真田三代記

赤井よろい

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知将 真田幸隆

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天文10年(1541)
甲斐武田信虎、中信濃諏訪頼重、奥信濃村上義清連合軍が滋野党の拠る海野平に侵攻。滋野党は上野の関東管領上杉軍を頼るが援軍間に合わず多勢に無勢で敗北する。
滋野党の一寄子だった幸隆は妻の実家を頼り上野に落ちのびる。
この年突然甲斐でクーデターが発生。武田信虎が長男の信玄に国外追放にされて、信虎は今川義元の駿河で強制隠居。

天文11年(1542)
幸隆が信玄に招かれて工作活動開始する。幸隆4~5年で信州の小県から佐久にかけての支配を任される。

天文20年(1551)
信玄が前年攻略に失敗して大敗した砥石城を幸隆1日で陥す。
信玄の前年の攻略失敗は「砥石崩れ」と呼ばれて、武田は大損害を出して撤退した。
砥石崩れは信玄唯一の負け戦であった。

弘治2年(1556)
幸隆埴科東条雨飾城を陥とし城代となる。

永禄4年(1561)
幸隆第4回川中島合戦に出陣。

永禄8年(1565)
上州岳山城主池田佐渡守が幸隆に降伏。幸隆吾妻郡代となる。

元亀3年(1572)
幸隆上州白井城を計略で陥す。

天正1年(1573)
3月白井城上杉軍に奪われる。幸隆上州にて上杉軍と戦う。
4月武田信玄西上作戦中病没。

天正2年(1574)61歳にて没。遺骸には25箇所の傷があったという。

幸隆は間諜なので無論常に命がけである。
佐久地方の国人領主は連合して上州の関東管領上杉憲政の援軍をあてにして甲斐の武田に抗戦していた。
幸隆はいつものように単身で山伏の姿で佐久に潜入した。幸隆は怪しい奴と言われて数名の雑兵に囲まれた。一斉に槍先を向けられて同行を求められた。目ばかり光っているが栄養状態の悪そうな雑兵であった。
「待て待て、ワシはこれだけ持っている」
と懐から袋を取り出していっぱい詰まった甲州金を見せた。
「この金が紛失すると武田は血眼になって探しにくるぞ」
信州佐久地方は武田が圧倒的に優勢である。仮に雑兵達が幸隆を殺して金を持ち逃げしても逃亡は無理であろう。紛争地帯なので敵味方があらゆるところに警戒線を張っている。
警戒線を抜けたとしても野武士が跋扈していて無事ではすまないだろう。
無論近在で甲州金を使えば、狭い田舎なのでお前この金どうしたとなる。
敵の雑兵はお互い不安そうな目で見つめ合っている。
「上役にワシを渡して何かそち達にいいことがあるかな、甲州金を見たことはあるまい。この地もいずれ武田の領地になる。ここはワシを見逃して甲州金を貰わぬか」
彼ら雑兵は日々食うや食わずの農民で、無理矢理徴兵されていいように使われているだけである。
幸隆を上役に渡してもご苦労の一言で終わり。
幸隆は困った顔をした頭らしい雑兵に無理矢理数枚の甲州金を握らせた。
「甲州では堤防を作り美田が増えて百姓は喜んでいる。こちらの領主は何かしてくれたかな?」
敵勢力は防戦一方の為城の普請が多かった。
一応夫役者に労賃は払うが少な過ぎた。
「ただ年貢を取られ夫役兵役に駆り出されているだけだ」
甲州金を握らされた雑兵は遠慮がちに答えた。

勢力の境目の地域は紛争地帯となり、田畑は荒らされ住民は物を掠奪され、逃げ遅れた者は奴隷として売買する為拉致されてゆく。少し位年寄りでも子守り位できるので奴隷にしても少しは金になる。
奴隷は開墾、鉱山労働者、女性や美少年は性奴隷、この時代も男色は普通であった。中には海外まで売り飛ばされた。
これを〝乱取り〟という。
戦国の合戦は飢饉の時に多発した。
収穫してこれでは来年の収穫まで保たないとなると、自国の人減らしと他国への掠奪つまり乱取り目的で紛争が始まるのである。

