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狙っていません
しおりを挟む滞在5日目、今日は午前中からカルゼン王子が王宮の外に連れて行ってくれた。昼食をご馳走になって王宮へ戻った。
「カルゼン殿下、ありがとうございました。楽しかったです」
「また別のところへ連れて行こう。許可が出るなら遠出もいいだろう。狩りでもしに行くか?」
「私、人は射抜けても動物は無理そうです」
「…分かった。行きたいところがあれば教えてくれ」
「でもお忙しいですよね?私は勝手に来た居候ですから」
「父上も母上も兄上も義姉上もエリシアを気に入っていて頼って来てくれたことを喜んでいるんだ。私ももっと早くちゃんと紹介してもらえていたらと思うよ」
? カルゼン王子も奥様用に大人のアイテムが欲しいのかな?
「分かりました。何か考えて作らせますね」
「え?」
「では失礼します」
王宮内に入り少し歩いたところで呼び止められた。
「お待ちになって、キュアノス子爵令嬢」
振り返ると紹介してもらったケリー王子妃が侍女を連れて立っていた。彼女はカルゼン王子の妻だ。
「ケリー王子妃様にご挨拶を申し上げます」
「話があるの」
ついて来いというのでついて行くと空き部屋に通された。
「私の夫に色目を使うのは止めなさい」
「え?」
「あなた、子爵家の令嬢でしょう?王子を狙うなんて身の程知らずだわ。それに婚約者がいるらしいじゃない」
「カルゼン王子殿下とは咎めを受けるような関係ではありません」
「でも軍部にいる殿下がどうしてあなたを連れて出かけるのよ」
「本当に下心はありませんでした。今後はお断りさせていただきます」
「断る?殿下が誘ったと言いたいの?」
「正確にはそうです」
「そんなわけないじゃない。あなたが王妃様にお願いしたんでしょう!」
「…もう出掛けたりしませんのでお許しください」
「頭を床に付けて謝罪しなさい」
「はい?」
「早く!」
「……」
腹が立って床に頭頂部を付けて逆立ちをした。
「申し訳ございませんでした!!」
「なっ!!」
パンツ見えたかな?
「では失礼」
なんか騒いでいたけど部屋を出た。
翌日、カルゼン王子が外出の誘いに来たので断った。
「ありがたいのですが、やはり私の世話はお止めください」
「エリシア?」
「カルゼン殿下はお仕事に集中なさってください。王子妃様が不快になるのも当然です。子爵令嬢が殿下の周りをウロウロしていたら嫌ですよね」
「ケリーが何か言ったんだな?」
「誤解がありましたが、誤解の元は私が作りました。王妃様にもカルゼン殿下を解放して差し上げてくださいとお願いに上がりましたので、もう命じられることはないと思います、カルゼン王子殿下、ありがとうございました」
「エリシア!」
カーテシーをして立ち去ろうとしたら腕を掴まれた。
「また誤解を受けますからお放しください」
「ケリーのことは気にしなくていい」
「ケリー王子妃様と私とでは身分が違い過ぎます。それに逆の立場なら嫌ですから」
カルゼン王子の手が緩み、私はその場を後にした。
【 カルゼン第二王子の視点 】
弓を射る令嬢に心を奪われた。小さくて細い美少女だった。エリシアは大きな弓を持ち、見事に遠くの的を射抜いていく。そして比較的裕福な王宮兵士達と賭けをして小銀貨を巻き上げていく。嬉しそうに微笑むエリシアはとても美しかった。
最初は王妃に彼女のことを頼まれたときは面倒だと思った。弓を使うらしいから適当に兵士達に預ければいいと練習場に連れて行った。お転婆娘が興味を持って習って、近くの木を的にする程度の力量だと思っていた。
頼んだと言って背を向けたら感性が上がったので振り返った。ど真ん中を射抜いていた。兵士が遠くの的を指差した。彼女は“賭けるならやりますよ”と言って対戦相手を募った。
エリシア・キュアノス子爵令嬢とは兄上が呼び付けたときに挨拶だけした。晩餐の席にもいたがオヴェルの王子と一緒だった。ヴラシス王子は彼女に夢中で、その様子を視界に入れた程度だった。
最初に預けてもらえていたら、エリシアはまだ婚約前で何とかなったかもしれない。今はもう既にヴラシス王子の婚約者なのに心を奪われるなんて哀れだ。エリシアは大人と子供を共存させたような令嬢だ。気高い思想と平民のような感覚を持ち合わせてもいる不思議な人だ。馬に乗せてくれと両腕を上げたときは可愛くて仕方なかった。まるで小さな女の子のようだった。なのに前に乗せて馬を歩かせると小柄な体から女を感じる。
そうだ。エリシアは兄上の結婚式の後、ヴラシス王子と温泉離宮へ籠っていたことを思い出したら胸がムカムカした。
令嬢嫌いの私が令嬢に恋をしてる。今更だ。私は先月妻を娶った。誰でもいいが仕事の邪魔をせず健康で浪費しない女を探させた。それが侯爵家の娘ケリーだ。美人と言えるだろうが全く興味が湧かなかった。さっさと子を産ませようと思い、夜には子作りをした。
そんな中、私はエリシアに恋をした。彼女に惹かれてからケリーと寝ていない。週に2度程度だったからケリーも気にしないと思っていた。
周囲に令嬢が行きたがりそうな店を聞いては連れて行った。喜んでくれたと思う。今日、次の約束をしようと思ったら拒絶された。ケリーが何か言ったらしい。
夜、ケリーの侍女を呼び出して日中の出来事を吐かせた後で、ケリーの部屋へ行きノックせずにドアを開けた。
「カルゼン殿下?」
「おまえにエリシアを咎める権利はない」
「…やっぱり誘惑されていたのですね」
「エリシアはそんな女じゃない」
「私は王子妃です。夫に近寄る卑しい女に忠告したところで咎められる謂れはありません」
「エリシアは母上の客人だ」
「ならば王妃様がお相手なさればよろしいではありませんか。あの娘は王子妃の座を狙っているのです」
「エリシアはそんな女じゃない。
それにもし私が別の妻を娶ることにしてもおまえに意見を述べる権利はない。おまえの役目は私の邪魔をしないこと、王家の方針を受け入れること、子を産むことだけだ。エリシアを娶るとしたら王家の方針として黙って受け入れろ!」
「あの娘は婚約者がいるではありませんか!」
「婚約は破棄も可能だ」
そう、どうしてもヴラシス王子が解消に同意しなければ破棄に持っていけばいい。
「そんな!」
「頭を床に付けて謝罪をしろ」
「殿下!?」
「早く!」
「私は悪くありません!」
「エリシアと過ごすことはいわば王妃命令だったんだ。それを妨害したのだからちゃんと詫びろ」
「っ!………申し訳ございません」
ケリーの手を軽く踏み付けた。
「立場が分かったか?二度と邪魔をするな」
自室に戻る途中、思い出して吹き出した。
“子爵令嬢は頭を床に付けて逆立ちをして謝罪をなさいました”
「ぷっ…ククッ」
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