Arrive 0

黒文鳥

文字の大きさ
148 / 217
7章

1

しおりを挟む

「連絡がつかない?」

 思わず聞き返したアトリに、ベアは重く息を吐いて「正確には」と言い直した。

「定期連絡が途絶えて昨日で十日になる。うちの規定で言うなら、カグとニールは『緊急に保護が必要な行方不明者』ってことになるな」

 緊急に保護が必要な、行方不明者。
 アトリは無言のまま、傍の相棒と顔を見合わせた。


 ベアから呼び出しを受けたのは、ユーグレイのリハビリを終えて数日してからだった。
 もう現場にも復帰はしていたし、例の特殊個体の一件に関してはしつこいほどに聞き取りを受けた後である。
 何の話なんだか、と二人して首を傾げたものの。
 食堂ではなく第三管理員室にと指定されたことで、確かに嫌な予感はしていたのだ。
 まあだからと言って、仮にも管理員であるベアの呼び出しを無視する訳にもいかない。
 渋々顔を出したアトリとユーグレイに、ベアは若干疲れた顔をしながらも「おう、お疲れさん」と笑顔を見せた。
 けれど以前のように会議室に通され、あたたかいコーヒーを勧められてすぐ。
 開口一番、ベアは困りきった様子で言ったのだ。
 皇国に出向したカグたちと連絡がつかない、と。

「……その出向は、例の?」

 ユーグレイの問いかけに、ベアは勿体振ることなく早々に頷く。
 皇国で少々問題があったらしい、という話はユーグレイから聞いていた。
 問題解決のため構成員を派遣して欲しいと、彼の父から手紙が送られて来たと言っていたが。
 アトリは黙り込んだユーグレイの横顔を窺う。
 当初管理員に声をかけられた彼は、その出向依頼を断っている。

「お前さんに断られたんで、カグたちに行ってくれないか頼んでな。あいつらもここんとこは随分落ち着いてたし、問題ないだろうって思ったんだが」

 ベアは腕組みをして、肩を落とした。
 立て続けに起こる問題には慣れっこだろうが、それでも心労がない訳ではないだろう。
 そもそも構成員が出向先で連絡を絶ったなんて事態は、かなりの大事である。
 アトリは悪い想像を振り払うように軽く頭を振った。

「で、それって結局どーいう案件なんですか? 調査とかって話ならもっと適したペアがいそうですけど」

 カグとニールが出向任務にそぐわないという訳ではないが、あのペアはどちらかと言えば現場で活躍する方だろう。
 逆に交渉や調査などに秀でたペアもいる。
 そこを敢えて二人に声をかけたのだとすれば、皇国で起きている問題は解決に荒事が必要だと想定されている可能性が高い。
 ユーグレイが補足をしないところを見ると、彼もその詳細までは聞いていないようだ。
 ベアはお察しの通り、と苦笑した。

「領地内で、素養持ちが徒党を組んで困ってるそうだ。話し合いで解決する程度なら、そもそもうちに手紙なんぞ寄越さんだろう? 会議でも、集団を制圧出来る程度の構成員を送るべきだろうってことになってな」

 予想以上にガチめの戦闘案件だ。
 けれどそれならばカグとニールに声が掛かるのも理解出来る。
 勿論現地調査員からの報告で、街中で騒動が起こっている様子はなく現状危険性が非常に高い訳ではないと確認もしていたようだ。
 基本は調査。
 場合によっては実力行使に踏み切って良い。
 采配を丸投げするいつものスタイルである。
 管理員たちも、送り込んだ人員が即危険に晒されるとまでは思っていなかったのだろう。
 けれど実際は彼らの安否を確かめられないまま、もう十日も経っていることになる。
 
「いや、最後の連絡も特別なもんじゃなかったんだが……。調べちゃいるが進展はしてないって話でそれっきりよ。調査員も音沙汰なしで、どうしようもなくてな」

 ベアはまるで酒を呷るように、一気にコーヒーを飲み干した。
 すまん、と前置きのように謝罪をされる。
 ここまで状況を説明されて、何を求められるか予想がつかないはずもない。
 つまり、皇国に行けと言うのだろう。
 当然カグたちに何かあったのであれば、出来る限りのことはしたいと思う。
 アトリ個人としては断る理由はなかった。
 ただそれが、ユーグレイの苦痛になるのであれば話は別だ。
 考え込むように少し視線を落としたままの彼は、いつもと変わらない様子に見えた。
 ユーグ、とアトリは声をかける。
 ユーグレイは静かに微笑んで、「大丈夫だ」と頷く。
 大丈夫って、本当に?
 
「アトリ、ユーグレイ。悪いが、皇国出向任務を引き受けて欲しい」

 ベアは頭を下げて、そう言った。
 

しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

強制悪役劣等生、レベル99の超人達の激重愛に逃げられない

砂糖犬
BL
悪名高い乙女ゲームの悪役令息に生まれ変わった主人公。 自分の未来は自分で変えると強制力に抗う事に。 ただ平穏に暮らしたい、それだけだった。 とあるきっかけフラグのせいで、友情ルートは崩れ去っていく。 恋愛ルートを認めない弱々キャラにわからせ愛を仕掛ける攻略キャラクター達。 ヒロインは?悪役令嬢は?それどころではない。 落第が掛かっている大事な時に、主人公は及第点を取れるのか!? 最強の力を内に憑依する時、その力は目覚める。 12人の攻略キャラクター×強制力に苦しむ悪役劣等生

R指定

ヤミイ
BL
ハードです。

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
鍛えられた肉体、高潔な魂―― それは選ばれし“供物”の条件。 山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。 見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。 誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。 心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

魔王に飼われる勇者

たみしげ
BL
BLすけべ小説です。 敵の屋敷に攻め込んだ勇者が逆に捕まって淫紋を刻まれて飼われる話です。

処理中です...