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介護からのSOS
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私は表情を一度消して辛かった過去を思い出すように話し始めた。
「あの、私の家も祖母がアルツハイマーでした。父がおばあちゃんを家で介護したいと言って在宅介護が始まりました。父は自分も手伝うからと言って、更に親子の情を口にして母にノーと言えない状態にしたのです。ですが父は仕事を理由にほとんど何もしませんでした。母は介護と家事と子育てがありました。子育てといってもその頃の私は手がかからない歳で、通常の洗濯などは手伝いました。
母が限界を感じて施設の利用を訴えましたが、父は“無職のくせに”と言ったのです。元々母は長く正社員として勤めていたのに介護があるから辞めざるを得なかったのです。
このままでは誰かが死ぬと思いました。だから私は母に家を出ようと言ったのです」
おばあちゃんの息子さんの表情が固くなっていく。
「酷いと思いますか?でも母が耐えかねて死ぬか、祖母に手を掛けるか私は心配でしたし、父が許せなかったのです。社内の付き合いだの取引先の接待だのと飲んで帰ってくるくせに母には休日もありません。夜中も対応しなくてはならなかったのです。
お酒を飲まなければ仕事が円滑にならないというのなら朝からずっとお酒を飲んでいればいいことですよね?
母は離婚届を置いて私と家を出ました。母は元の職場に再就職できたので問題ありませんでした。父は離婚届に署名することを渋りましたが、離婚しようがしまいが母と私が家に帰らないことは変わりません。結局、父は祖母をすぐに施設に預けました。家と祖母との思い出とか語っていたくせに、早かったですよ」
「どうなったのですか」
お嫁さんが真剣な顔で私に聞いた。
「父の親戚は父の言葉だけを信じて母を非難しましたが、私が親戚の集まりに顔を出して洗いざらい暴露しましたし、母は几帳面な人で介護記録を付けていました。自分の睡眠時間や体調、父の帰宅時間や飲酒の有無、父がやったわずかな介護や家事を全て記録していたのです。最初は祖母の介護の効率化や通院のための記録でしたが、すぐに自身と父の記録を付け足すようになりました。調停で母が勝ち離婚が成立した事で私の話が本当だったと理解した親戚達は父との関わりを遠慮したり父を叱ったりしたそうです。
そもそも、母と祖母は血の繋がりはありません。母は父の家政婦でも祖母のための介護士でもありません。実子である父がすべき事を助けるという立場なのが母です。私はどうしてもあのときの父が許せなくて縁を切りました。母子家庭になったので質素な生活にはなりましたが、母と家を出たことは後悔しておりません。
全ての在宅介護を否定するわけではありません。
分かりやすいのは一番お世話に時間をかけている奥様の介護前と介護スタート後を比べることです。完全な休みはあるのか、外出したり人付き合いはできているのか、通院はできているか、美容院は行けているか、夜ぐっすり眠れる日は月に何日あったのか。手や腕に痣や引っ掻き傷はないか。写真を撮って比べるのもいいでしょう。痩せたり表情に疲弊が浮き出ていたりするかもしれません。妻の変化を知ってもなお、夫が現状を最善だと思うのであれば、それはもう支え合う夫婦とは言えません。
私が見てきた現場でのことですので、坂田さんはそんなことはないと思いますが」
「……」
そんなことはあるはずだ。予めお嫁さんの雅美さんから聞いていた話に沿っているのだから。
依頼主は夫の坂田潤さんと見せかけて、本当は坂田雅美さんだ。
雅美さんは『アクター』の存在を知って相談をしてきた。申し込みを受けて詳しく状況を聞いた。
そこで、雅美さんの個人の貯金を使って睡眠士を雇ってお義母様に睡眠をとってもらいたいと夫の坂田さんを誘導した。坂田さんは同意して私を雇った。
今回はいつもの仕事にプラスして、夫の坂田さんにこのままではまずいことを認識してもらうことも依頼に入っている。
坂田家に近い状況で私の経験談を作って話した。そして自分の妻の状況を改めて確認するよう促した。
