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縁を切ったはずの母
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「楓、裁判に出るわよ」
「え?」
縁を切ったはずの母は会社に訪れ、警察署長や法曹界の関係者と会ったらしい。交番とコンビニにお礼の挨拶もしてくれたみたいだ。
その母はニッコリ微笑んで裁判を口にした。
「怪我をしているのだもの。今からでも病院に行くわよ」
「怪我の写真は撮りましたから」
「刑事は医者じゃないの。話を終えたら行くわよ」
「…はい」
「こちらでは変装も得意だとか。裁判では衝立で被害者が見えないようにすることは可能ですけど、あくまで犯人に対してですから。社長、頼めますか?」
「お任せください」
「楓、より刑罰の重い罪状を狙うわよ」
「でも」
「中村航平は事件当日付けで解雇されたわ。マンションは購入して4年。売りに出してお嫁さんのご両親と住むしかないわね。中村家には既に実家はなく、父親は他界しているし母親は田舎で一軒家を購入した娘夫婦に引き取られて同居しているらしいわ。小学生が2人と中学生が1人、合わせて6人で暮らしている家に3人追加は難しいし、名前が載った犯罪者に田舎は厳しいから断られるわね。妻の実家は団地みたいね。一室開けてもらえるのかしら。別れずに妻の実家に同居させてもらっても、別れて支援施設かどこかに身を寄せるにしても中村航平は必ず逆恨みするはずよ。刑期を出来るだけ延ばしましょう」
こんな短期間にそんなに調べ上げただなんて、どんな伝手を使ったのか聞くのが怖い。
「ますます怨念が募るのではありませんか?」
「実はね、強引に関係を持たされた子がいたのよ。お酒を少ししか飲んでないのに意識がなくなって気が付いたらホテルにいたんですって。当時は結婚を控えていたから泣き寝入りしたみたいだけど、結局結婚しても上手くいかずに別れたらしいの。名前が載ったから相談しに警察署に現れたってわけ。
警察が薬物の入手経路と記念品を保持していないか調べ出したから、余罪が増えるかもしれないわ」
「クズですね」
「そうクズなの。社会に出してはいけないクズよ」
「分かりました」
「全て出来るだけ早く片付くようお願いしてきたから、心の準備をしておいてちょうだい」
「はい」
「ふふっ、相手の頭に膝蹴りしたんですって?」
「最終的には」
「頑張ったのね」
「……」
「楓、あなたは二条の家を出されたけど、私が産んだ唯一の子なの。それは永遠に変わらないわ。覚えておきない」
「…はい」
「泣かなくてもいいの。部屋に戻りなさい。30分の間に落ち着かせて一階に降りてきてちょうだい。車が待っているから」
「…はい」
その後、母の知り合いの病院へ行き、写真を撮ったり手当てをしてもらった。
「そうですねぇ…おそらく靭帯の損傷ですね、まずは1ヶ月としましょう」
「え?そこまで痛くないんですけど」
「きっとまだアドレナリンが出ていて麻痺しているのですね。その後のリハビリを含めると全治3ヶ月かもしれませんね」
「ええ!?」
母が私の肩に手を置いた。
「楓、お医者様の診断は素直に聞き入れて、安静になさい。お返事は?」
「…はい」
「では、固定しましょうね」
「お、お願いします」
先生はサッと診断書を書いて母に渡した。
「まさか二条先生のお嬢さんがあの睡眠士だっただなんて」
「睡眠でお困りのことがあればご相談ください」
「そうします。次の科へどうぞ」
母と次に向かったのは同病院内の心療内科だった。
「初めまして、医師の石田です。二条先生にはお世話になっております。
夜道が怖くて吐き気や眩暈や動悸がするということですね?」
「いいえ」
「呼吸が乱れるとか」
「いいえ」
「特に公園や公衆トイレには近寄れないとか」
「いいえ」
「まずは半年ですかね。いや、1年かもしれませんね」
「ええ!?」
母がまた私の肩に手を置いた。
「楓、お医者様の診断は素直に聞き入れて、素直になりなさい。お返事は?」
「…はい」
「一応お薬は出しますが、飲まなくていいです」
そう言いながら診断書を書いて母に渡した。
「手首の治療の日に心療内科の予約も入れましょう。時間はほぼかかりませんからね」
「はい」
最後には院長とお茶を飲んで病院を出た。
車の中で念の為に確認をした。
「あの、これは?」
「裁判をして確実に有罪にするためよ。手首が痛いのは本当でしょう?」
「はい」
「あんな目にあってまったく大丈夫な女の子はいないわ。そうでしょう?怖かったはずよ」
「はい」
「受けるべき治療を受けただけよ」
「でも、」
「病院が男に襲われた女性の治療をすることは珍しいことじゃないの。殴られて鼻を折っていても恋人からやられたと言わない女の子もいるし、何度も治療しにくるのに転んだと言って夫のことを話さない妻もいるの。治療して送り出したのに、また怪我を負ってやってきたときの医師や看護師達の気持ちは言い表せないわ。けして無関心じゃないのよ。憤りを抑え込んでいるだけ。だって目の前には被害者しかいないんだから。
被害者は妻や恋人や他人だけじゃないわよ。実の娘や姪や従姉妹、義理の娘ってこともあるわ。大抵は我慢よ。後にあの科を訪れる人がどれだけいるか。今日の医師達は卑劣な犯罪の根絶を願っているだけ。別にありもしない怪我を捏造していないわ。頚椎や足首の捻挫とか加えてないでしょう?それに間違いなく今だってあなたの心の中にはあの夜の恐怖と嫌悪感が残っているはずよ。事務所で分かったわ。だから間違いじゃない」
