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ウワバミたちの女子会
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『八月十五日、お休みを頂きます』
そんな貼り紙が貼られたのはそれからすぐのことだった。
どうせ開けていても足を運ぶ気はなかったくせに、常連たちは文句を言う。
「日曜以外に休むなんて珍しいじゃないか、美音坊。親爺さんたちの法事かなんかかい?」
と訊いたのは、『ぼったくり』に冠婚葬祭以外の不定休などあり得ないと思っているマサ。
「先代が亡くなったのは春先だよ。彼岸ならともかく盆じゃない」
ウメはいつものように梅割の梅干しを箸先でいじめ、梅のエキスをたっぷり焼酎に染み出させながら答える。
「じゃあなんで」
しつこく食い下がるマサにウメが啖呵を切る。
「盆なんかに来たことないくせに、ぐだぐだ文句言うんじゃないよ!」
「開いてて来ないのと、閉まってて来られないのは違うんすよ」
銀ラベルのビールをちびちび飲みながらマサに加担したのはリョウだ。
「あんたも、盆には郷里(くに)に帰るって言ってたじゃないか。関係ないだろ!」
ウメは、ほいっと左足でリョウを蹴り上げる。
「いてっ。ウメさん、十五日は自分が『ぼったくり』に来る日に当たってないからって、余裕かましてるんっすね?」
核心を突かれたのか、ウメはわずかに決まりが悪そうな顔になった。
「ばれたか……。まあいいじゃないか。で、美音坊、ほんとはなにがあるんだい?」
「ごめんなさい。その日、貸切りの予定なんです」
「えー!! この店、そんなことできるんっすか??」
「どういう意味よ、リョウちゃん!」
後ろから『本日のおすすめ』でリョウの頭をぱしっと叩いたのは馨だった。
「宴会のひとつやふたつ、こなせないとでも思ってたの?」
「いや……そうじゃなくて……」
えらく方向違いに解釈されてしまった、とばかり、リョウは慌てて説明を加えた。
「ここって、ひとりで来てみんなと繋がる場所だと思ってました。最初からばーっとみんなで群れてやってくるのってなんか違うってえか……」
尻すぼみに声を落としていくリョウに、美音が柔らかい眼差しを向けた。
「ありがとう、リョウちゃん。私も『ぼったくり』はそういう場所にしたかったの。でもね、今回はちょっとわけがあって引き受けたのよ。だからごめんね、一日だけお休みさせてください」
「そうっすか……」
美音がわけがあると言うなら、きっとそうなのだろう。無理を言っても仕方がない……
そう思ってくれたかどうかは定かではないが、常連たちは、なんとか納得してくれたようだった。
「全部お任せする。美音さんなら間違いないから!」
そんな無責任な……と思うような丸投げぶりで、トモは献立を全権委託した。
飲み物も食べ物も全部任せる、と言うのだ。ただひとつつけられた注文はデザートの有無。
「女子会だから、デザートつけてもらえると嬉しいな。みんな酒豪だけど、やっぱり最後はスイーツで締めたいと思うのよね」
トモちゃん、ここって居酒屋だってわかってる? と問いつめたくなる。
うちはどこにでもある素材を、ちょっと目先を変えただけで出してしまう『ぼったくり』で、サービスで自分たちのおやつを提供することはあっても、初めて来てくれたお客さんに堂々と出せるようなスイーツなんて作れるわけがないのだ。
「どうしよう……デザートだって……」
日曜の朝、トモからのメールを見ながらため息をつく美音。馨が笑い声を上げる。
「でもお姉ちゃん、ケーキ作るの好きじゃない。高校の夏休みとか、よくおやつにムース系のケーキ作ってくれたよね。ああいうのなら作り置きできるし、後口もいいんじゃない?」
「そうだったっけ……? なんかもう覚えてないわ」
「そりゃそうよねえ。だってもう、うん十年昔……」
「うん十年じゃない! せいぜい十年でしょ!」
「はいはい、そうでした」
なんて言いながら、馨は二階の自分の部屋に逃げていく。
ちょっとは相談乗ってよ……と思ったけれど、ばたばたと出掛ける支度をしているところを見ると、どうやらそれどころじゃないらしい。きっとまた哲の応援にでも行くのだろう。
仲が良くてけっこうね……と思いながら、美音は本棚からデザートのレシピ本を取り出す。
当てずっぽうに開いたページには、うっすらとピンクがかった桃の写真が載っていた。
そろそろ桃も最盛期に入る。桃を使ったケーキもいいかも知れない。
桃の写真を見ていたら、舌に浸みる……と言ったくせに、大きな桃をぺろりと平らげていった男が思い出された。
このところ、何かにつけ意識に上る要という男。そういえば、あれきりやってこない。
できたてのカツサンドが食べたいから近いうちに行く、と言ったくせに……と恨めしく思っている自分に気が付いて、美音は苦笑いを浮かべる。
お客さんが来てくれないからって恨むなんて大間違い。また来るよ、なんて一番よくある社交辞令だってわかってるでしょ……