今、坂田さんは妻雅美さんの腕を見ている。おばあちゃんが雅美さんを強く掴んだり物で叩いたときの痣や引っ掻き傷を。
「あの、私の家も祖母がアルツハイマーでした。父がおばあちゃんを家で介護したいと言って在宅介護が始まりました。父は自分も手伝うからと言って、更に親子の情を口にして母にノーと言えない状態にしたのです。ですが父は仕事を理由にほとんど何もしませんでした。母は介護と家事と子育てがありました。子育てといってもその頃の私は手がかからない歳で、通常の洗濯などは手伝いました。
母が限界を感じて施設の利用を訴えましたが、父は“無職のくせに”と言ったのです。元々母は長く正社員として勤めていたのに介護があるから辞めざるを得なかったのです。
このままでは誰かが死ぬと思いました。だから私は母に家を出ようと言ったのです」
おばあちゃんの息子さんの表情が固くなっていく。
「酷いと思いますか?でも母が耐えかねて死ぬか、祖母に手を掛けるか私は心配でしたし、父が許せなかったのです。社内の付き合いだの取引先の接待だのと飲んで帰ってくるくせに母には休日もありません。夜中も対応しなくてはならなかったのです。
お酒を飲まなければ仕事が円滑にならないというのなら朝からずっとお酒を飲んでいればいいことですよね?
母は離婚届を置いて私と家を出ました。母は元の職場に再就職できたので問題ありませんでした。父は離婚届に署名することを渋りましたが、離婚しようがしまいが母と私が家に帰らないことは変わりません。結局、父は祖母をすぐに施設に預けました。家と祖母との思い出とか語っていたくせに、早かったですよ」
「どうなったのですか」
お嫁さんが真剣な顔で私に聞いた。
「父の親戚は父の言葉だけを信じて母を非難しましたが、私が親戚の集まりに顔を出して洗いざらい暴露しましたし、母は几帳面な人で介護記録を付けていました。自分の睡眠時間や体調、父の帰宅時間や飲酒の有無、父がやったわずかな介護や家事を全て記録していたのです。最初は祖母の介護の効率化や通院のための記録でしたが、すぐに自身と父の記録を付け足すようになりました。調停で母が勝ち離婚が成立した事で私の話が本当だったと理解した親戚達は父との関わりを遠慮したり父を叱ったりしたそうです。
そもそも、母と祖母は血の繋がりはありません。母は父の家政婦でも祖母のための介護士でもありません。実子である父がすべき事を助けるという立場なのが母です。私はどうしてもあのときの父が許せなくて縁を切りました。母子家庭になったので質素な生活にはなりましたが、母と家を出たことは後悔しておりません。
全ての在宅介護を否定するわけではありません。
分かりやすいのは一番お世話に時間をかけている奥様の介護前と介護スタート後を比べることです。完全な休みはあるのか、外出したり人付き合いはできているのか、通院はできているか、美容院は行けているか、夜ぐっすり眠れる日は月に何日あったのか。手や腕に痣や引っ掻き傷はないか。写真を撮って比べるのもいいでしょう。痩せたり表情に疲弊が浮き出ていたりするかもしれません。妻の変化を知ってもなお、夫が現状を最善だと思うのであれば、それはもう支え合う夫婦とは言えません。
私が見てきた現場でのことですので、坂田さんはそんなことはないと思いますが」
「……」
そんなことはあるはずだ。予めお嫁さんの雅美さんから聞いていた話に沿っているのだから。
依頼主は夫の坂田潤さんと見せかけて、本当は坂田雅美さんだ。
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そこで、雅美さんの個人の貯金を使って睡眠士を雇ってお義母様に睡眠をとってもらいたいと夫の坂田さんを誘導した。坂田さんは同意して私を雇った。
今回はいつもの仕事にプラスして、夫の坂田さんにこのままではまずいことを認識してもらうことも依頼に入っている。
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今、坂田さんは妻雅美さんの腕を見ている。おばあちゃんが雅美さんを強く掴んだり物で叩いたときの痣や引っ掻き傷を。
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