と半分呆れてコメントしていたくらいだった。
その放送の後、上桐グループ広報担当は『なぜ?』頭を抱えることとなったらしい。
よくわからないが、何故だか女子中学生~高校生からのファンレターが急増したのだった。
なお、イケメン社員が写っていたわけではないので念のため。
その企業イメージは高く、老若男女を問わずファンは数多い。
佑の母・佑美も然り。
「あたくし、○○部(特に秘す)に1年ばかり所属しておりましてよ?」
が自慢のタネで、佑もよく聞かされた。
『守秘義務がある』とかで、具体的な話は伏せられたのだが、母の自慢話は珍しかった。
なんにせよ、中枢に所属していたからといって点の甘くなる母ではないから、ものすごく不思議に感じたのを佑は覚えている。
その母ですら、想い出にひたって夢見る瞳でうっとりと……そういうところらしいのである。
「素敵なところでしてよ。 とても新興のコングロマリットとは思えない風格があって……」
どうやら夢のような想い出があるらしいが、そのことについてあまり聞き出そうとは思わない。
興味が無い、というわけではないが、彼にとって『母』とは興味より脅威の対象である方が多いのだった。
それに訊く機会がない。
近ごろの佑美は、佑と生活のテンポが合わないのである。
何か仕事で忙しいらしい。
だが
「今度の日曜、留美と一緒に」
まではニコニコしていた佑美は
「上桐さんのお茶会に行ってくるね」
と続いたところで面持ちを変えた。
「日曜日? 日曜日!? ああ、着ていく服が無いわ! 靴も……いや、ダメかしら仕事が……でもせっかくの」
ウロウロ部屋の中を歩きまわり、タンスを覗き込み、納戸に入っては出てくるのを繰り返す。
明らかに常軌を逸している母におずおずと
「あ、あの……別に母さんが招待されてるわけじゃ」
「そんなの保護者として同伴ということでも」
とまで言ってからハッ、とした様子で正気に返った佑美。
そしてコホン、と咳払いしてから
「光栄なことでしてよ? 肝に銘じなさいな?」
と佑にとっては脅迫に近いようなことを言った。
なお、表情は柔らかく、にこにこしていたことを付け加えておこう。
ともかく、いままで佑の見たことの無い母の態度であったのだ。
(こ、断ろうかな……)
と恐れをなすのも無理は無かった。
しかし、断るわけには断じて行かないのだった。
まず、日頃涙を見せたことのない留美の涙を佑も見たくはない。
そして、断った時の母の激昂を思えば恐ろしすぎる。
そんなこんなで覚悟を決めるしかない。
しかし、よく考えたら(留美ほどではないにしろ)ウキウキしてもおかしくない状況で、母の言うとおり『光栄なこと』なのだから、取り越し苦労にもほどがあるのだ。
いつもは出てきそうな知恵熱すら出ないくらいに緊張していたのであった。
ちなみに、他の面々はというと……。
のちに御茶会に誘われたことを聞いた由香の父・真澄牧師《ぼくし》は特に反応は無いように見えた。
だが、内心
(今度の機会には……)
と思ったらしく、その後は娘の予定を尋ねることが多くなったのである。
治の父・知義に至っては
「え、御世様からのご、ご招待!? こ、断った!?」
と言ったきり三十分ばかり固まっていたくらいであった。
直接断ったわけではない、と知らせてやっと正気に戻った知義だったが、そのあとすぐ寝込んでしまった。
午後十一時を過ぎていたからだった。
だから、正しくは『寝入った』である。
それはさておき、御世の計画したのは、本人の言葉を借りるなら
「あたしのお気に入りの留美ちゃんと、あたしの自慢の大好きな従姉妹の美久ちゃんの初顔合わせだもん!」
ということで、御世のルンルン気分は無理もなかった。
縁が頭を抱えるのも無理はなかった。
ある日、御世はその自慢の従姉妹に電話した。
「(呼び出し音♪)……あ、美久ちゃん? 元気?」
「あ、御世ちゃん? どうしてた? みんなは元気?」
