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Dの男
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「あのさ」
フォンダンショコラに目を向けながらコーヒー片手に声を掛けてくるので、言いたいことに思い至って先手で封じる。
「フォンダンショコラってエロいよなって言い出したらフォークで刺しますよ?」
「ぶふっ……」
友藤さんが飲んでいた食後のコーヒーを思いっきり噴いた。
「ちょ、汚いです。何してんですか」
慌てておしぼりを渡すと、恨みがましそうな目で見られる。
「朱音ちゃん、ほんと男にそういう下ネタ言うの考えたほうがいいからね」
「友藤さんがケーキ見ながら何か言いたげだったから」
「言うわけないだろ、そんなこと」
朱音ちゃんの中の俺のキャラクターどうなってんだってブツブツ言いながら口元やテーブルをおしぼりで拭いている。その情けない姿が可笑しくてつい声を上げて笑ってしまった。
「あははは! ださい、友藤さん!」
「……やっぱ酷くない? 俺の扱い」
「ふふふ、自業自得ですよね」
若干可哀想になったけど、人が噴き出したのを拭く手伝いはちょっと抵抗があって見てるだけになる。
「もしかして、やっぱり一口食べたかったです?」
スマートさを演出しながら、結局美味しそうな匂いに釣られて食べたくなったとか。
「それならそうと言ってくれたらいいのに。小さい男だなんて少ししか思わないですよ?」
「思うんじゃん。そうじゃなくて、さっきの話」
「さっき?」
テーブルを綺麗に拭き終わって、体勢を立て直そうと咳払いをした友藤さんが、じっと私を見つめる。
「独占欲とか嫉妬って話」
「あぁ」
「そういうのが嫌だからDの男を探してるって事なんだよね」
「まぁ」
珍しく茶化すわけじゃなく話を聞こうとしているらしく、私もフォンダンショコラを貰ってしまった手前、大人しく話に付き合うことにする。
「なんでそんなに妬けるの? 過去何があったって今抱き合ってるのは自分だし、楽しければそれでいいと思わない? それに今がダメになったって、すぐ先にまた楽しみが転がってるのに」
友藤さんの口ぶりで、彼が本気でその発言をしているのが知れた。
きっと本当に『独占欲』や『嫉妬』という感情とは無縁なんだろう。それは私にとってとても羨ましくて、でも少しだけ可哀想な気もした。
きっと女の子なら誰でも一緒なんだろう。可愛くて、柔らかくて、抱き心地が良ければそれでいい。なまじモテるせいで、きっとフラれたってすぐ次の女の子が見つかるのだ。
なぜか少しだけ胸がチクリと痛んだ。少しだけ可哀想だと思って同情したのかもしれない。
私がどんな感情に囚われてDの男探しに躍起になっているのか不可解で、純粋にそれを知りたがっているように思えた。
いい年した男性の、それも職場の先輩の恋愛観にあれこれ口出しする気はない。『独占欲』や『嫉妬』という感情がなくても恋愛は出来るだろうし、もちろん身体だって繋げられる。
ただその感情が一切沸かないという相手に、自分のこのもどかしさを説明出来るものか。
「たとえば」
私は首から下げているネームプレートに挿していた万年筆をテーブルの上に置いた。
「万年筆が壊れて書けなくなってしまったら、どうしますか?」
急に話題が逸れたことに首を傾げつつ、コミュニケーション能力の高い友藤さんは嫌な顔ひとつ見せず、少しだけ考えて私の質問に答えた。
「捨てて新しいものに買い替えるかな」
予想通りの回答に頷く。きっと女の子だってこの感覚なんだろうな。
「この万年筆、亡くなった大好きだった祖母が就職祝いにくれたものなんです」
少しだけ驚いた素振りを見せて「あ、じゃあ」と先程の答えを訂正した。
「大事にする。修理に出すとか」
私はまたひとつこくんと頷いた。
「でも実はこの万年筆、過去に祖母が姉に買っていたもので、姉がいらないと言ったから私に回ってきたものなんです。祖母は姉に腕時計を買い直してあげて、ずっと祖母の家で大切に取っておかれた万年筆はその2年後、私の手元にやってきた」
「……」
