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黒文鳥

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10章

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 声を殺した瞬間に、口の中に血の味が広がった。
 勢いのままどこか噛んだらしい。
 汗で濡れた髪が額や首筋に張り付いている。
 目を閉じて、いつまでも引かない絶頂に呻いた。
 もう、終わりにして欲しい。
 何でも良いから、少しで良いから止めて欲しい。
 ただそう訴える余力はなかった。
 呼吸をするだけで全身が震える。

「我慢をされる必要はありませんよ。知っていますので、大丈夫です。痛いよりは、気持ち良い方がずっと良いでしょう?」

 宥めるような甘い言葉が、飛びかける意識を揺さぶった。
 これ以上魔力を受け取るなと警告する防衛反応が、理性を押し潰すような快感を生み出す。
 痛いよりは良い?
 何を、馬鹿な。

「ーーーーッ! く、ぅ……ッ!」

 腕のベルトが微かに軋む音がする。
 照明を遮るように、ラルフがアトリの顔を覗き込む。
 下腹部に触れた手は微動だにしないまま、いつまでも膨大な魔力が流れ込んで来る。
 溺れそうだ。
 
「アトリさんに恨みはありませんし、私個人としては寧ろ好意を持っている方なんですよ。防衛反応で痛い思いをさせてしまうのは心苦しく思っていたので、本当に丁度良かった。随分と都合良く、壊れてくれていたものだなとは思いますが」

 彼の片手が、アトリの前髪を払って額を撫でた。
 気持ち悪い。
 涙で滲んだ視界が、ぐるりと回ったような気がした。
 
「ユーグレイさんでしょう? アトリのそれを壊したのは。セルとエルの関係は概念的に男女のそれですし不思議なことではありませんが、普通は痛みが快感に置き換わる前に脳が壊れてしまうと思うんですよ。やはり、とても大切にされているんですね」

「……ぁ、あ゛ッ、ーーーーっ!」

 気持ち良いけれど、感情は一切付いていかない。
 気が狂うほどに中だけで達して、それでもほんの僅かに残った思考の欠片がそうなる自分を責める。
 イくな、と何度も叫ぶ。
 熱を上げて震える身体と冷え切った感情が乖離して、泣き喚きたいほどに苦しかった。
 そうだ。
 目の前にいるのは、ユーグレイではない。
 アトリは堪え切れずにえずいた。

「大丈夫ですか?」

 ラルフは眉を下げて、心配そうにそう問う。
 強く首を振ったはずが、痙攣するような微かな動きにしかならない。
 それでも懇願するなら今しかないと思った。
 アトリは震える唇を噛んでから、必死に言葉を紡ぐ。
 
「き、もち……、わる、ぃ……。も、やめ……、こわ、れる」

 ああ、ほらまた。
 強烈な波が脳髄まで真っ白に染めて、胎の奥が激しく収縮する。
 もう嫌だ。

「なるほど、そうですか。その気がないのに強制的に達しているという状況は、確かに苦しいのかもしれませんね。せっかくですし愉しんで頂ければと思ったのですが」

 ラルフはゆっくりと頷いてから笑みを深めた。
 お互いにこうした方が良かったですねと言って、彼は下腹部に置いていた手をアトリの胸へと滑らせる。
 辛うじて上体の一部を覆っていた手術着が開かれて、息を呑んだ。
 何を。

「ぇ? いッ、あーー、ッ!」

 ラルフの指先が、アトリの胸の先端を摘み上げる。
 そこで得られる快感を心底思い知っていた。
 嫌悪と羞恥だけでは、それを押し止められない。
 
「綺麗な色ですね。ああ、弄られ慣れているんですか? 随分と、感度が良さそうで」

 子どもを褒めるような優しい口調で、ラルフは「固くなって来ましたね」と続ける。
 ぎゅうっと指先で押し潰した先端を、彼は遠慮なく爪で弾いた。
 痛みもあったはずなのに、鋭すぎる快感に塗り潰されて意味のない音を吐くことしか出来ない。

「魔力の受け渡しは接触する箇所によって伝達効率が変わるんです。例えばこういう皮膚の薄いところは、より魔力が染み込みやすい」

 細められる鳶色の瞳に見慣れた熱は見出せない。
 それでもアトリの身体に触れるその手には、一切躊躇いがなかった。
 吸い込んだ息がひゅうと音を立てる。
 やめろと言いかけた瞬間に、彼の指先から魔力が流れ込んで来た。
 がくんと腰が跳ねる。
 痛いほどに捏ねられる胸の先端が、酷く鋭敏に快楽を拾っていく。
 こんなのは、知らない。
 
「他はそうですね。口の中、とか」
 
「んッぐ!?」

 戯れのようにそこを抓ってから、ラルフは唐突にアトリの口に指を差し込んだ。
 反射的に逃げた舌を押さえられて強く引かれる。
 悔し紛れにその指を思い切り噛んだが、彼は表情一つ変えなかった。
 怯えた獣が暴れるのは当然と言いたげな優しい顔。
 ここに至っても、彼から悪意は読み取れない。
 アトリに恨みがないと言うのは本当だろう。
 何もかも忘れて流された方が楽だと言うのも、きっと本心だ。
 けれどこの行為に情はない。
 この暴力の最中アトリが死んでしまったとしても「残念でした」と悲しんで、きっとそれでお終いだ。
 そもそもラルフの目的が果たされたのなら、アトリの意識は0地点に落ちることが確定している。
 何をしようが、彼を止めることは不可能なのだと理解出来た。
 上手く飲み込めない唾液が口の端を伝う。
 アトリの舌を指先で擦り上げながら、彼は容赦なく魔力を注ぎ込んで来た。


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