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婚約者のいない学園

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お金をかけた食堂は、似つかわしくない騒音を立てている。

大声で話す者達、高い声で笑う者達、椅子を引き摺る音、食器の音、咀嚼などの音。

「リナ様、
あちらの席の方が静か気もしれません」

「ごめんなさいね。ジェシカまで巻き込んで」

「私は護衛のために入学しました。
本来なら通うことさえ許されない身です。
感謝しております」

学園は三つに分かれる。
貴族科 騎士科 商科。

貴族科は当然貴族のみ。
騎士科は半分平民。商科は貴族二割。
騎士科と商科は、国が授業料を三割負担してくれる。
騎士科は国に雇われ五年勤めたら 残りの七割が戻ってくる。
商科は国に雇われ十年勤めたら 残りの七割が戻ってくる。

三つの科は建物が分かれている。敷地内分校みたいな感じだ。
だって教室も食堂も寮も庭も 科ごとにある。

私は商科を選んだので、この食堂はほとんどが平民の集まりだ。だから煩い。

パンを投げる男子生徒までいる。

「まるで動物園ね」

ここは日本でいう高校だろう。
私はもちろん一般家庭の出だから、平民だ。
だけどこんなに酷くない。

「マナーの授業もありますから、そのうち静かになるかと思います」

ジェシカはレオナルドが就けた護衛だ。

二ヶ月前に紹介されたときは“愛人の紹介ですか?”と聞いたものだ。

ジェシカは驚いた後に笑っていた。
レオナルドは溜息を吐いていた。


食べていると男子生徒が寄ってきた。

「可愛いなぁ。貴族だよな?
何で令嬢のくせに商科なんかに?
こんな可愛い顔して男漁りに来たのか」

「失礼な!」

「ジェシカ。放っておきなさい」

立ち上がろうとするジェシカの手首を掴んだ。

「ですが、」

「怒る気にもなれないわ。
この方のご両親は大金を工面して入学させただろうに、コレじゃあお城には採用してもらえないもの。
二年後卒業出来ずに涙を流すお姿が浮かぶわ。
まあ、進級試験のある一年後かもしれませんけど。
だから相手にすることはないわ」

「生意気だな。
ここは誰も守ってくれないぞ?」

「貴方の方が守ってもらえないのにね」

「躾が必要だな」

男子生徒の手が伸び、私の前にジェシカが立った。

「ぐっ!!」

男子生徒は宙に浮かび脚をバタつかせた。
顔には血が集まり赤く染まる。
背後から腕を回されて首を絞められているからだ。

食堂は一気に静まり返った。

「お兄様、そろそろ」

ドサッ

解放された男子生徒は床に倒れ込み、ジェシカが脈と呼吸を確かめた。

「失神してますね、ちゃんと生きてます。ご安心ください」

「リナ。やっぱり商科は危険だな」

「頭脳を使う学部だと思ったのに動物園だっただなんてガッカリです。
こんなことなら留学すれば良かったです」

お兄様は城務めの文官だ。所属は騎士団。
今回、私が入学するので特別任務として私のクラスの担任を任された。
 
卒業までお兄様が担任だから安心だ。
陛下直々の任命らしい。

「留学なんて許してもらえるはずないだろう」

「この国の学園内でさえチンピラがいるからですか?」

「「チンピラ?」」

「えっと…破落戸?」

「こいつは退学にして僻地に飛ばすから大丈夫だよ」

「僻地?」

「学園内とはいえ、伯爵家の令嬢に暴言を吐いて手を出そうとしたんだ。貴族の制裁が待ってるに決まってる」

「退学だけではダメですか?」

「寧ろ 僻地に飛ばさないとコイツの命が無い」

「確かに。僻地に送ることで守ってあげるのですね。
さすがです。アブリック先生」


効果覿面だった。

食堂の動物達は、この日から静かに礼儀正しくなった。

商科は通常休みは週一で 夏と学年修了後の三週間がある。二年制で試験はどの科よりも厳しい。

休みの日にレオナルドが訪ねてきた。

「リナ」

「ごきげんよう」

「…機嫌が悪い?」

「そんなことはありません。疲れてるだけです」

「困ったことはない?」

「ありません」

「そう?初日に変な男に絡まれたんだって?」

「お兄様がいますから大丈夫ですわ」

「…やっぱりおかしい。
リナ。何かあるんだろう?」

「無いです」

「僕に敬語を使うこと自体 変だろう」

「ご用がなければ休ませてください。
初めての学園で最初の休みなのです」

「分かった。今日は帰るけど、次は帰らないよ」

バタン

「お嬢様、大丈夫ですか?」

「疲れてるだけよ」


部屋に戻りゴロゴロしながらポップコーンを口に入れた。
塩味しか作れなかったけど美味しい。

この苛立ちの源を認めてはいけない。



【 レオナルドの視点 】

コンコンコンコンコンコン
コンコンコンコンコンコン

「レオナルド、それうるさい」

「すみません」

学園を卒業してエリオット殿下の側近見習いとして従事することになった。
リナは学園があるから暇つぶしになると思った。

だけど勤めてみたら終わる時間が遅い日が多かった。
さすがにリナに会いに行くのは控えた。

僕とエリオット殿下の学園が始まった時も、学園帰りにアブリック邸に寄ってリナを愛でていたのに……。

リナの休日に会いに行ったが機嫌が悪かった。
確かに学園に通い出して疲れているのだろう。

入学式の翌日、早速リナが絡まれた。
ディオン殿がいてくれて良かった。
父上と陛下が話し合ってディオン殿の派遣を決めたらしい。

ディオン殿は騎士団所属の文官だ。
団長になるのも近衛も狭き門だが騎士団の文官も同じだ。

騎士として働くことも文官として働くことも、宮廷医の助手として働くこともできる。

ディオン殿は騎士団と国王陛下の執務室の両方からスカウトされた。
騎士団の方が気が楽だと今の所属になった。


「レオナルド」

「はい」

「リナに絡んだ学生はどうなったんだ?」

「意外にも男爵家の三男でした。
退学になって僻地の井戸掘りをやっているそうです」

「その後は?」

「何がですか」

「レオナルド」

「同じ場所に行く男に小遣いをやって、小さな嫌がらせを一年続けてくれと頼んでおきました」

「小さな嫌がらせ?」

「彼の飲みのだけ酸っぱいとか、彼の寝床だけ湿っていて臭いとか、彼の靴の中に馬糞がちょっとだけ入ってるとか」

「命は取らなかったんだな」

「ディオン殿のおかげです」


ジェシカは変わったことは無かったと言っていたのに。

「レオナルド。考え事か?」

「もう辞めてリナの世話をしたいなと」

「忘れて働いてくれ」



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