「祖母のお祝いしようとしてくれた気持ちも嬉しいし、感謝の気持ちもこの万年筆が大切だという気持ちも変わらない。祖母が私を蔑ろにしてこの万年筆を渡したわけじゃないのはわかってる。姉が受け取っていたら、きっと私にも同じように万年筆を用意する気でいたはずだから」
私の話す内容を頭の中で咀嚼しながら考えを巡らせているようで、珍しく眉間に皺が寄っている。残りひと口になったフォンダンショコラを食べきってから、言葉を続けた。
「でもそんな話を、万年筆を何年も大切に使ったあとに知ったら? ちょっとモヤモヤしません?だったら安物のボールペンでもいいから、私だけのために買ったものが欲しいなって私は思っちゃうんです」
自分でも突拍子もない例えになったのは承知していたが、過去は過去と割り切れない自分の気持ちを少しでも説明しようと思ったら、こんな話になったのだ。
「なんとなくわかるような、わからないような……」
うーん。例えが下手くそ過ぎたらしい。うまく伝わらないのがもどかしい。
「要するに『自分だけのもの』であってほしいってことです。この万年筆が一時だけでも姉のためのものだったっていうのがモヤモヤするんです」
「お姉さんは受け取ってないし、今は朱音ちゃんのものなのに?」
「だって姉がいらないって言わなければ、私のものではなかったんですよ?」
友藤さんはちょっと考えるように口元に手をやり、足を組んで何かを考えている。
真面目な顔をして目を伏せると、まつ毛が長いのがよく分かる。雰囲気イケメンがちゃんとイケメンに見える瞬間を見つけた。ずっと喋らずに顔伏せとけばいいのに。
そんな姿を遠目から見ていた女性客のふたり組が「あの人かっこよくない?」とコソコソ話しているのが耳に入った。
いやいや。職場で人妻ナースと致しちゃうようなクズですよと教えて差し上げたい。
友藤さんの歴代の彼女は、こんな風に彼氏がどこに行っても女の子に騒がれて、かつ何十人と過去に関係を持った女性がいるのを、どう消化していたんだろう。
やっぱりこんなクズの友藤さんと付き合えるくらいだから、めちゃくちゃ器の大きい女性なのかな。それともまさか同じ人種?
知りたいのに知りたくない、なんだか不思議な感覚に囚われた。
フォンダンショコラに目を向けながらコーヒー片手に声を掛けてくるので、言いたいことに思い至って先手で封じる。
「フォンダンショコラってエロいよなって言い出したらフォークで刺しますよ?」
「ぶふっ……」
友藤さんが飲んでいた食後のコーヒーを思いっきり噴いた。
「ちょ、汚いです。何してんですか」
慌てておしぼりを渡すと、恨みがましそうな目で見られる。
「朱音ちゃん、ほんと男にそういう下ネタ言うの考えたほうがいいからね」
「友藤さんがケーキ見ながら何か言いたげだったから」
「言うわけないだろ、そんなこと」
朱音ちゃんの中の俺のキャラクターどうなってんだってブツブツ言いながら口元やテーブルをおしぼりで拭いている。その情けない姿が可笑しくてつい声を上げて笑ってしまった。
「あははは! ださい、友藤さん!」
「……やっぱ酷くない? 俺の扱い」
「ふふふ、自業自得ですよね」
若干可哀想になったけど、人が噴き出したのを拭く手伝いはちょっと抵抗があって見てるだけになる。
「もしかして、やっぱり一口食べたかったです?」
スマートさを演出しながら、結局美味しそうな匂いに釣られて食べたくなったとか。
「それならそうと言ってくれたらいいのに。小さい男だなんて少ししか思わないですよ?」
「思うんじゃん。そうじゃなくて、さっきの話」
「さっき?」
テーブルを綺麗に拭き終わって、体勢を立て直そうと咳払いをした友藤さんが、じっと私を見つめる。
「独占欲とか嫉妬って話」
「あぁ」
「そういうのが嫌だからDの男を探してるって事なんだよね」
「まぁ」
珍しく茶化すわけじゃなく話を聞こうとしているらしく、私もフォンダンショコラを貰ってしまった手前、大人しく話に付き合うことにする。
「なんでそんなに妬けるの? 過去何があったって今抱き合ってるのは自分だし、楽しければそれでいいと思わない? それに今がダメになったって、すぐ先にまた楽しみが転がってるのに」
友藤さんの口ぶりで、彼が本気でその発言をしているのが知れた。