彼女の名は聖美久。
御世自身の心の中の人気投票では、堂々の特上第一位にランクされているひとだ。
もちろん、彼氏はまた別格なのであるが、そこは女の子。 無理もない。
「うん、お兄ちゃんも、お姉ちゃんも、おじいちゃんも、みんな元気」
お父さんやお母さんが入っていないのは、両親二人が仕事で忙しく、なかなか会えないので様子が分からないからだ。
おそらく元気ではあろうが、美久とはまだ面識がないので、くどくどと説明する必要はないのだった。
「どうしたの今日は?」
「うん、実はね、今度お茶会やろうと思って」
美久は喜んだ。
「わ、行く行く! 行っていいんだよね?」
子供っぽく話す御世に影響を受け、日頃とは違うテンションになる美久なのである。
「もっちろん! それでね、そのとき特別なお客さまを誘おうと思って。 とっても可愛いお客さまなのよお?」
えっへん!と自慢げに胸を張るよう御世が言うと
「へえ? 興味あるなあ。 御世ちゃんの可愛いお客さまってどんな人なの?」
うふふ、と電話口で含み笑いをする気配だ。
「な・い・しょ」
スタッカートで区切って告げる御世に
「いいじゃない、おしえてよ、ね?」
と訊く美久。
二十歳をとうに過ぎているとはまるで思えないふたりの雰囲気だ。
御世の子供っぽさに美久が引きずられているのであり、普段の美久はもっと年相応なのをここに特筆しておく。
「当日のオ・タ・ノ・シ・ミ。 ねっ?」
「残念だなあ」
ちょっと口をとがらしたが、しかし
「でも、ま、いいかな。 当日が楽しみ」
と明るく含み笑う美久。
御世は彼女にとって同年代の気の合う従姉妹なのだ。
実際に顔を合わせたのはまだ一、二回程度なのだが、初対面から何だか気が合ったのである。
しかし、真実を知る御世の親友・鬼木縁は危ぶんでいた。
(本当の御世ちゃんの姿を知ったら美久さん、悩むんじゃないかな……最悪、かなり引かれるんじゃ……)
だが、美久の許容量は大きい。 『胸が大きいから』というのではないが、まるで海のように心が広いのだ。
なんせ、彼女の信条は
「世の中、ぜぇんぶ、いい人だよ」
なのであった。
「現に、あたしの知り合った人で、いい人でなかった人はいないもの」
と美久本人は言う。 軽く首を傾げるようにして。
それゆえに、彼女の親友の一人にして義妹予定の森小由美は気が気じゃないのである。
しかし、確かに美久の知り合いは、全員がいい人化してしまっているので強く言えない。
(兄貴は頼りにならないし……あたしが!)
と息巻く小由美であるが、美久本人はそんなことをまるっきり知らない。
「あ、聞き忘れるところだった」
あは、と軽く笑って
「ね、いつやるの?」
と期日を問う美久に御世は答えて
「今度の日曜日! 2時頃からね?」
この時点で御世は美久の特製スイーツを予期していた。
……予期と言うか、希望的観測、甘い期待というやつであった……スイーツだけに、と言えようか。
「ん、わかった。 美味しいお菓子持ってくね」
うふ、と含み笑う美久なのだ。 彼女は料理好きなのである。
「ほんと? やったあ! 留美ちゃんよろこぶだろーな」
「ん?」
しっかり聞こえたが、聞こえないふりをして聞き返す。 気遣う美久であった。
「それじゃ、当日にねっ?」
そう言って電話を切ると
「何作ろうかな……うふふ、日曜日が楽しみだな~」
「美久ちゃーん」
と男の声がした。 彼女のフィアンセ・森様介である。
「そろそろご飯ー」
餌付け成功……と言っては失礼かもしれないが、彼女の料理は、彼の胃袋どころか全身をがっちりと鷲づかみなのである。
美久としては最愛の人なだけに嬉しくってたまらないのが事実だが、実のところ……もともと彼女にゾッコンな様介は、今や二重三重にべた惚れなのだった。
だが照れ屋なので顔を合わすと押し黙る傾向が強く、美久はそんなに自分が愛されているのを知らない。