自分にそう言い聞かせながら、心のどこかにすきま風が吹くような気がする美音だった。
そんな貼り紙が貼られたのはそれからすぐのことだった。
どうせ開けていても足を運ぶ気はなかったくせに、常連たちは文句を言う。
「日曜以外に休むなんて珍しいじゃないか、美音坊。親爺さんたちの法事かなんかかい?」
と訊いたのは、『ぼったくり』に冠婚葬祭以外の不定休などあり得ないと思っているマサ。
「先代が亡くなったのは春先だよ。彼岸ならともかく盆じゃない」
ウメはいつものように梅割の梅干しを箸先でいじめ、梅のエキスをたっぷり焼酎に染み出させながら答える。
「じゃあなんで」
しつこく食い下がるマサにウメが啖呵を切る。
「盆なんかに来たことないくせに、ぐだぐだ文句言うんじゃないよ!」
「開いてて来ないのと、閉まってて来られないのは違うんすよ」
銀ラベルのビールをちびちび飲みながらマサに加担したのはリョウだ。
「あんたも、盆には郷里(くに)に帰るって言ってたじゃないか。関係ないだろ!」
ウメは、ほいっと左足でリョウを蹴り上げる。
「いてっ。ウメさん、十五日は自分が『ぼったくり』に来る日に当たってないからって、余裕かましてるんっすね?」
核心を突かれたのか、ウメはわずかに決まりが悪そうな顔になった。
「ばれたか……。まあいいじゃないか。で、美音坊、ほんとはなにがあるんだい?」
「ごめんなさい。その日、貸切りの予定なんです」
「えー!! この店、そんなことできるんっすか??」
「どういう意味よ、リョウちゃん!」
後ろから『本日のおすすめ』でリョウの頭をぱしっと叩いたのは馨だった。
「宴会のひとつやふたつ、こなせないとでも思ってたの?」
「いや……そうじゃなくて……」
えらく方向違いに解釈されてしまった、とばかり、リョウは慌てて説明を加えた。
「ここって、ひとりで来てみんなと繋がる場所だと思ってました。最初からばーっとみんなで群れてやってくるのってなんか違うってえか……」
尻すぼみに声を落としていくリョウに、美音が柔らかい眼差しを向けた。
「ありがとう、リョウちゃん。私も『ぼったくり』はそういう場所にしたかったの。でもね、今回はちょっとわけがあって引き受けたのよ。だからごめんね、一日だけお休みさせてください」
「そうっすか……」
美音がわけがあると言うなら、きっとそうなのだろう。無理を言っても仕方がない……
そう思ってくれたかどうかは定かではないが、常連たちは、なんとか納得してくれたようだった。
「全部お任せする。美音さんなら間違いないから!」
そんな無責任な……と思うような丸投げぶりで、トモは献立を全権委託した。
飲み物も食べ物も全部任せる、と言うのだ。ただひとつつけられた注文はデザートの有無。
「女子会だから、デザートつけてもらえると嬉しいな。みんな酒豪だけど、やっぱり最後はスイーツで締めたいと思うのよね」
トモちゃん、ここって居酒屋だってわかってる? と問いつめたくなる。
うちはどこにでもある素材を、ちょっと目先を変えただけで出してしまう『ぼったくり』で、サービスで自分たちのおやつを提供することはあっても、初めて来てくれたお客さんに堂々と出せるようなスイーツなんて作れるわけがないのだ。
「どうしよう……デザートだって……」
日曜の朝、トモからのメールを見ながらため息をつく美音。馨が笑い声を上げる。
「でもお姉ちゃん、ケーキ作るの好きじゃない。高校の夏休みとか、よくおやつにムース系のケーキ作ってくれたよね。ああいうのなら作り置きできるし、後口もいいんじゃない?」
「そうだったっけ……? なんかもう覚えてないわ」
「そりゃそうよねえ。だってもう、うん十年昔……」
「うん十年じゃない! せいぜい十年でしょ!」
「はいはい、そうでした」
なんて言いながら、馨は二階の自分の部屋に逃げていく。
ちょっとは相談乗ってよ……と思ったけれど、ばたばたと出掛ける支度をしているところを見ると、どうやらそれどころじゃないらしい。きっとまた哲の応援にでも行くのだろう。
仲が良くてけっこうね……と思いながら、美音は本棚からデザートのレシピ本を取り出す。
当てずっぽうに開いたページには、うっすらとピンクがかった桃の写真が載っていた。
そろそろ桃も最盛期に入る。桃を使ったケーキもいいかも知れない。
桃の写真を見ていたら、舌に浸みる……と言ったくせに、大きな桃をぺろりと平らげていった男が思い出された。
このところ、何かにつけ意識に上る要という男。そういえば、あれきりやってこない。
できたてのカツサンドが食べたいから近いうちに行く、と言ったくせに……と恨めしく思っている自分に気が付いて、美音は苦笑いを浮かべる。
お客さんが来てくれないからって恨むなんて大間違い。また来るよ、なんて一番よくある社交辞令だってわかってるでしょ……
自分にそう言い聞かせながら、心のどこかにすきま風が吹くような気がする美音だった。
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