きっと本当に『独占欲』や『嫉妬』という感情とは無縁なんだろう。それは私にとってとても羨ましくて、でも少しだけ可哀想な気もした。
きっと女の子なら誰でも一緒なんだろう。可愛くて、柔らかくて、抱き心地が良ければそれでいい。なまじモテるせいで、きっとフラれたってすぐ次の女の子が見つかるのだ。
なぜか少しだけ胸がチクリと痛んだ。少しだけ可哀想だと思って同情したのかもしれない。
私がどんな感情に囚われてDの男探しに躍起になっているのか不可解で、純粋にそれを知りたがっているように思えた。
いい年した男性の、それも職場の先輩の恋愛観にあれこれ口出しする気はない。『独占欲』や『嫉妬』という感情がなくても恋愛は出来るだろうし、もちろん身体だって繋げられる。
ただその感情が一切沸かないという相手に、自分のこのもどかしさを説明出来るものか。
「たとえば」
私は首から下げているネームプレートに挿していた万年筆をテーブルの上に置いた。
「万年筆が壊れて書けなくなってしまったら、どうしますか?」
急に話題が逸れたことに首を傾げつつ、コミュニケーション能力の高い友藤さんは嫌な顔ひとつ見せず、少しだけ考えて私の質問に答えた。
「捨てて新しいものに買い替えるかな」
予想通りの回答に頷く。きっと女の子だってこの感覚なんだろうな。
「この万年筆、亡くなった大好きだった祖母が就職祝いにくれたものなんです」
少しだけ驚いた素振りを見せて「あ、じゃあ」と先程の答えを訂正した。
「大事にする。修理に出すとか」
私はまたひとつこくんと頷いた。
「でも実はこの万年筆、過去に祖母が姉に買っていたもので、姉がいらないと言ったから私に回ってきたものなんです。祖母は姉に腕時計を買い直してあげて、ずっと祖母の家で大切に取っておかれた万年筆はその2年後、私の手元にやってきた」
「……」
「祖母のお祝いしようとしてくれた気持ちも嬉しいし、感謝の気持ちもこの万年筆が大切だという気持ちも変わらない。祖母が私を蔑ろにしてこの万年筆を渡したわけじゃないのはわかってる。姉が受け取っていたら、きっと私にも同じように万年筆を用意する気でいたはずだから」
私の話す内容を頭の中で咀嚼しながら考えを巡らせているようで、珍しく眉間に皺が寄っている。残りひと口になったフォンダンショコラを食べきってから、言葉を続けた。
「でもそんな話を、万年筆を何年も大切に使ったあとに知ったら? ちょっとモヤモヤしません?だったら安物のボールペンでもいいから、私だけのために買ったものが欲しいなって私は思っちゃうんです」
自分でも突拍子もない例えになったのは承知していたが、過去は過去と割り切れない自分の気持ちを少しでも説明しようと思ったら、こんな話になったのだ。
「なんとなくわかるような、わからないような……」
うーん。例えが下手くそ過ぎたらしい。うまく伝わらないのがもどかしい。
「要するに『自分だけのもの』であってほしいってことです。この万年筆が一時だけでも姉のためのものだったっていうのがモヤモヤするんです」
「お姉さんは受け取ってないし、今は朱音ちゃんのものなのに?」
「だって姉がいらないって言わなければ、私のものではなかったんですよ?」
友藤さんはちょっと考えるように口元に手をやり、足を組んで何かを考えている。
真面目な顔をして目を伏せると、まつ毛が長いのがよく分かる。雰囲気イケメンがちゃんとイケメンに見える瞬間を見つけた。ずっと喋らずに顔伏せとけばいいのに。
そんな姿を遠目から見ていた女性客のふたり組が「あの人かっこよくない?」とコソコソ話しているのが耳に入った。
いやいや。職場で人妻ナースと致しちゃうようなクズですよと教えて差し上げたい。
友藤さんの歴代の彼女は、こんな風に彼氏がどこに行っても女の子に騒がれて、かつ何十人と過去に関係を持った女性がいるのを、どう消化していたんだろう。
やっぱりこんなクズの友藤さんと付き合えるくらいだから、めちゃくちゃ器の大きい女性なのかな。それともまさか同じ人種?
知りたいのに知りたくない、なんだか不思議な感覚に囚われた。
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