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1章:鎖の中の少年
第1話:死んだはずの俺
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――牙が喉元に食い込む。
肉が裂ける鈍い音とともに、冷たい地面に叩きつけられた。
視界が暗くなる。血の匂いが鼻を満たし、全身から力が抜けていく。
だが……痛みは、ない?
「あれ……?」
違和感があった。死んだはずなのに、意識がある。だが、体は動かない。呼吸すらできないのに、考えることはできる。
ウルフの黄色い瞳が俺を見下ろし、鼻を鳴らす。そして、喉を鳴らしながら俺の肉を貪り始めた。牙を突き立て、引き裂き、血を滴らせながら咀嚼する。ファシムの肉も本体と変わらないのだろう。そのまま用済みになった獲物を見捨てるように、その場を立ち去った。
俺は死んだ……のか?
視界がぐるりと反転する。
森の陰から、それを眺める“もう一人の俺”がいた。
「……なんだ、これ」
俺は確かに死んだ。ウルフに喰い殺されたはずだ。なのに、俺はここにいる。まるで幽体離脱でもしたかのように、遠くから自分の死を眺めていた。
ウルフはまだ近くにいた。鋭い爪で死体を引っ掻き、牙を立て、肉を引きちぎる。音を立てて肉塊を咀嚼し、血を滴らせながら喉を鳴らす。ファシムの肉は本体と同じだ。噛みしめるたびにウルフの喉がごくりと動く。だが、俺には痛みはない。ただ、死体が食われる様子を見ているだけだった。
村の戦士たちが駆けつけ、残ったウルフを討伐する。炎の魔法が閃き、獣の悲鳴が森に響く。だが、戦いが終わると、村人たちは俺の死体を回収しようともせず、ただ一瞥するだけで通り過ぎた。
「おとり役が一人減ったか」
「まぁ、次の襲撃までにはまた増えるさ」
冷たい声。村ではおとり役の死は珍しくもない。俺が死んだことは、村にとって大した出来事ではなかった。
――だけど、俺はここにいる。
これが俺の能力、《ファシム》の本質。
振り返るように思考が遡る。
数日前
泥にまみれた手で土を掘り起こし、種を蒔く。太陽が容赦なく照りつけ、汗が目に滲む。
「もっと手を動かせ、ラウル。怠けるなよ」
兄のリオネルが俺を睨みつける。彼は戦士になるための訓練を受けているが、俺には戦う才能はなかった。だから、畑仕事を押し付けられていた。
だが、俺は知っている。俺のような者がどんな運命を辿るのか。
村では戦えない者は不要だ。食料を生み出す農民は必要だが、それも限度がある。子供が多すぎる場合、誰かが“おとり”にされる。
そして、それが俺だった。
「次の襲撃でおとり役に決まったからな」
兄はそう言い捨て、訓練場へと向かった。
村の中を見回せば、戦士たちは武器を磨き、覚醒者たちは魔法の鍛錬を続けていた。彼らにとって俺のような者はただの“消耗品”だったのだ。
その夜、俺は目を覚ました。
何かが違う。肌の感覚、空気の流れ。ゆっくりと起き上がると、そこには――
もう一人の俺がいた。
「……なんだこれ」
鏡ではない。だが、そこにいるのは間違いなく俺だった。
俺は恐る恐る手を動かした。だが、目の前の“俺”はまったく動かない。
ふと、頭の奥で何かが響いた。
「……立て」
すると、“俺”が立ち上がった。
息をのむ。俺は、自分の意思で“もう一人の俺”を操っていた。
この瞬間、俺は理解した。
これはただの幻影じゃない。これは、俺の“ファシム”だ。
俺は指示を出し、動かしてみた。ファシムは命令通りに動く。自我はない。俺の分身ではあるが、本体の意識が乗り移るわけではなかった。
「……これを使えば」
俺は考えた。もし俺の代わりにファシムが村に残り、俺の言葉通りに動いていれば、誰も気づかないのではないか?
つまり――俺は逃げられる。
現在
俺の死体が、森の中でそのまま放置されている。
いや、それは“俺”ではない。“俺のファシム”だ。ファシムの肉体は完全に俺と同じだから、魔物が喰らっても何の違和感もないのだろう。
本体はここにいる。ウルフの牙が届かない場所で、安全に。
「……村に戻る必要は、もうないな」
俺は死んだことになった。誰も俺を探さない。なら、この村に縛られる理由もない。
俺は、自由だ。
だが、自由とは、生きる手段を自分で探さなければならないことを意味する。
腹が鳴る。水も食料もない。武器も防具もない。
村を捨てたはいいが、ここから先、生き抜く術を持たなければ、俺は本当に死ぬことになる。
だが、俺には《ファシム》がある。
「……試してみるか」
俺は静かに手を掲げた。
意識を集中する。感覚が微かに変わる。
――ファシム、生成。
俺の前に、もう一人の俺が現れる。
「さて……まずは、探索から始めようか」
俺は深く息を吸い込み、夜の森へと踏み出した。
※ファシムは「Facsimile(複写)」+「Magic(魔法)」を組み合わせた造語です。
肉が裂ける鈍い音とともに、冷たい地面に叩きつけられた。
視界が暗くなる。血の匂いが鼻を満たし、全身から力が抜けていく。
だが……痛みは、ない?