「はい」
送ってくれた母はそのまま帰ったけど、頻繁に現れそうな気がする。
「え?」
縁を切ったはずの母は会社に訪れ、警察署長や法曹界の関係者と会ったらしい。交番とコンビニにお礼の挨拶もしてくれたみたいだ。
その母はニッコリ微笑んで裁判を口にした。
「怪我をしているのだもの。今からでも病院に行くわよ」
「怪我の写真は撮りましたから」
「刑事は医者じゃないの。話を終えたら行くわよ」
「…はい」
「こちらでは変装も得意だとか。裁判では衝立で被害者が見えないようにすることは可能ですけど、あくまで犯人に対してですから。社長、頼めますか?」
「お任せください」
「楓、より刑罰の重い罪状を狙うわよ」
「でも」
「中村航平は事件当日付けで解雇されたわ。マンションは購入して4年。売りに出してお嫁さんのご両親と住むしかないわね。中村家には既に実家はなく、父親は他界しているし母親は田舎で一軒家を購入した娘夫婦に引き取られて同居しているらしいわ。小学生が2人と中学生が1人、合わせて6人で暮らしている家に3人追加は難しいし、名前が載った犯罪者に田舎は厳しいから断られるわね。妻の実家は団地みたいね。一室開けてもらえるのかしら。別れずに妻の実家に同居させてもらっても、別れて支援施設かどこかに身を寄せるにしても中村航平は必ず逆恨みするはずよ。刑期を出来るだけ延ばしましょう」
こんな短期間にそんなに調べ上げただなんて、どんな伝手を使ったのか聞くのが怖い。
「ますます怨念が募るのではありませんか?」
「実はね、強引に関係を持たされた子がいたのよ。お酒を少ししか飲んでないのに意識がなくなって気が付いたらホテルにいたんですって。当時は結婚を控えていたから泣き寝入りしたみたいだけど、結局結婚しても上手くいかずに別れたらしいの。名前が載ったから相談しに警察署に現れたってわけ。
警察が薬物の入手経路と記念品を保持していないか調べ出したから、余罪が増えるかもしれないわ」
「クズですね」
「そうクズなの。社会に出してはいけないクズよ」
「分かりました」
「全て出来るだけ早く片付くようお願いしてきたから、心の準備をしておいてちょうだい」
「はい」
「ふふっ、相手の頭に膝蹴りしたんですって?」
「最終的には」
「頑張ったのね」
「……」
「楓、あなたは二条の家を出されたけど、私が産んだ唯一の子なの。それは永遠に変わらないわ。覚えておきない」
「…はい」
「泣かなくてもいいの。部屋に戻りなさい。30分の間に落ち着かせて一階に降りてきてちょうだい。車が待っているから」
「…はい」
その後、母の知り合いの病院へ行き、写真を撮ったり手当てをしてもらった。
「そうですねぇ…おそらく靭帯の損傷ですね、まずは1ヶ月としましょう」
「え?そこまで痛くないんですけど」
「きっとまだアドレナリンが出ていて麻痺しているのですね。その後のリハビリを含めると全治3ヶ月かもしれませんね」
「ええ!?」
母が私の肩に手を置いた。
「楓、お医者様の診断は素直に聞き入れて、安静になさい。お返事は?」
「…はい」
「では、固定しましょうね」
「お、お願いします」
先生はサッと診断書を書いて母に渡した。
「まさか二条先生のお嬢さんがあの睡眠士だっただなんて」
「睡眠でお困りのことがあればご相談ください」
「そうします。次の科へどうぞ」
母と次に向かったのは同病院内の心療内科だった。
「初めまして、医師の石田です。二条先生にはお世話になっております。
夜道が怖くて吐き気や眩暈や動悸がするということですね?」
「いいえ」
「呼吸が乱れるとか」
「いいえ」
「特に公園や公衆トイレには近寄れないとか」
「いいえ」
「まずは半年ですかね。いや、1年かもしれませんね」
「ええ!?」
母がまた私の肩に手を置いた。
「楓、お医者様の診断は素直に聞き入れて、素直になりなさい。お返事は?」
「…はい」
「一応お薬は出しますが、飲まなくていいです」
そう言いながら診断書を書いて母に渡した。
「手首の治療の日に心療内科の予約も入れましょう。時間はほぼかかりませんからね」
「はい」
最後には院長とお茶を飲んで病院を出た。
車の中で念の為に確認をした。
「あの、これは?」
「裁判をして確実に有罪にするためよ。手首が痛いのは本当でしょう?」
「はい」
「あんな目にあってまったく大丈夫な女の子はいないわ。そうでしょう?怖かったはずよ」
「はい」
「受けるべき治療を受けただけよ」
「でも、」
「病院が男に襲われた女性の治療をすることは珍しいことじゃないの。殴られて鼻を折っていても恋人からやられたと言わない女の子もいるし、何度も治療しにくるのに転んだと言って夫のことを話さない妻もいるの。治療して送り出したのに、また怪我を負ってやってきたときの医師や看護師達の気持ちは言い表せないわ。けして無関心じゃないのよ。憤りを抑え込んでいるだけ。だって目の前には被害者しかいないんだから。
被害者は妻や恋人や他人だけじゃないわよ。実の娘や姪や従姉妹、義理の娘ってこともあるわ。大抵は我慢よ。後にあの科を訪れる人がどれだけいるか。今日の医師達は卑劣な犯罪の根絶を願っているだけ。別にありもしない怪我を捏造していないわ。頚椎や足首の捻挫とか加えてないでしょう?それに間違いなく今だってあなたの心の中にはあの夜の恐怖と嫌悪感が残っているはずよ。事務所で分かったわ。だから間違いじゃない」
「はい」
送ってくれた母はそのまま帰ったけど、頻繁に現れそうな気がする。
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