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5章
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しおりを挟むパーティーと言われて思い浮かぶのは、カンディードで年に二度ほどある記念祭だ。
その年の初めと、組織の創立日を祝うものがあるが内実はそう変わらない。
食堂を貸し切り二日に渡って飲み食いして騒ぎ、ささやかな催し物などを楽しむのが定番だ。
決してお行儀の良いパーティーではないが、構成員の多くがそれを楽しみにしている。
だから、まあこうも違うものかと寧ろ感心した。
防壁のホールと同程度の広さの会場では、華やかに着飾った人々が優雅におしゃべりと食事を楽しんでいた。
突然歌い出す酔っぱらいも食べ過ぎを揶揄われるお調子者もいない。
高い天井には小さなシャンデリアが幾つも吊るされ、テーブルに並んだ料理も煌びやかで手を付け難い雰囲気を纏っている。
気後れはするが黙っていれば襤褸を出すこともないだろう。
幸い声を掛けてくる参加者には、ヴィオが卒なく挨拶を返してくれた。
彼らは半歩後ろに控えるアトリに好奇の視線を寄越しはするが、不躾に問いを投げかけてくることはない。
多くが政界関係者、教会の幹部もいるだろうか。
少し離れたテーブルで、いつもの礼服姿のレクターが誰かと談笑しているのが見えた。
新聞社の人間も来ていると言うが、一見誰がそうなのか判別は出来ない。
「どうかした? クレハ」
ユーグレイがいればすぐにわかるだろうと思ったが、少しヒールのある靴を履いているとは言えクレハは背が高い方ではない。
視界の悪さからつい目を凝らすように辺りを見回してしまって、ヴィオに声を掛けられる。
アトリは傍の青年を見上げて「いや」と言葉を濁した。
クレハの現状を訴え出れば、きっと誰か味方をしてくれるはずだろうという予想はしているが。
見知らぬ人ばかりでいまいち確信が持てない。
ヴィオはすぐ近くのテーブルから小さな焼き菓子を摘んだ。
ピンク色のクリームで飾られた一口大のそれを、アトリに勧める。
「こういうパーティーは初めてかい? 気にせず何でも食べると良いよ」
「……や、ちょっと気分じゃなくて」
多分、二度と来ないであろうノティスの高級ホテルの料理だ。
自分事であれば気にもせず口に運んだだろうが、今回のことはクレハという少女の今後がかかっている。
流石に呑気にお菓子を摘む余裕まではない。
アトリが軽く手を振って断ると、ヴィオは持っていた焼き菓子をそのまま自分の口に運んだ。
「ああ、わかった。緊張しているんだろう? 後援者との話に一区切りつくまでは、父も私たちのことを呼びつけたりはしないはずだよ」
彼が視線を投げた先、恰幅の良いスーツの男が数人に囲まれて笑っている。
「んじゃ、今のうちにちょっと……化粧を直しに行っても?」
危うく「用を足しに行っても?」とか言うところだった。
流石にそれは不味いだろうと、アトリは苦笑を堪えて言う。
ヴィオはもちろんと頷いてスタッフに目配せをする。
案内されて出た廊下は静かだった。
広く明るい廊下の先、数人の警備員がフロアの出入りを取り締まっているようだ。
背後の扉を一度閉めて、アトリはすぐに振り返った。
上手く一人になれたところで、こっそり会場に戻ってユーグレイを探そうと思ったのだが。
金色の取手に触れた瞬間、扉はあっさりと開いた。
「……あ」
同じ目的の人だろう。
アトリと同様会場から出て来た人と鉢合わせる。
若干の気まずさはあったが、黙礼でもしてやり過ごそうと頭を下げかけて。
「フォックスさん」
やや鋭い目元に、明るい茶髪。
間違いようもなく今回の仕事の依頼者である現地調査員だ。
彼は目の前に少女が立っていたことに驚いて、更にその口から自身の名が飛び出して二度驚いたようだった。
目を丸くして呆けたのも一瞬。
流石の対応力で彼は表情を引き締める。
きっとアトリが会場を一人で出たところを見て追いかけて来たのだろう。
マリィに頼んだ伝言は、無駄にならなかったようだ。
フォックスは廊下の壁際にアトリを促して、「クレハ・ヴェルテットさんですね?」と確認をする。
そうなんだけど違うと説明している時間はない。
アトリは返事をせずに、「ユーグは?」と問いを返した。
「はい? ユーグって、ユーグレイさんのこと?」
「そう」
「へ、お知り合い?」
そんなもん、と答えるとフォックスは首を傾げながらも疑問を呈することはしなかった。
「ちょっとこっちも色々あってサ、一緒には来てないんだよね。伝言は知ってるし、一応身分証は渡してあるんだけど」
色々あって、か。
いや少なくともここにフォックスが来てくれたのは、何より心強い。
アトリは「そっか」と一つ頷いてから、背後に視線をやった。
警備員の目も届くところだ。
長話は出来ない。
「フォックスさん、手短に話す」
「構わないけどサ、お嬢さんはどこで自分の名前をー?」
間延びした声。
答えが返ってくるとはフォックスも思ってはいないようだ。
アトリは首だけ振って続ける。
「この後クレハたちの婚約発表がある。新聞社も来てるって言うからそこで現状を訴えてレクターを糾弾する。上手いこと保護して欲しい」
「……了、解?」
「ついでに、教会のクレハの部屋に捕まってる人がいる。この後の騒ぎに乗じて脱出させるつもりだけど、そっちもフォローもらえたら嬉しい」
ぐぇ、と上げかけた声を飲み込み、フォックスはついに頭を抱えて項垂れた。
けれどその肩は笑いを堪えるように微かに揺れている。
何が可笑しかったのか。
「どーなっちゃってんのサ、お嬢さん。おたく、それだけ行動力あればここまで我慢することなかったでしょうよ」
「……まぁ、それはそうなんだけど」
クレハ本人じゃないのだから当然だ。
その当人も入れ替わりなんて非常事態に「これを機に父親を殺そう」と思いつく辺り行動力はあるのだろうが。
ひとまず伝えるべきことを伝えた安心感で、アトリは息を吐いて微笑む。
「ともあれ来てくれてホント助かった。ありがとう」
フォックスは怪訝そうに眉を寄せながらも、「どーいたしまして」と笑った。
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