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緩む口
しおりを挟む【 ハミエルの視点 】
つい殴ってしまった。
殴るつもりはなかったし、あんなになるとは思わなかった。思わず手が出て 力加減ができておらずセシルの頬にはくっきりと手形が付いてしまった。
柔らかかった。改めてあいつも女なのだと実感した。
直ぐ後に アルバートが来た。
「若旦那様、流石に暴力はよろしくありません」
「だが あいつが、」
「若奥様は今、国に提出しなければならない書類と格闘なさっています。期限も短く 本当にお忙しいのです。
予算も、若奥様の本来の予算の三分の一を、若旦那様に補填している状態なのです」
は? そんなことは聞いていないぞ…
「そんなにセヴリッジは余裕が無いのか?」
「長期契約が終わった事業がありまして、それがかなりの収益になっておりました」
「更新すればいいじゃないか。セシルは何をやっていたんだ!」
「更新が切れたのは婚姻前で、若奥様には関係ございません」
「一体何なんだ」
「先程の写撮機のように、魔道具の進化で需要がなくなりました。大旦那様にもどうすることも出ませんでした」
「契約が無くなる前と後とではどのくらい違うんだ」
アルバートは指を3つ立てた。
「3割減か?」
「いえ。3割しかないという意味です。つまり7割減です」
「は!? 何で教えないんだ!」
「ご存知のはずです」
「聞いていない!」
「若奥様が手を付けてくださるまでは、収支報告書に署名をなさったではありませんか」
「あ…あれか」
見ても分からないし、父上達が作ったものだろうからと署名だけしていた。
「そんなに減って、セヴリッジはどうしているんだ」
「貯えが減る一方で、大旦那様と若奥様が話し合い、経費削減を実行なさいました。
領地でもこちらでも使用人は少し減らしました。
余分な贅沢品は買わず、食費も抑えております。
買い替えも壊れるまで行いません。
領地でもこちらでもお酒を召されるのは若旦那様だけです。
そして個々の予算は若旦那様以外半分となりました。大旦那様は若旦那様の予算も半分にするおつもりでしたが、伯爵になりたてだからと若奥様が反対なさって、若旦那様の予算はそのままとなりました。加えて、半分になった若奥様の予算から三分の一が若旦那様に補填されています。
申し上げますが、元々若奥様の予算は若旦那様よりも少ない額です。これ以上は、」
「分かった」
「では、失礼いたします」
何で俺だけ知らない!セシルは何故…
『伯爵様、ご報告が、』
『お前から聞くことは何もない!アルバートか補佐達を通せ!』
そうだ。俺がセシルからの報告を拒否したんだ。
『若旦那、報告に上がりました。一番上の書類は、…………以上です。ご不明な点はございますか』
『ご苦労だった』
何を言っているのかよく分からず、分からないとも言えず理解したフリをしていた。
……俺が悪いのか。
今夜はいつもの夜会に久しぶりに行く日だ。
こんな憂鬱なときは気分転換が必要だし、恋人も作らねば。
セシルが今のセヴリッジに必要なのは分かった。
だから金持ちの娘を捕まえてセシルと入れ替えればいい。
令嬢好みの服を着て出発した。
「久しぶりですわね、セヴリッジ伯爵」
「お久しぶりです、カウンゼル侯爵夫人。少し仕事が忙しくて」
「お若いのに大変ですわね。今夜は楽しんでくださいね」
「ありがとうございます」
会場に入りワインを手に持ち、参加者を物色した。
先ずドレスを確認する。高価なドレスでも裾を確認すると着古しているか分かる。あの女はいかにもという雰囲気をしているが、ドレスの裾がくすんでいる。他にも複雑な細工の髪飾りがしっかり磨き上げられているかどうか、髪の艶や指先を確認していく。
やっと合格ラインの女がいた。
声をかけると俺の顔を見て瞳が輝いた。
婚約指輪も契約の証もない。
「こんな素敵なレディを放っておくなんて気が知れませんね」
「まあ、お上手ですわね。最近まで留学に出ていてて……大丈夫ですか?」
「何が?」
「口からワインが…」
手で口元を触ると水気の感触があり、下を見ると服はワインで染まっていた。
「!! 失礼」
慌てて洗面室へ駆け込み、鏡を見た。
口が閉じない。
話すことはできている。なのに僅かながら口が閉じきらない。火傷の影響かと上唇の上を触れたが何ともない。
下唇に触れ、下に指を下ろすと感覚が無かった。
水を含んでみても一部を飲み込み、残りは口から溢れ落ちていく。何なんだ!?
仕方なく屋敷に戻り医者を呼ぶが、
「冷たくなっているとしか分からず、原因不明です」
「は? そんな馬鹿な」
「申し訳ございません」
仕方なく、明日別の医者にかかろうと思ったが、翌朝には治っていた。
なんなんだ?
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