困ったものである。
この物語を、この物語の基本的アイデアが閃く『きっかけ』を下さった伽羅さんに捧げます。
感謝と愛を込めて
倉智せーぢ
その日、上桐御世はルンルン気分二十%増しの様子で、親友の鬼木縁にたずねた。
「ね、縁ちゃあん、今度の日曜日ぃ空いてるよね?」
「そりゃ空いてるけど」
親友の御世に比べれば憮然、かつ泰然、と見える態度で、キャピキャピ娘の斜め横顔を怪訝そうに見る鬼木縁。
チェアに座り直すとカップに口をつけて、こくん、と飲んでから
「なによ?」
と問い質した。
「留美ちゃんをお茶会に誘ったのお。 美久ちゃんもお手製スペシャルスイーツ持参してくれるって」
それを聞いた縁の顔色が変わった。
「え?」
立ち上がり、血相を変えて御世に詰問する。
「る、留美ちゃんを誘ったって……あ、あんた! あたしに相談も無しに」
「いま相談してるでしょ?」
あっけないほどあっさり答える御世にかなりの頭痛を感じ、おのれの額を押さえつつ、声も抑えつつ
「事前に相談しなさいよ……まったく……」
と抗議した。
そして別なことに思い至り
「美久さんの……スペシャルスイーツ?」
思わずゴクリと縁の喉が鳴る。
彼女はカラ党の方で、つまりはお酒のほうが好きなのだ。
甘いものは苦手なのだが、美久のそれは別ワクであり、別格でもあった。
あきらめ顔をつくり、内心ウキウキしながら腰を下ろして
「し、仕方ないわね……何時から?」
と尋ねるのであった。
木曜日。
育嶋佑は2時限目の休み時間に、珍しくニコニコしつつ
(今度の日曜日、久しぶりに忙しくないな……部屋の模様替えでもしようかな?)
などと思っていた。 かなり能天気である。 まあ無理もないが。
近頃あまりトラブルがないのと、トラブルへの免疫が少しは出来てきたから、……かもしれない。
そして、唐突に目の前に現れた留美の可愛らしい顔。
「ね、今度の日曜日空いてる?」
と恋人の顔を覗き込んだのである。
最近、更に可愛らしさに磨きがかかり、綺麗になった留美であった。
何が原因なのかは分からないながら、佑としてもその眩しさにドギマギしつつ目をそらし気味になってしまうのだ。
留美の彼氏であるという自覚がまだ足りないのであろう。
「こ、今度の日曜日っていうと……しあさって?」
にこっ、と笑った留美に
「ん」
と嬉しそうにうなずかれた佑は、苦笑しながらも己の部屋の模様替えを中止することにした。
(僕って、もうプライベートは無いのかな……?)
苦笑するどころではなかった今までの場合から、進歩は、している。
しかし、微々たる進歩である。
自己嫌悪と自分への疑問でイッパイイッパイな彼の悩みに留美は気付かずに続けた。
「そうなの。 お姉さまがね……」
瞬間、佑の頭に
『留美は一人っ子……じゃなかったっけ?』
という思いが浮かび、そして反射的に
「え、お姉さまって?」
と、多少声を裏返しかけながら聞き返した。
念のため申し添えるが、もちろん、水瀬留美は一人っ子であることは間違いない。 父の水瀬恒太郎にも、母の水瀬留加にも、隠し子などは断じていないのだ。
佑の不審げな問い返しに、やっと留美は思い出した。
「あ、そういえば、まだ佑にはお姉さまのこと、話してなかった!」
そのことを今まですっかり忘れていたのである。
「えへ、ごめんね?」
と照れた時によくやる舌のちょこっとペロ出しをした留美。 そして話し始めた。
「最初から話すね? あたし、この間一人で下校したでしょ……?」
留美によると、つい最近のこと。
ある出来事が元となり、上桐御世さんという素敵なお姉さまと知り合い、なんと『お茶会』に招かれたという。
(ははあ、『お姉さま』っていうのは血縁の……ってことじゃなく)
普遍的な『お姉さん』てことだ、と合点がいった佑は、しかしその『上桐』という姓に引っかかった。
「どこかで聞いたような……」
佑の怪訝な顔を意に介さず、留美は続けて
