『真・らぶ・TRY・あんぐる』

倉智せーぢ

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真・らぶ・TRY・あんぐる 十

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その日、S・Cサイエンスクラブの部室で、井沢正はある薬を調合していた。
それは、媚薬びやく

『媚薬』と一言にいっても、実はいろいろと種類がある。
大雑把な言い方をすると、恋仲になるために使うものと、恋仲になってから使うものに分けられる。
いま、正が調合しているのは前者、つまり、れ薬であった。

当然のことながら、彼がそんなものを実用にするためにつくる筈がなかった。
井沢正という男、非実用の国から大迷惑の種を蒔きにやってきたような人物なのである。
ではなぜ?
単に学術的興味があっただけだったりする。
それが世間の大迷惑だというのを知ってか知らずか……。

ちなみに、例の金釘流の貼り紙を書いたのも彼である。
彼は、理数系のことは天才的だが、文系のことはすっかりさっぱりこれっきり、の天災的なのであった。
曲がりなりにも読めただけ幸い、と言うほかはない。
読めなかった相手は、まさしく天災がふりかかったようなものに違いない。


「……と、これで後はあーやってこーやって……」
ぶつぶつとひとりごとを言いながらテーブルからはなれ、
「会長、ちょっと用足しにいってきます。 あれよろしく」
「ん、わかった。 気をつけてね」
一体、何に気をつけるのかわからんが。
この脳天気な、よく会長がつとまっているなー、と誰もが思うであろう浩の性格が、骨の髄までよくわかっている正は、軽くいなして部室の外へ出た。



そのとき、こともあろうに、入れ違いに佑が部室にはいってきたのだから、彼の運命の神様もよっぽど物好きだというか、人が悪いというか、悪趣味だというか……。
「はあ~っ。 暑かったあ」
と息を整え、浩に一礼をする。 なんだかんだで長幼の列は心得ている律儀な佑であった。
「……会長遅くなりました。 ちょっと校庭走らされてたもので」
見れば佑は汗だくになっている。 どうやら、宿題を忘れたので体力づくりをやらされていたらしい。
考えてみれば変な話で、宿題を忘れたのなら同じジャンルの学習をさせるべきだろうが、懲罰的なこともあるに違いない。
「……それはたいへんだったね。 まあ、これでも飲みたまえ」
なにか後ろ向きになってごそごそやっていたS・C会長の浅間浩は麦茶の缶を差出した。
それは既に開封されていた。

いつもなら、既に開いている缶を手渡されて、
(なんか変だ……)
と気がつかないことはそれほどあるワケでもない佑も、そのときは校庭を何周も走ったのと、部室まで全力疾走してきたのとでかなり喉が渇いていたせいか、そんな判断力はなかったようだった。
「あ、どうも」
と、受けとると、ごくごくのどを鳴らし一気にのんでしまったのである。

そこへタイミングよくというか悪くというか、井沢正がもどってきた。


正は、佑より遥かに注意ぶかかった。
もっとも、いくら抜けていてもさっきまで調剤していたものが消えていては分からぬはずがないが。
造っておいたはずの薬がフラスコから消えているのに気がついたのである。
そして、空き缶を凝視したのち、佑を凝視して尋ねる。
「飲んだのか?」
「はあ……もしかして井沢先輩のでしたか? ……すみません、買って返します」
会長をちょっと睨むと、正に向かって頭を下げた。
飲んだのは確かに自分なので、その責任を浩に転嫁することなど考えない……という潔さは佑の美点なのだが、この場合はかなり問題があった。
「いや……そんなことはどうでもいいんだが……」
「はい?」
まだ自体が飲み込めていない佑。
「味はどうだった?」
「はい?」
思ってもいないことを尋ねられて、佑はどぎまぎしたが、
「……あ、その……普通の麦茶でしたが?」
「そうか」
一拍置いてぼそっと
「奇跡だな」
それを耳にして、佑は顔面蒼白になった。
「き、ききききき奇跡……って……ど、どどどどどどういう?」
「ん? 聞こえたか?」
聞こえたどころの騒ぎではない。
「まあ、気にするな」
気にしろ、と言っているようなものである。
「……副会長……ぼ、ぼぼぼぼぼ僕は『何』を飲んじゃったんですかっ?」
「ん? ……大したものじゃない。 調合途中の『媚薬』だ」
十二分に大したものである。
「びっ!?……」
「媚薬、だ」
そして、何かに気がついたように訂正する。
「あ、違うか」
佑はほっとしかけた……正が次の言葉を告げるまでは。
「媚薬の麦茶割りだ、ろうな」
「……ろうな?」
「会長が、媚薬を他の容器に移していないならば、だが」
移しているはずがなかった。

その証拠に、あたりには他にそれらしいものはなかった。
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