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7章
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しおりを挟む少し前を歩く見慣れない後ろ姿。
背格好の印象は大切な相棒に似ている気がするが、記憶を辿っても当て嵌まるような相手は思い浮かばない。
すらりと伸びた背筋に、さらさらと揺れる柔らかそうな髪。
何か話しかけられていると思ったが、その声は全く聞こえない。
一瞬で掻き消えそうなほどに頼りない視界。
ああ、これは夢だ。
それも自分のものではなく、身を寄せ合うようにして眠った彼が見ている夢だろう。
その共有は、擦り切れたフィルムを見ているような不思議な感覚だった。
目の前の人影がゆっくりと立ち止まる。
肺が圧迫されるような緊張感。
その人がどれほどの言葉を投げかけて来たとしても仕方がないと、思った。
或いはその手にナイフが握られていたとしても、ここから一歩でも逃げてはならない。
けれど、どうか。
叶うのならば、このまま振り返らないで欲しい。
夢を綴る彼の感情が溢れ出して、苦しくなる。
叫び出したような鋭い悔恨に、風景は絵の具をぶちまけたようにぐしゃりと歪んだ。
ぱっと開けた視界。
目の前には酷く端正なユーグレイの寝顔があった。
二人で並んで寝ても十分な広さのベッドだが、殆ど彼に抱き込まれるような体勢である。
思ったより寒かったせいもあるだろう。
当然のように背中に回されていた彼の腕に、力が入るのがわかった。
閉じられたままの瞳。
ユーグレイはまだあの夢の続きを見ているらしい。
あたたかな毛布に守られていない首筋が少し寒くて、アトリは遠慮なくユーグレイの胸元に頭を寄せた。
案の定規則正しい寝息が途切れる。
「…………アトリ」
「ん、おはよ」
ゆるりと瞼を開いたユーグレイは不安そうにアトリの髪を撫で、首筋を指で辿った。
くすぐったいって、と軽く訴えるが彼の指は躊躇うことなく肌を滑っていく。
確かめるように頸動脈を軽く押さえられてアトリは苦笑した。
急所を晒す恐怖は全くない。
ユーグレイが触れたいだけ触れて構わなかった。
ただそれがあまりに必死な様子に見えて、少し辛い。
応えるようにその銀髪を指で梳いて、頭を撫でてやる。
彼はようやく安堵したように息を吐いてゆっくりとアトリを抱き締めた。
心地の良い体温に、じわりと意識が溶けそうになる。
身体を重ねなくてもこうしているだけでこんなに気持ち良いとか、ちょっとヤバい。
「まだ早いし、もうちょっと寝るだろ?」
「ああ、そうだな」
肯定の言葉が返ってきて少し安心する。
アトリは首を巡らせて背後の窓に視線をやった。
幾何学文様が刺繍された厚いカーテンの隙間に、薄青い夜明けが滲んでいる。
聞き覚えのない鳥の声が、微かに聞こえた。
「…………付き合わせて、すまない」
「何に謝ってんの? お前はぁ」
付き合わせて、というのはあの夢にだろうか。
それともこの皇国出向に、だろうか。
そうだとしたら謝りたいのはアトリの方だった。
一度はユーグレイが断ったはずの皇国出向依頼。
再度舞い込んだその話を、彼は結局受ける決断をした。
その時はユーグレイが決めたのならと何も言わなかったけれど、本来はアトリが行かなくて良いと突っぱねるべきだったのだろう。
ふっと柔らかく微笑んで、彼は静かに瞳を閉じる。
穏やかな呼吸。
指先でそっと銀髪を弄っても、反応は返ってこない。
アトリは溜息を吐いて目を閉じた。
朧げな夢の後ろ姿。
きっとユーグレイは、あの人に謝りたいのだろう。
「……断ってやれば良かった。ごめん、ユーグ」
ユーグレイの父からの依頼。
昨日防壁を出て皇国に入り、鉄路で至ったこの街は彼の故郷である。
あんな夢を見るくらいだ。
この訪問は彼にとって決して望ましいものではないだろう。
囁くような謝罪に、返答はなかった。
せめて夢の続きなど見ないようにと願いながら、アトリも意識を手放した。
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