「武田は本国の甲州から出て戦うので国内にあまり城は無い。
甲斐の国には城は無い。『人は城、人は石垣、人は堀、情けは味方仇は敵なり。』武田信玄公の作った歌だ」
雑兵達はすっかり幸隆に呑まれしまっている。
「甲州では城造りは無いので、その分堤防を作り美田を増やせるのじゃ。この地で早く戦争が無くなれば良いのう。お互い無駄な血を流すこともあるまいよ。何か良いことを教えてくれればもっと甲州金をはずもうかの」
この城の曲輪が崩落したが復旧工事が遅れている。
あの城の兵糧はだいぶ不足してる。
あの武将が主君を恨んでいる。
我々の村では自然災害が発生して衣食住に困り復旧もままならないが、領主は年貢だけ取り上げて何もしないから領主を恨んでいる。
幸隆は再び甲州金を雑兵に渡してお互い自己紹介して
「皆で分けてくれ。この乱世は有為転変、昨日の敵は今日の友よ。また知ってることを教えてくれ。」
彼ら雑兵たちは、自分の住む地域が武田の領地になれば堂々と甲州金が使えるのだ。
幸隆は去り際、自分の持っていた握り飯を口に入れて食べた。
「毒など入っておらん」
黙って2つ程握り飯の入った包みを雑兵に渡した。雑兵は嬉しそうに受け取った。
「これも何かの縁よ。何かあったらワシの名を出して武田領へ逃げよ」
とお互い笑顔で別れるのであった。
敵方の中に金を受け取った裏切り者がいるという噂が広がれば団結心も薄れて猜疑心が濃くなり、武田にとってとても良いことである。また彼らが武田領に逃げ込めば、彼らは幸隆の手飼いの家臣となろう。信玄からもらった幸隆の領地も増えている、幸隆も人手が欲しかった。

人は劣勢になると、敵ではなく自分の周囲に不平不満が募る場合が多いですね。
幸隆は味方に不満を抱える敵武将に接触して、警戒する相手にまあまあ、やあやあと穏やかに調子よく時には笑顔で近寄り、甲州金を握らせ高報酬の約束で懐柔します。
相手は武士なので、「殺す」とかいう脅しは禁句です。
自尊心を傷つけては、「武士の意地」とか面倒くさいことをいいだします。
損得で転ばない相手は、この地獄のような戦乱を終わらせるのにあなたが必要なのだ。武田が優勢なのは誰が見ても明白。私はあなたに無駄死にして欲しくない。と方便であろうとも大義と相手への友愛を説きます。
誘いに乗らない相手は、実はそいつが謀叛を企んでいると敵陣営に噂を流して、敵陣営を疑心暗鬼にさせます。
こちらが軍勢を進めた頃は、敵の内部はガタガタであまり血を見ずに城を乗っ取ってしまいます。
先祖代々の主君をあっと言う間に裏切った
幸隆に乗せられたと不満顔の内応武将には、笑顔でぽんと肩を叩き、これから収入が増えて、家族や家臣も大喜びしておるのう。
信玄公も大喜びしておったぞ。
これから武田の家臣として、共に天下を目指そうぞ。
この場合、幸隆にとってウソでも大袈裟でも構わない。話しとして景気が良ければそれで良いのである。
信玄公が金で転ぶ内応武将を快く思ってなく、内応武将の家族や家来がかつての味方からの報復におびえていても構わない。
天下と言っても、武田は甲州は掌握したが信州は大半、上州は西部を掌握中で、まだまだ今川や北条にも及ばない。

幸隆にとっては、うそも100回言えば本当になる。
人間現実より気持ちの問題である。
過去より未来が大事である。

内応武将は信州上州の小天地を、擦り切れた甲冑をまとい槍を抱えて、額に汗をにじませ、ただわあわあ騒いで走り回っているだけの勇猛果敢な一騎がけの武者に過ぎない。
内応武将は、幸隆の〝天下〟という言葉に、えっ、と思った。
『俺もいい歳をしていつまでも一騎駆けの武者でもあるまいよ。』
天下と聞いて、華美にして重厚な甲冑を身につけている自身を想像した。
そして、床几に座り大勢の配下に囲まれて采配を振るう侍大将となった自分の将来を想像して、うれしそうに幸隆の言葉に首を縦に振るのであった。

常日頃から相手を選ばず人間口が上手くないとダメだよね。

筆者も明日から笑顔を作って、片っ端からほめごろしだ!
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