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9章
0.3
しおりを挟む皇国の首都に入ったのは、翌日の夕方だった。
鉄道の窓から見えた街並みは、故郷とは違い冷ややかで整然としている。
近年は区画整備に力を入れているらしい。
中心部に近付けば近付くほど、古い石造りの建物は見当たらなくなった。
代わりに白や灰色の外壁の真新しい建築物が多くなる。
淡く差し込む夕日を反射する幾つもの窓。
圧倒的に広大な都市のはずだが、どこか閉塞感を覚えるのは何故だろうか。
列車は少し揺れながら徐々にスピードを落として行く。
音質の良くない車内放送が首都到着を告げて、同行者のイレーナは読んでいた本から視線を上げた。
同時にユーグレイの隣に座っていたクレハが姿勢を正す。
もしもの時エルは必要でしょ、と半ば強引について来た彼女は、ここまでの旅路殆ど無言だった。
緊張しているのか、何か思うところがあるのか。
残念ながら今のユーグレイには少女を思い遣ってやる余裕はない。
「研究院まではトラムを使うわ。乗り換えるから、はぐれないようにしてちょうだい」
小さなショルダーバッグに本をしまったイレーナが腕時計を確認した。
今日中に、研究院に乗り込むことが出来そうだ。
皇国に情報収集に向かったリンとロッタとは、こちらで合流する予定である。
あまり大人数で動かれてはとイレーナには嫌な顔をされたが、管理員には更に応援を送るからと言われていた。
それならば多少強引な手段も取れるだろう。
今夜の内に、いや、一分一秒でも早く。
ユーグレイは静かに拳を握り込んだ。
「……ユーグレイ、大丈夫?」
囁くようなクレハの声に、ただ頷く。
防壁を発つ直前。
大丈夫じゃないかもしれないよ、と警告をされたことを嫌でも思い出した。
柔らかな桃色の髪を揺らして、彼の主治医は感情の失せた顔で淡々と言ったのだ。
覚悟をして行った方が良い、と。
ユーグレイの推論通りアトリが研究院に連れ去られたのだとして、あまりに時間が経ち過ぎている。
何を目的とした誘拐か判然としないが、それでも「無事」に再会出来る可能性は刻一刻と低くなっていると理解はしていた。
もし、アトリの特異性が狙いなのだとしたら。
研究院という場で、何が行われ何を強要されるのか。
その想像は狂うほどの苦痛を伴った。
「アトリ君は既に脳の防衛反応に重大な損傷を負っている。その状態で、魔術関連の人体実験なんて行われたらひとたまりもない。わかるでしょ? 良くて廃人、下手すればもうとっくに命を落としててもおかしくないんだよ」
だから覚悟をして行きなさい、と医者は言った。
そして何が起きたとしても必ず報告に戻って来なさい、と言いつけて彼女はユーグレイを見送ったのだ。
或いはクレハが「付いて行く」と言い出しても口を挟まなかったのは、ユーグレイの暴走を見越してのことなのだろうか。
わかっている。
覚悟をしろと言われても、アトリを失うことを受け入れることが出来るはずがない。
もしもその結果を突きつけられたら。
ユーグレイ自身、自分が何をするか全く予想が出来なかった。
「きっと、平気だよ。私と『あんなこと』になった時だって、アトリはちゃんとユーグレイのとこに帰ったでしょ? だから、ね」
自身に言い聞かせるように、クレハは「きっと平気」と言葉を重ねた。
根拠のない慰めにユーグレイは辛うじて目を細める。
そうだな、とは言えなかった。
アトリはどこにいて、何をしているのか。
何を、されているのか。
吐き気がするほどの感情を飲み込むことで精一杯だった。
「ほら、降りましょう。急ぐんでしょう?」
イレーナはそう言って席を立つ。
その声に僅かばかり同情が滲んだのは気のせいだろうか。
列車はいつの間にか駅構内へと乗り入れて、夕日も街並みも既に車窓からは見えない。
何もかも悪い夢のようだ。
現実味のない空気を吸い込んで、ユーグレイは彼女の後に続いた。
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