「あれ……?」
違和感があった。死んだはずなのに、意識がある。だが、体は動かない。呼吸すらできないのに、考えることはできる。
ウルフの黄色い瞳が俺を見下ろし、鼻を鳴らす。そして、喉を鳴らしながら俺の肉を貪り始めた。牙を突き立て、引き裂き、血を滴らせながら咀嚼する。ファシムの肉も本体と変わらないのだろう。そのまま用済みになった獲物を見捨てるように、その場を立ち去った。
俺は死んだ……のか?
視界がぐるりと反転する。
森の陰から、それを眺める“もう一人の俺”がいた。
「……なんだ、これ」
俺は確かに死んだ。ウルフに喰い殺されたはずだ。なのに、俺はここにいる。まるで幽体離脱でもしたかのように、遠くから自分の死を眺めていた。
ウルフはまだ近くにいた。鋭い爪で死体を引っ掻き、牙を立て、肉を引きちぎる。音を立てて肉塊を咀嚼し、血を滴らせながら喉を鳴らす。ファシムの肉は本体と同じだ。噛みしめるたびにウルフの喉がごくりと動く。だが、俺には痛みはない。ただ、死体が食われる様子を見ているだけだった。
村の戦士たちが駆けつけ、残ったウルフを討伐する。炎の魔法が閃き、獣の悲鳴が森に響く。だが、戦いが終わると、村人たちは俺の死体を回収しようともせず、ただ一瞥するだけで通り過ぎた。
「おとり役が一人減ったか」
「まぁ、次の襲撃までにはまた増えるさ」
冷たい声。村ではおとり役の死は珍しくもない。俺が死んだことは、村にとって大した出来事ではなかった。
――だけど、俺はここにいる。
これが俺の能力、《ファシム》の本質。
振り返るように思考が遡る。
数日前
泥にまみれた手で土を掘り起こし、種を蒔く。太陽が容赦なく照りつけ、汗が目に滲む。
「もっと手を動かせ、ラウル。怠けるなよ」
兄のリオネルが俺を睨みつける。彼は戦士になるための訓練を受けているが、俺には戦う才能はなかった。だから、畑仕事を押し付けられていた。
だが、俺は知っている。俺のような者がどんな運命を辿るのか。
村では戦えない者は不要だ。食料を生み出す農民は必要だが、それも限度がある。子供が多すぎる場合、誰かが“おとり”にされる。
そして、それが俺だった。
「次の襲撃でおとり役に決まったからな」
兄はそう言い捨て、訓練場へと向かった。
村の中を見回せば、戦士たちは武器を磨き、覚醒者たちは魔法の鍛錬を続けていた。彼らにとって俺のような者はただの“消耗品”だったのだ。
その夜、俺は目を覚ました。
何かが違う。肌の感覚、空気の流れ。ゆっくりと起き上がると、そこには――
もう一人の俺がいた。
「……なんだこれ」
鏡ではない。だが、そこにいるのは間違いなく俺だった。
俺は恐る恐る手を動かした。だが、目の前の“俺”はまったく動かない。
ふと、頭の奥で何かが響いた。
「……立て」
すると、“俺”が立ち上がった。
息をのむ。俺は、自分の意思で“もう一人の俺”を操っていた。
この瞬間、俺は理解した。
これはただの幻影じゃない。これは、俺の“ファシム”だ。
俺は指示を出し、動かしてみた。ファシムは命令通りに動く。自我はない。俺の分身ではあるが、本体の意識が乗り移るわけではなかった。
「……これを使えば」
俺は考えた。もし俺の代わりにファシムが村に残り、俺の言葉通りに動いていれば、誰も気づかないのではないか?
つまり――俺は逃げられる。
現在
俺の死体が、森の中でそのまま放置されている。
いや、それは“俺”ではない。“俺のファシム”だ。ファシムの肉体は完全に俺と同じだから、魔物が喰らっても何の違和感もないのだろう。
本体はここにいる。ウルフの牙が届かない場所で、安全に。
「……村に戻る必要は、もうないな」
俺は死んだことになった。誰も俺を探さない。なら、この村に縛られる理由もない。
俺は、自由だ。
だが、自由とは、生きる手段を自分で探さなければならないことを意味する。
腹が鳴る。水も食料もない。武器も防具もない。
村を捨てたはいいが、ここから先、生き抜く術を持たなければ、俺は本当に死ぬことになる。
だが、俺には《ファシム》がある。
「……試してみるか」
俺は静かに手を掲げた。
意識を集中する。感覚が微かに変わる。
――ファシム、生成。
俺の前に、もう一人の俺が現れる。
「さて……まずは、探索から始めようか」
俺は深く息を吸い込み、夜の森へと踏み出した。
※ファシムは「Facsimile(複写)」+「Magic(魔法)」を組み合わせた造語です。
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