Arrive 0

黒文鳥

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8章

0.4


「ちゃんと探知したのにどこから撃って来たんだって、煩ぇから」

 アトリは眠気覚ましのコーヒーを飲みながら、続ける。

「待ってればユーグが戻って来んだろとは思ったし、俺一人で叩き出すのは無理があるかなって」

 しっかりと暖房の効いたカフェ。
 店奥のボックス席ということもあって、足元からぼんやりと暖かい。
 どーせ叱られるにしたって飯食いながらでも良いだろと言われては、ユーグレイとしては拒否する理由もなかった。
 それならば最初からアトリを起こして一緒に用事を済ませれば良かったと思うが、今更である。
 焼き立てのキッシュと野菜と肉が多めに入ったスープを平らげて、ようやく本題に入ったところだ。

「一応、考えあっての行動か」

「一応って何だ。色々考えてんだろーが」

 アトリは不貞腐れたように軽く肩を竦めた。
 カレンが聞きに来たのは、昨夜の魔術行使に関することだと言う。
 カグたちの援護のためにアトリが放った魔術は、完全に彼女の不意を突いたようだ。
 交戦前に探知をしていたのであれば、尚更納得行かないだろう。
 探知出来ないほどの距離にいたのであれば、攻撃が届くはずがない。
 なのに何故、としつこく問い詰められたらしい。

「彼女の探知外、か。君の現状を考えれば当然ではあるだろうが、相手からすれば異常なことに思えるだろうな」

 アトリはテーブルに頬杖をついて、視線を少しだけ落とした。
 白い首筋で揺れる髪。
 昨夜肌に残した鮮やかな印は、まだそこにあるはずだ。
 ユーグレイは指先で彼の襟元を引っ張って、心許ない項を隠してやる。
 
「ま、実際ちょっと遠かったからな。勘が良いやつには気付かれてもおかしくないか。直接問いただしに来るとは思わなかったけど」

「それで、どう答えた?」

 彼らは今後皇国の研究院に身を寄せると言う。
 興味を引くことは可能な限り避けたい。
 アトリはあっさりと首を振った。
 
「特別なことは何もしてない。探知に引っかかんなかったなんて珍しいことじゃないだろって」

 妥当な返答だ。
 完全な嘘ではない。
 けれど本当のことを何もかも話している訳ではない。
 この手のあしらい方は、アトリの得意とするところだろう。
 
「そっからは平行線。何言われてもずっと『知らない』で通したから、最終的にはそんなこともあるかって納得したみたいではあったけど」

「そうか」

 アトリはふっと息を吐いて、椅子の背もたれに寄りかかった。
 少し賑わい出した店内を見渡して、彼は少し声を落とす。

視力強化あれ、普通じゃないしな」

 今更か、と出かかった言葉を飲み込む。
 アトリは一瞬窺うようにユーグレイを見た。
 彼の視力強化がすでにその枠組みを越えていることを、知ってはいる。
 ただそれはアトリの口から語られたことではない。
 ユーグレイは何も言わずに、その先の言葉を待った。
 
「今回は、把握出来るものが多過ぎた。色んな情報が頭ん中に一気に入って来て、ちょっと」

 困惑したように言葉は最後まで続かない。
 アトリは残っていたコーヒーを飲み干した。
 自身のことにはあまり頓着しない性質の彼だが、察しが悪い訳ではない。
 その視力強化が、根本的に変異してしまっていることはわかっているはずである。

「………………」

 ちょっと、何だろう。
 驚いたか。
 或いは、怖かったのだろうか。
 ユーグレイは思わず拳を握り込んだ。
 セルとエルの二人で魔術を生み出しているはずなのに、負担はいつでもエルだけが背負うことになる。
 どれほど願っても、ユーグレイがそれを代わってやることは出来ない。
 その感情を分かち合うことさえ、出来ないのだ。

「ユーグ」

 アトリは不意に腰を浮かせてユーグレイの眉間に触れた。
 無意識に酷く眉を寄せていたらしい。

「悪い。そんな深刻な話じゃないから心配すんなって」

「それは、無理な相談だな」

 顔怖ぇって、とアトリは笑う。
 
「えっとだから、そーいう訳で怪我はしてねぇし、ちゃんと色々誤魔化しといたんだけど。やっぱ叱られんの? 俺」

「いや、君が危機感なく彼女と話をしていた訳ではないことも理解は出来た。危うくという事態は避けて欲しかったところだが、無理は言えない」

 元より体調不良であったアトリに、侵入者の気配に気付いて早々に対処しろと言うのは無茶な要求である。
 そもそも求められたとはいえアトリを抱いたのはユーグレイだ。
 侵入者に襲われかけた当人は、「あぁ」と微妙な表情で唸った。

「誰か入って来たら絶対起きれる自信があったんだけどな。ユーグと寝んの当たり前になり過ぎて、駄目だった。お前がいれば、別に何かあっても平気だろとか思っちゃうからだろーな」

 ユーグレイは衝動を殺すように深く息を吸って、吐いた。
 それは多分殺し文句だと、釘を刺す余裕はない。
 口にした本人は悔しいほどに通常運転だ。
 気ぃ緩んでんな、とアトリは呑気に笑った。




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