「で、ね? お茶会には佑や由香、治クンも、って」
それを聞いた佑は、すぐさま留美がその人選をしたのだろうと悟った。 招待主の御世が自分たちを知っている、とは、とても思えないのである。
つまり、招待されたのは基本的に留美だけではないかと、ネガティブに考えたのだった。
ネガティブ癖がまだまだ矯正されていないのは問題だが、この場合は正解である。
そうこうするうちに治が来て、いつもの顔ぶれが揃った。
「今度の日曜日にね、お茶会に行くんだけど」
と、切り出した留美。
にこ、と微笑み一拍おいて
「ね、一緒に行かない?」
立村由香は
「あ~、あたしその日、駄目だわ。 部活なのよね。 茗が外国行っちゃってから、責任重くなっちゃってさ」
(……本当いうと、茗がいなくなってから、かなりやる気がなくなってんだけど……放り出すのも無責任すぎるしなー)
と心の中でぼやいて首かしげ
「残念だけど、また今度、ね」
明るくウインクする。
その笑みが微妙に引きつっているのは、留美がことあるごとに『お姉さま』を連呼&称賛しまくっているからかもしれない。
つまり、佑には知らせていなかった『お姉さま』の話を、クドいほど、由香相手にはしていたのだ。
元・親友の気安さだと考えられる。
で、治はというと
「ごめんなさい」
と、深々と最敬礼した。 そして
「その日ぼく、定期検診で……せっかく誘って下さったのに……本当にごめんなさい」
と可愛らしく、縮こまりながら辞退した。
その可愛さについつい留美も抱きしめたくなったが
「ううん!」
と頭を振り
「いいのいいの!」
と手振りであわてて打ち消してから横を向いて
「ふうん、そっかー、定期検診かー。 それじゃ無理強い出来ないね」
と優しく微笑んだ。
佑は
『無理強いするつもりだったの?』と声には出さず、びっくりして振り向いたが、治は気にしていないようで
「ごめんなさい……」
と申しわけなさそうに沈んだ。
彼だって、本当は行きたいのである。
愛しの留美先輩にドキドキ恋愛中なのだ。
せっかくの機会は活かしたいのだが、しかし逃す結果になって涙目なのであった。
「いいのいいの治クン? 謝らなくてもいいのよ?」
抱き寄せて、頭をなでなでする留美。
名画のごときその光景に頬を赤くした佑。 そしてほんのり頬を火照らせる由香。
当事者の治はもう紅玉リンゴである。
ややあって治から体を離した留美は、妙にきらきらした目で佑を見た。
「佑は来てくれるよね?」
「う……うん」
それは当然、断るわけにはいかない。
そんな状況に追い込まれてしまった佑なのだった。
例によって、例のごとく……なのである。
まだまだ修行は足りないのであった。
育嶋佑。 特に修行はしていないが、毎日の生活が修行のようなものなのだ。
さて、それから。
最愛の佑と一緒に『愛しのお姉さまたちのお茶会』へ行ける留美は、ウキウキ気分なのである。
だがその『お姉さま』の素性を知った佑はそれどころではなかった。
『上桐』という名前について思い出したのだ。
「上桐御世? う、上桐っていうことは、つまり上桐グループのひとってことじゃ……」
といって絶句する。 顔面蒼白である。
留美は屈託なく
「うん、お姉さまは社長令嬢なんだって」
「……」
完璧に絶句し、硬直した佑。
なんせ、上桐グループといえば――地元に本社ビルを持っているから割合いなじみとはいえ――かなりの巨大複合企業・産業組織なのである。
悪い評判をまったくと言っていいほど聞かないその清廉潔白さは、間違いなく賞賛に値する。
TVカメラが抜き打ちで入ったときの記録テープは、辛口テレビキャスターすら
「まるで企業イメージ戦略のお手本で、我々の報道がそのままCMになってしまう」
と半分呆れてコメントしていたくらいだった。
その放送の後、上桐グループ広報担当は『なぜ?』頭を抱えることとなったらしい。
