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10章
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しおりを挟む懐かしい耳鳴りがした。
雪が止んだばかりの夜空を見上げて、感覚のない耳を手で覆う。
月灯りが照らし出す街は相変わらず静かで、誰の息遣いも感じられなかった。
無人の教会。
屋根の落ちた家々。
小さな広場には壊れた噴水があって、最後まで細々と商売を続けていた露店の跡だけが残っている。
降り積もった雪に足跡は一つもなかった。
多分きっとそう遠くない未来に、何もかも埋もれてしまうんだろう。
別に悲しくはない。
どうせもう誰もいないのだから。
耳を塞いだまま緩やかに下る道を歩く。
ここには、本当に何もない。
あれほど辛かったはずなのに、飢餓感も寒さも全く思い出せなかった。
吐き出したはずの息さえ白くはならない。
もしかして、もう自分も死んでしまったのだろうか。
ふとそんな風に思って何か酷い違和感が思考を埋めた。
追い立てられるような本能的な恐怖に、耳を塞いでいた手を下ろして背後を振り返る。
通り過ぎた風景はどこにもなく、視界はただ真っ白だった。
帰らなくては。
走り出した足に、雪が重く纏わりつく。
一気に息が上がって空気が上手く肺に入っていかない。
苦しくて苦しくて仕方がなかった。
さぁっと意識が曖昧になる。
それでもここで立ち止まったら取り返しがつかない気がした。
何で、こんなところにいるんだ。
一度浮かんだ疑問が頭の中で反響する。
薄明るい夜空が視界の端でちらちらと光った。
外れかけた窓枠。
布を被って幾つもの夜を過ごした小さな家。
ベッドに横になった古木のような老人の姿が、脳裏を過ぎる。
違う。
帰りたいのは、そこじゃない。
そう思う自分を少しだけ薄情だと思った。
走っている感覚はもうない。
ああ、何かやばいかも。
あんまりに辛くて、いっそ笑えてきて。
きっと、最悪な気分だったと彼に愚痴ろうと朦朧としながら決意する。
どうせ「そうか」の一言で片付けられてしまうのだろうけれど。
そう言われたら、確かに笑ってなんてことないことだったと思える気がした。
目を閉じたはずなのに、瞼の裏まで微かに明るい。
いい加減楽にならない呼吸に咳き込んだ瞬間、突き飛ばされるような衝撃で意識が途切れた。
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