よくわからないが、何故だか女子中学生~高校生からのファンレターが急増したのだった。
なお、イケメン社員が写っていたわけではないので念のため。
その企業イメージは高く、老若男女を問わずファンは数多い。
佑の母・佑美も然り。
「あたくし、○○部(特に秘す)に1年ばかり所属しておりましてよ?」
が自慢のタネで、佑もよく聞かされた。
『守秘義務がある』とかで、具体的な話は伏せられたのだが、母の自慢話は珍しかった。
なんにせよ、中枢に所属していたからといって点の甘くなる母ではないから、ものすごく不思議に感じたのを佑は覚えている。
その母ですら、想い出にひたって夢見る瞳でうっとりと……そういうところらしいのである。
「素敵なところでしてよ。 とても新興のコングロマリットとは思えない風格があって……」
どうやら夢のような想い出があるらしいが、そのことについてあまり聞き出そうとは思わない。
興味が無い、というわけではないが、彼にとって『母』とは興味より脅威の対象である方が多いのだった。
それに訊く機会がない。
近ごろの佑美は、佑と生活のテンポが合わないのである。
何か仕事で忙しいらしい。
だが
「今度の日曜、留美と一緒に」
まではニコニコしていた佑美は
「上桐さんのお茶会に行ってくるね」
と続いたところで面持ちを変えた。
「日曜日? 日曜日!? ああ、着ていく服が無いわ! 靴も……いや、ダメかしら仕事が……でもせっかくの」
ウロウロ部屋の中を歩きまわり、タンスを覗き込み、納戸に入っては出てくるのを繰り返す。
明らかに常軌を逸している母におずおずと
「あ、あの……別に母さんが招待されてるわけじゃ」
「そんなの保護者として同伴ということでも」
とまで言ってからハッ、とした様子で正気に返った佑美。
そしてコホン、と咳払いしてから
「光栄なことでしてよ? 肝に銘じなさいな?」
と佑にとっては脅迫に近いようなことを言った。
なお、表情は柔らかく、にこにこしていたことを付け加えておこう。
ともかく、いままで佑の見たことの無い母の態度であったのだ。
(こ、断ろうかな……)
と恐れをなすのも無理は無かった。
しかし、断るわけには断じて行かないのだった。
まず、日頃涙を見せたことのない留美の涙を佑も見たくはない。
そして、断った時の母の激昂を思えば恐ろしすぎる。
そんなこんなで覚悟を決めるしかない。
しかし、よく考えたら(留美ほどではないにしろ)ウキウキしてもおかしくない状況で、母の言うとおり『光栄なこと』なのだから、取り越し苦労にもほどがあるのだ。
いつもは出てきそうな知恵熱すら出ないくらいに緊張していたのであった。
ちなみに、他の面々はというと……。
のちに御茶会に誘われたことを聞いた由香の父・真澄牧師《ぼくし》は特に反応は無いように見えた。
だが、内心
(今度の機会には……)
と思ったらしく、その後は娘の予定を尋ねることが多くなったのである。
治の父・知義に至っては
「え、御世様からのご、ご招待!? こ、断った!?」
と言ったきり三十分ばかり固まっていたくらいであった。
直接断ったわけではない、と知らせてやっと正気に戻った知義だったが、そのあとすぐ寝込んでしまった。
午後十一時を過ぎていたからだった。
だから、正しくは『寝入った』である。
それはさておき、御世の計画したのは、本人の言葉を借りるなら
「あたしのお気に入りの留美ちゃんと、あたしの自慢の大好きな従姉妹の美久ちゃんの初顔合わせだもん!」
ということで、御世のルンルン気分は無理もなかった。
縁が頭を抱えるのも無理はなかった。
ある日、御世はその自慢の従姉妹に電話した。
「(呼び出し音♪)……あ、美久ちゃん? 元気?」
「あ、御世ちゃん? どうしてた? みんなは元気?」
彼女の名は聖美久。
御世自身の心の中の人気投票では、堂々の特上第一位にランクされているひとだ。
もちろん、彼氏はまた別格なのであるが、そこは女の子。 無理もない。
「うん、お兄ちゃんも、お姉ちゃんも、おじいちゃんも、みんな元気」
お父さんやお母さんが入っていないのは、両親二人が仕事で忙しく、なかなか会えないので様子が分からないからだ。
おそらく元気ではあろうが、美久とはまだ面識がないので、くどくどと説明する必要はないのだった。
「どうしたの今日は?」
「うん、実はね、今度お茶会やろうと思って」
美久は喜んだ。
「わ、行く行く! 行っていいんだよね?」
子供っぽく話す御世に影響を受け、日頃とは違うテンションになる美久なのである。
「もっちろん! それでね、そのとき特別なお客さまを誘おうと思って。 とっても可愛いお客さまなのよお?」
えっへん!と自慢げに胸を張るよう御世が言うと
「へえ? 興味あるなあ。 御世ちゃんの可愛いお客さまってどんな人なの?」
うふふ、と電話口で含み笑いをする気配だ。
「な・い・しょ」
スタッカートで区切って告げる御世に
「いいじゃない、おしえてよ、ね?」
と訊く美久。
二十歳をとうに過ぎているとはまるで思えないふたりの雰囲気だ。
御世の子供っぽさに美久が引きずられているのであり、普段の美久はもっと年相応なのをここに特筆しておく。
「当日のオ・タ・ノ・シ・ミ。 ねっ?」
「残念だなあ」
ちょっと口をとがらしたが、しかし
「でも、ま、いいかな。 当日が楽しみ」
と明るく含み笑う美久。
御世は彼女にとって同年代の気の合う従姉妹なのだ。
実際に顔を合わせたのはまだ一、二回程度なのだが、初対面から何だか気が合ったのである。
しかし、真実を知る御世の親友・鬼木縁は危ぶんでいた。
(本当の御世ちゃんの姿を知ったら美久さん、悩むんじゃないかな……最悪、かなり引かれるんじゃ……)
だが、美久の許容量は大きい。 『胸が大きいから』というのではないが、まるで海のように心が広いのだ。
なんせ、彼女の信条は
「世の中、ぜぇんぶ、いい人だよ」
なのであった。
「現に、あたしの知り合った人で、いい人でなかった人はいないもの」
と美久本人は言う。 軽く首を傾げるようにして。
それゆえに、彼女の親友の一人にして義妹予定の森小由美は気が気じゃないのである。
しかし、確かに美久の知り合いは、全員がいい人化してしまっているので強く言えない。
(兄貴は頼りにならないし……あたしが!)
と息巻く小由美であるが、美久本人はそんなことをまるっきり知らない。
「あ、聞き忘れるところだった」
あは、と軽く笑って
「ね、いつやるの?」
と期日を問う美久に御世は答えて
「今度の日曜日! 2時頃からね?」
この時点で御世は美久の特製スイーツを予期していた。
……予期と言うか、希望的観測、甘い期待というやつであった……スイーツだけに、と言えようか。
「ん、わかった。 美味しいお菓子持ってくね」
うふ、と含み笑う美久なのだ。 彼女は料理好きなのである。
「ほんと? やったあ! 留美ちゃんよろこぶだろーな」
「ん?」
しっかり聞こえたが、聞こえないふりをして聞き返す。 気遣う美久であった。
「それじゃ、当日にねっ?」
そう言って電話を切ると
「何作ろうかな……うふふ、日曜日が楽しみだな~」
「美久ちゃーん」
と男の声がした。 彼女のフィアンセ・森様介である。
「そろそろご飯ー」
餌付け成功……と言っては失礼かもしれないが、彼女の料理は、彼の胃袋どころか全身をがっちりと鷲づかみなのである。
美久としては最愛の人なだけに嬉しくってたまらないのが事実だが、実のところ……もともと彼女にゾッコンな様介は、今や二重三重にべた惚れなのだった。
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困ったものである。
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